タイで最大かつ最も歴史ある自動車見本市「第46回バンコク国際モーターショー(BIMS)」が3月26日~4月6日の日程で開催されました。その来場者はなんと160万人! これは日本や欧米のモーターショーよりもはるかに多い数字です。BIMSとはどんなショーなのでしょうか。

10日間で7万台以上を受注! 凄まじかった中国車の値引き合戦
会場となったのはバンコク郊外にある「インパクト・アリーナ」です。交通の便が良くないにもかかわらず、160万人が訪れたのには理由があります。それは日本や欧米のモーターショーとは違い、BIMSは新車の予約販売を受け付ける完全な「トレードショー」となっていることです。そして、会期中は各メーカーがお得なキャンペーンを展開します。お得に新車を購入したい人々が集まるイベントだからこそ、来場者が多いのです。
会場全体も華やかな雰囲気に包まれていました。会場面積は7万7000平方メートルで54ブランドが出展。その中には試乗できる20ブランドも用意されていました。会場に出向くと日本のモーターショーではほとんど見かけなくなったコンパニオンが各ブースに立って注目を集めていました。さらに会期中は別のホールを使って独自のイベントが実施されるなど、多彩なエンタテイメントの中でショーが展開されるのです。往年の“モーターショーらしさ“がそこにはあったといえるでしょう。

では、このショーでどのぐらいの台数が受注されたのでしょうか。BIMS主催者は、乗用車だけで7万7379台の受注を獲得したと発表しました。タイ国内における2024年の年間販売台数は57万2675台(タイ・トヨタ自動車発表)とされていますから、わずか10日間で全体の14%近くとなる受注があったことになります。前年比でも5万3438台から45%もの増加となり、いかにBIMSがタイ国内の自動車販売に貢献しているかがわかるでしょう。
なかでもこのショーに力が入っていたのが中国メーカーです。会場のほぼ半分を中国メーカーが占め、しかも出展車両の大半が電気自動車(BEV)を中心に新型車を勢揃いさせました。それだけに、その存在感は抜群。一方で、この出展は中国メーカー同士の激しい競争も招くこととなり、各社とも特別金利のキャンペーンや充電設備の無料キャンペーンなど様々な施策を実施。他にも“奇策”といえるサービスも多く、たとえば「JUNEYAO AUTO(吉祥汽車)」では、親会社の吉祥航空のゴールド会員資格を3年間与えられるというサービスを提供していました。

そして、その競争は車両メーカーにとって禁じ手ともいえる、車両価格の値下げという“乱売合戦”にまで及んだのです。その結果はしっかりと数字に表れました。ブランド別の販売予約を5位まで見ると、BYDが9819台を記録して初の1位を獲得。今まで常に1位だったトヨタは9615台で2位にとどまりました。続く3位はGAC(広州汽車)で7018台、4位はDEEPAL(長安汽車)で6067台、5位はホンダが5948台と中国勢が上位に並んだのです。まさに“乱売合戦”が勝負を決める結果となったと言えます。

タイ市場を熟知した日本メーカーの戦略
一方のこれまで高いシェアを獲得していた日本車の動向はどうなのでしょう? 会場での印象は、出展車両も従来通りガソリン/ディーゼル車にハイブリッド車(HEV)が中心で、派手なショーアップを展開する中国勢に押されっぱなしでした。キャンペーンも特別金利キャンペーンを展開する程度で、特に目立った販促活動は行っていなかったようです。一つにはこの“乱売合戦”に巻き込まれないことがあったと思いますが、これでは中国車に敵うはずもありません。
しかし、そこには日本メーカーならではのたしかな戦略がありました。そもそも日本メーカーがタイ国内でのBEV投入を見送っているのには理由があります。一言で言えば、「タイ国内では充電インフラが充分整っていない」との判断があるからです。中国車がBEVで台数を急速に伸ばしているのは、比較的充電インフラが整っているバンコクなど一部の都市だけ。一方で、日本車はタイ国内の隅々まで行き渡っており、そうした地方部では充電インフラどころか、自宅ではエアコンを一台動かすのに精一杯の契約しかしていない家が多数。そのため、BEVの投入は時期尚早と判断されています。
ただ、環境への負荷低減はタイ国内でも大きな関心事になっているのは間違いありません。そこで環境負荷低減に貢献するHEVを投入して対応していくことを基本戦略としているのです。BEVは走行中に排出ガスはゼロですが、必ずしもその電力がクリーンであるかどうかわからないのは今や常識。環境負荷を確実に下げ、航続距離の不安もないHEVこそ、タイには適していると考えられています。まさに日本車メーカーが目指す「マルチパスウェイ戦略」がここに反映されているといっていいでしょう。こうした日本車メーカーの戦略は決して独りよがりではないのは数字からもわかります。
BIMS2025では中国勢の攻勢に遭いながらも、日本車メーカーの受注台数が昨年よりも増え、しかも4割がHEVでした。たとえばトヨタは新型車がなかったにもかかわらず、昨年比で1000台以上増やしてBIMSでは過去最高を記録。いすゞやホンダ、三菱、日産なども順位こそ下げたものの、受注台数は増加しました。特に三菱は「XForce(エクスフォース)」のHEVを投入して好調な実績を残したようです。タイ政府もこの状況は把握しており、HEVも環境車の一つとして捉えて優遇措置を与えるようになりました。もちろん、この状況を中国勢や韓国勢が見逃すはずはなく、それを反映してBIMS2025ではBEVに混ざって多くのHEVやPHEVの出展を増やしています。HEVで強みを持つ日本勢が、中韓勢の攻勢にどう対応するのか注目されます。
BIMS2025で注目されたクルマたち
三菱「XForce(エクスフォース)」

「XForce」は5人乗りのコンパクトSUV。2023年11月にインドネシアで発売後、2024年にはベトナムやフィリピンなどの東南アジア、中南米やアフリカ、中東などに展開を拡大。いわば三菱の世界戦略車でもある。スタイリッシュで力強い本格的なSUVデザインと同時に、取り回しの良く5人乗車でも広々とした快適な居住空間を確保。パワートレーンは同社のPHEVをベースに開発したHEVを採用し、高効率で力強い加速性能が魅力となっている。日本への導入が期待されるが、三菱では「今のところ導入計画はない」とのことだ。残念!
トヨタ 「FORTUNER(フォーチュナー)」

ハイラックスと同じラダーフレームで提供されるSUV「フォーチュナー」。2024年9月に2代目モデルがマイナーチェンジを果たした中で、このモデルはオーバーフェンダーなどの架装を行ったスポーツコンセプトモデルとしている。2026年には3代目モデルが控えていると噂されるが、少しレトロなホイールの装着もあってメディアからの注目度も高かった。
いすゞ 「MU-X 2.2 MAXFORCE」

絶大な知名度でタイではトヨタに続く2位の地位を得ているのがいすゞ。その主力としているのが「MU-X 2.2 MAXFORCE」だ。新開発の2.2L直4ディーゼルターボエンジンを搭載して、環境性能、出力性能、燃費性能をバランスよく向上させた。7人乗りSUVとしても使え、高い悪路走破性を備えたこともあって、タイ北部などで絶大な人気を誇る。
BYD 「SEALION 6(シーライオン6)」

2025年中に日本に投入されるPHEVと推測されるのがこの「SEALION 6」だ。1.5L自然吸気ガソリンエンジンとシングルモーターを組み合わせたFWDモデルと、1.5LターボエンジンとデュアルモーターのAWDモデルを用意。ボディはスタイリッシュさとコンパクトを合わせ持ち、リア部をルーフとウインドウの傾斜を抑えて広い室内空間を確保した。
GWM 「TANK300(タンク300)」

堅牢なデザインとレトロなスタイルを備えて2024年に登場。クラシカルな丸型ヘッドライトはLED化され、強大なバンパーとの組み合わせて冒険的な外観をアピール。あらゆる地形に対応できる角度とトラクションを備えつつ、優れた快適性と最新テクノロジーを合わせ持つ。中国ではPHEVも用意されるが、タイではHEVのみが販売されている。
GAC「M8 PHEV」

「M8 PHEV」はGAC初のPHEVとしたミニバンで、電気と燃料の両方で走行できる車を求める向けに開発された。デザインは驚くほど「トヨタ・アルファード」「レクサスLM」に似ており、それだけ両車に対する人気が高い証拠ともいえる。通常ドアとガルウィングドアの2つのバージョンが用意され、自律走行できる脱着式電動車椅子の搭載も注目を浴びた。
ZEEKR 「001 R」

ZEEKRはGEELYのプレミアムブランドで、「001」は2021年にデビュー。24年には独自のHaohan Smart Driving 2.0システムがアップグレードされ、自動運転機能が大幅に強化されている。100kWhのバッテリーパックを搭載し、航続距離は732km。0→100km/h加速は3.8秒。初代よりオーディオシステムにヤマハ製が導入されていることでも知られる。
GEELY「RIDDARA(リダラ)」

タイで根強い人気のピックアップトラックとして、ジーリーはこの「リダラ」をBEVとして登場させた。タイではピックアップトラックが深刻な販売不振に陥っているため、政府は購入支援策を実施。現状ではトヨタといすゞの牙城であるこの分野に、新型車を引っ提げて中国車が果敢に挑むのもこうした支援策を当てにしてのことと推察される。
XPENG 「X9」

XPENG(小鵬汽車・シャオペン)が製造する大型7人乗りEVミニバン。次世代技術アーキテクチャSEPA2.0を基に開発され、ワンクリックで車内を広々とした4人乗りSUVに“変身”させることもできる。10分間の充電で最大300kmの航続距離を実現したほか、100kmあたり16.2kWhという低いエネルギー消費量で最大航続距離702km(CLTCモード)を達成した。
JuneYao「JY AIR」

中国の航空会社である吉祥航空を親会社とするJuneYaoがデビューさせたBEV。航空機にインスパイアされた空力デザインは前面が傾斜しており、側面は丸みを帯び、短いリアが特徴。CD値0.23の空力性能を誇る。JY Airはタイでのみ購入可能であり、購入者には吉祥航空の無料航空券やゴールド会員資格3年間分などの特典が付く。
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