ギョーカイ“猛者”オータワラトオルが、走って、試して、書き尽くす! ランニングシューズ戦線異状なし
2022「アシックス」秋の陣①開発者インタビューの巻
運動不足だし、ランニングでも始めようかなぁ。となると、“おニュー”のランニングシューズが欲しくなる! 厚底やら、モノトーン系やら、いろいろ売られているけど、正直どれが良いのだろう……。そんな悩みをスッキリさせてくれる企画がスタート。
長年スポーツ・フィットネス業界に身を置き、カラダを張って取材してきたギョーカイ猛者・編集者オータワラトオルがお送りする、新企画「ギョーカイ“猛者”オータワラトオルが、走って、試して、書き尽くす! ランニングシューズ戦線異状なし」。ランニングシューズの選び方から、開発のトレンドなどなど。直接メーカーに取材し、しかも最新シューズを走りまくって試してしまう企画です。
アシックス スポーツ工学研究所からお届けします
今月は、メーカー各社がシューズを開発するにあたり、ひとつの“物差し”となってきた、日本が誇るグローバルスポーツカンパニー「アシックス」にフォーカス! 計3回にわたりお届けする第1回目は、アシックスの開発力の源泉となる研究施設、兵庫県・神戸市の「アシックス スポーツ工学研究所」からである。
最前線に立つ若き開発者に、ランニングシューズ選びのキホンと、開発イズムを取材してきた(2回目と3回目は、2022最新のランニングシューズを、オータワラが実際にテストランしたインプレをお届けの予定)。
【開発者に訊く①】ランニングシューズの選び方
ネットで検索しても、ピンとこない……。お店に行っても、迷うだけ……。「運動不足解消、痩せるべく走ろう!」という気持ちになったが、カンジンの一足が選べない時は、どうすればいい?
「シューチューバーやユーチューバーの動画を見て、知識を蓄えている方が多くなりました。知識は増えたのですが、情報をどう自分に取り入れてるか、かえって迷ったり、間違った選択をされる方もいます」と答えるのは、アシックスのランニングシューズ開発者、中村浩基さん。
「トレンドに流されて、無理して走ってケガしては意味がありません。必要なことは、まずは自分の足を知ることです」(中村さん)
シューズ選び4つのキホン。
【開発者に訊く②】中古のシューズって、ダメなの?
カッコよく走る自分をイメージし、トレンドや見た目でランニングシューズを選びがちだが、まずは自分の足を知り、目的を明確にするのが先決だという。
「ネットの中古マーケットも大きくなっていると思います。コレクターは別として、注意したいのは、3、4年以上前のランニングシューズです。中古のシューズは、クッション性も耐久性も確実に落ちています」(中村さん)
走る以上、シューズの機能が活かせなければ、ケガのリスクが高まるだけ。長く安全に走り続けるなら、新しいシューズを選ぶのが賢明なのだ。
「検索するだけでなく、アシックスのショップや、ランニング専門店へ行くのが理想ですが、ショッピングモールに入っているようなスポーツ量販店などに行ってみることもおススメです」(中村さん)
スポーツ量販店の店員に相談しにくかったら、ランニングシューズが並ぶ棚を見るだけでも、参考になるという。
「目的別に分かりやすい陳列を工夫していたり、詳しく説明したポップが並べてあります。これらを参考に、実際にシューズを手にしてみると、いろいろ発見があるはずですよ」(中村さん)
【開発者に訊く③】“シューズを履くだけでは痩せない”、ですよね……。
目的は、運動不足解消や、痩せるためのランニング。ズバリ、それに合うシューズは、どんなタイプだろうか?
「履いただけで痩せるシューズは、この世にありません(笑)。痩せるためには、運動が続いて習慣化すること、結果はおのずと伴います」(中村さん)
今から始めるならば、安定性があり、クッション性が高いタイプを選ぶことだという。
「私が開発を担当した『GEL‐KAYANO(ゲルカヤノ) 29』も、もちろんお薦めの一足です!」(中村さん)
【開発者に訊く④】“運動が習慣になる”、コツを知りたい。
“今、走らない理由を10コ挙げよ”。と聞かれたら、筆者は残念ながら、スラスラ答えられる自信がある(笑)。
「いきなり“習慣化”と言っても、難しいかもしれません。でも、旅行とランニングをつなげる人たちもいます。見知らぬ街を散歩するように走ったり、カフェを探して走ってみたり。そんな楽しみ方から始めるのも、ひとつの方法だと思います」と答えるのは、『NOVABLAST(ノヴァブラスト) 3』の開発担当、益本真吾さんだ。
益本さんによると、地方で開催されるマラソン大会などに出場がてら、観光を楽しむスタイルの“旅ラン”もあるとか。
「海外では、初心者が気軽に参加できる、ランニングのゆるいコミュニティがたくさんあります」(益本さん)
なるほど、走る仲間を作れば、おのずと回数も増えそうだ。日本でも、ネットで参加者を募るスクール形式のコミュニティは増えており、仲間と一緒ならモチベーションも上がりそうだ。
「そうしたコミュニティが煩わしければ、休日の午前中、距離は短くても、気持ちよく走ってスカッとすることでも、運動不足解消になりますよね」(益本さん)
まずは、ストイックに考えすぎず、気楽に走ってみる方が、長く続けることができそうだ。
【開発者に訊く⑤】シューズの安定性が、大切なワケ!
「シューズ開発者が重要視するのは、ケガのリスクを抑えて長く走り続けるための、シューズの安定性です」。そう語るのは、先ほども紹介したGEL-KAYANO 29の開発を担当した中村さん。
29代目となるGEL-KAYANOシリーズは、国内のみならずグローバルでの評価が高く、今や“ザ・アシックス”とも言うべき同社を代表するブランドである。彼らのような若い開発者たちが、“最新のアシックスの伝統”を担っているのは心強い。
「シューズの安定性が高まることで、着地時に足が内側に倒れ込む現象(オーバープロネーション)が起きにくくなります。オーバープロネーションはケガのリスクを高めるので、倒れすぎないように抑える必要があります」(中村さん)
安定性とともに重要なのが、クッション性だという。
「クッション性の高いシューズ設計によって、スムーズな走りが実現されます。このクッション性には、ミッドソールの素材や厚みが大きく関係しています」(中村さん)
【開発者に訊く⑥】「FF BLAST PLUS」は、何が凄い?
クッション性を高めるため、最新のGEL-KAYANO 29で採用された素材がある。
「新しく開発された、『FF BLAST PLUS(エフエフブラストプラス)』です!」(中村さん)
FFは、『フライトフォーム』というアシックスのミッドソール部材の頭文字で、従来の『FF BLAST』の持つ高反発性やクッション性がアップした上で、さらなる軽量化にも成功している。FF BLAST PLUSをはじめとするミッドソール素材は、アシックスのみならず、スポーツシューズメーカーたちが熾烈な研究開発を競う主戦場なのだ。
ミッドソールは、一見すると地味な存在だが、クルマに例えると、エンジンとシャシーを一体化したような存在。ミッドソールの衝撃緩衝性によって、走る動作の中でも足は守られ、高い反発力によってランの推進力を引き出す。しかも、ランニングのパフォーマンスを引き出す上で、軽量であることもミッドソールには求められている。
【開発者に訊く⑦】プロトタイピング化、って何?
「ランニングシューズをはじめ新製品の開発は、従来のモノより、さらに良いモノを作る必要があります。その際、新しい素材や機能の採用によって、必ず新たな課題が生まれます」(中村さん)
アシックスが解決の方法として重要視するのは、プロトタイピング化だ。今回取材で訪れたアシックス スポーツ工学研究所は、プロトタイピング化のためのラボとしての機能も備えている。
研究所は、さまざまなデータをもとに設計されたプロダクツを、瞬時に試作品(プロトタイプ)化できる工場としての機能も持つ。このプロトタイプは、そのままテスト走行で試され、さらなるデータを収集・分析することが可能なのだ。これだけの規模の開発体制を日本国内に持つスポーツメーカーは、現時点ではアシックスだけと言っても過言ではないだろう。
「もちろん、数値の後押しは必要です。しかし、体感しなければ答えが出ないことがあります。数値だけで分からなくなったら、私たちは(プロトタイプを)作っちゃいます」(中村さん)
そうした試みができるのは、研究所を持つアシックスの強みという他ない。アシックスのモノづくりは、試行錯誤の連続の果てに結実しているのだ。
この秋からのランニングは、最新のシューズで!
では話を、シューズ選びについてに戻そう! 運動不足解消、痩せランのためには、安定性とクッション性のあるシューズを選ぶ。
「こうしたシューズで走れたら、習慣化しやすいし、走ること自体が楽しくなります。体重が落ちるという結果を伴ったら、嬉しいですよね」(中村さん)
各社がしのぎを削る開発競争の最前線だけに、2万円弱という価格も理解できる。
「値段は確かに安くはありません。安くはありませんが、自分自身の気持ちや目的と、価格が釣り合うかです」(中村さん)
たしかに、フィットネスクラブ2か月分ほどの価格と考えれば、1、2年は使えるランニングシューズの価格は高いとは言えない。しかも、朝でも夜でも、たった一つだけのギア=シューズがあれば、ランニングがスタートできるのだ。
「最初は、運動不足解消や痩せランという目的でも、走ることで、“レースに出る”や“旅ラン”などに広がる方はたくさんいます」(中村さん)
そうした奥の深さも、ランニングの魅力のひとつ。
アシックス スポーツ工学研究所・潜入ルポ
今回訪れた兵庫県・神戸市西区にある「アシックス スポーツ工学研究所」。シューズのみならず、アシックスの製品づくりの根幹をなす重要施設。“Human Centric Science”を標榜し、人間の動作解析や、材料や構造、分析評価試験の手法をはじめ、生産技術やサービス開発など幅広い研究を行っている。
テスト用のトラックは、レーンごとに素材が異なる。右端は、オンロード、アスファルトのサーフェイス。左端の青色は、イタリア・モンド社製の陸上競技用舗装材《スーパーX》。中央の赤色は、東京の新国立競技場で使用されている《モンドトラック》である。
所内に設置されたトラックには、動作解析ためのカメラが並ぶ(屋外にもつながる350m)。コース上にはフォースプレート(床反力計)が設置され、着地から蹴り出しにかかる力の大きさや向きの計測も同時に行える。
モーションキャプチャーのマーカーが装着された、ランニングシューズGEL‐KAYANO 29。7月に発売された最新モデルだが、アシックス社内では現在、来年以降のシューズ開発が進められている(はず)。
ウェアを作るための、さまざまな体型のトルソーが並ぶリサーチ施設。この部屋はガラス越しに中の様子が分かるが、秘匿性が高い部屋は摺りガラスになっていて、中の様子は分からない。
ランニングシューズのミッドソールなど部材の強度を測定する施設。引っ張りや引き裂き、接着剤の剥離など製品の部材の耐久性をチェックする。
入室制限された摺りガラスの部屋のひとつ。中に置かれていたのは、フォーム材などの品質をチェックする、材料の構造を見るための電子顕微鏡。
研究所内の体育館のコート。奥には野球のピッチャー用のゲージもある。これらにもフォースプレート(床反力計)が設置可能だ。
この秋、最新のランニングシューズで走り出しくなった方へ、ココでお知らせ。次回は、アシックスの最新シューズの実走テストを行い、そのレビューを紹介する。まずは、シリーズ3作目、先日発表されたばかりのNOVABLAST 3。そして、“ザ・アシックス”とも言うべきマスターピースの29代目GEL-KAYANO 29。いずれも、アシックス スポーツ工学研究所内でのロケで、お届けしよう。
撮影/小川朋央
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