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2022/10/1 20:45

アシックス「GEL-KAYANO 29」。アシックスが誇る“骨太シリーズ”から、骨がなくなった⁉/「大田原 透のランニングシューズ戦線異常なし」

ギョーカイ“猛者”大田原 透が、走って、試して、書き尽くす! ランニングシューズ戦線異状なし

2022「アシックス」秋の陣③「GEL-KAYANO 29」の巻

 

ランニングシューズブランド自慢の逸品を、走って、試して、書き尽くす本企画。3回目も、アシックス自慢の「スポーツ工学研究所」(兵庫県神戸市)内のテスト用トラックを拝借してお届けする。いよいよ真打、2022最新「GEL-KAYANO(ゲルカヤノ)29」の登場である。

↑「GEL-KAYANO 29」メンズ6色展開(ウイメンズ3色展開)、いずれも1万7600円(税込)。ラスト(足形)は、スタンダードタイプ

 

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試す側こそ試される、“The アシックス”な一足!

“The アシックス”、というべきランニングシューズを、一足だけ挙げよ。私は、躊躇なくGEL-KAYANO(ゲルカヤノ)と答える。

 

「私たちも、GEL-KAYANOを“アシックスの顔”と説明しています。四半世紀以上にわたるロングセラーとして培った信頼が、ロイヤルカスタマーの支持を得てきた結果です」。そう答えるのは、最新鋭GEL-KAYANO 29の開発に携わった、中村浩基さんだ。

 

多くのスポーツシューズメーカーも、アシックスをベンチマークにしてきた。シューズ開発と製造のレベルの高さに加え、グラスルーツの市場までも知り尽くすアシックスは、まさにランニング界の守護神的な存在であるからだ。

 

正直に書くと、アシックスのランニングシューズのインプレは、ちと苦手……。そのレベルの高さのため、他社と比較をすることが難しいと感じる時さえあるからだ。ましてや今回は、The アシックスのGEL-KAYANO。試すこちら側こそ試される、メーカー側も一切の妥協を許さないガチの一足なのだ。

↑今回お話を伺った、「GEL-KAYANO 29」の開発担当、中村浩基さん

 

世界で、GEL-KAYANOが支持されるワケ

「あえてGEL-KAYANOのターゲットを語るとすれば、これからランニングを始めようとしているビギナー層です。安定性とクッション性を兼ね備えているので、全く運動経験のなかった方にも履いていただけます」(中村さん)

 

ランニングの巨大マーケットである北米の人たちに比べ、比較的に体重が軽く、ランニング好きの日本人にGEL-KAYANOが支持されていることは理解しやすい。しかしながら、GEL-KAYANOは北米を含め、世界中で支持されている。

 

「北米では、ランニングシーンはもちろん、ウォーキングなど日常使いでも支持されています」(中村さん)

 

履いた際の足入れの良さ、着地の安定感、踵からつま先への体重移動、蹴り出しまでの滑らかさは、アシックスが特に重要視してきた開発のポイントに他ならない。グローバルでGEL-KAYANOシリーズが支持され続けてきた最大の理由のひとつだ。アシックスは、独自の社内基準を設け、その基準をクリアする製品を作り続けてきた。

 

「GEL-KAYANOは、アシックスが求める全ての基準に対して、まんべんなく最適解を得なければならない一足なのです」(中村さん)

 

トラスティックを排し、ライトトラスを採用

私たちランニング好きにとって、GEL-KAYANO 29への最大の注目は、今まで中足部に入っていた樹脂製のプレートである「トラスティック」を入れなくなった点だ。カーボンソールのシューズが注目を集める一方、現在のような樹脂系のプレートの存在は、ランニングシューズの進化の過程で見直しのタームを迎えている。

 

その理由のひとつは、高反発で衝撃緩衝性の高いミッドソール素材の劇的な進化。GEL-KAYANO 29では、樹脂系の硬いプレートである「トラスティック」の替わりに、適度な硬さを持ったフォーム材「ライトトラス」を採用している。

 

さらに、「ライトトラス」と組み合わせるかたちで、2022年FWに登場した最新の「FF BLAST PLUS(エフエフ ブラスト プラス)」というEVA系素材を搭載。「FF BLAST PLUS」は、高反発で衝撃緩衝に優れたクッション性に加え、驚くべき軽さのため、標準サイズで重量約10gダウンを実現している(「FF BLAST PLUS」の詳しい説明は、前回のNOVABLAST 3(ノヴァブラスト 3)のインプレをご覧あれ!)。

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↑朱赤の部材が「FF BLAST PLUS」。軽くて、しなやかだ! なお、足馴染みの良さの源となるのが、ラスト(靴型)。ビッグデータ並みの知見を経て改良を重ねてきたGEL-KAYANO 29のラストは、従来型を踏襲

 

GEL-KAYANO 29という、歴史的な瞬間

硬質な樹脂プレートと、可塑性に富むEVAを貼り合わせるよりも、似たような特徴の部材で1枚のミッドソールを形成した方が、走行時のスムースさは容易に得られる。というのは、全くの正論である。中足部にプレートがないランニングシューズは、トレイルランニング界では当たり前になっており、“GEL-KAYANOのプレートがなくなる日は、いつ?”は、長年、業界の大きな関心事とされてきた。

 

「毎回、開発ミーティングでの議論の対象でした。実際に変える際も2年以上の準備期間を設けて臨みました」(中村さん)

↑内側への過度な倒れ込み(オーバープロネーション)を防止し、プレートの役割も果たす「ライトトラス」(白色の部材)。「ライトトラス」の上に、クッション性の高い朱赤の「FF BLAST PLUS」が載っている(中間の赤い部材は、ゲル!)。28でコンパクト化したヒールカウンターは、オーバープロネーションを防ぐ機能を突き詰め、29ではさらにコンパクトになった

 

こうして樹脂系のプレートがなくとも、ミッドソールの素材や構造によって、前モデル同等以上のパフォーマンスの発揮が可能なGEL-KAYANO 29が誕生したのである。

 

「プレートの件は、今まで支持いただいた方々に、きちんとお伝えし続けます。数値的にも、実際の走行実験でも、“29は、28を上回る出来栄え”と胸を張って言えます」(中村さん)

 

ますます、GEL-KAYANO29を履いて走ってみたくなってくる! 数多くのアシックスのシューズの中でも、熱烈なファンを抱える骨太のモデルであるGEL-KAYANOから、樹脂のプレートという骨が消えた歴史的な瞬間に立ち会えるのだ。

↑28まではあった中足部のトラスティックがなくなったシューズ底面。黄色の部材が、アウトソールの「AHAR PLUS」だ

 

カーボンプレートが採用される日

走りたくてウズウズしているが、まだ筆者の仕事は残っている。GEL-KAYANOへのカーボンプレートの可能性は今後あるのだろうか?

 

「カーボンソールのメリットは、高い強度で、変形しにくいところです。素材の特性を考慮した結果、弊社では、トップアスリートのシューズに採用されています」(中村さん)

 

確かにアシックスでは、フルマラソン2時間30分で走るようなランニングシューズ、METASPEED(メタスピード)シリーズなどでカーボンソールが採用されている。

 

「裏返せば、カーボンソールのデメリットは、履く人を選ぶ点です」(中村さん)

 

カーボン素材の特性は、まさに、その硬さにある。剛性が高く、よりクイックな加速が可能なため、高速で走る上級者のレースでその性能を発揮する。しかしながら、足そのものが十分に鍛えられていないと、スピードについていけないどころか、突き上げ感も含め、かえってその硬さが負担になりかねない。ケガのリスクさえ付きまとうのだ。

 

「カーボンプレートの歴史はまだ始まったばかりです。これからもっと最適化が進むはずです」(中村さん)

 

いよいよ、GEL-KAYANO 29で試走!

開発の話をたっぷり聞いたところで、GEL-KAYANO 29の試走スタート! まずは、シューズに足を入れた感覚のインプレを行った。そして、初心者も含め、多くの方々がランニングシューズを履く、3つの理由に合ったペースで実際にコースを走ってみた。

 

最初は、「運動不足解消」が目的、1㎞を約7分で走る(=キロ7分)の~んびりペース。続いて、脂肪を燃焼させる「痩せラン」に適した、1kmを約6分で走る(=キロ6分)ゆっくりペース。最後は、距離ではなく、走る爽快感重視の、1㎞約4分30秒~5分で走る(キロ4.5~5分)「スカッとラン」。GEL-KAYANO 29の実力を試してみたぞ!

 

【まず、履いてみた!(走る前の足入れ感)】

最新鋭のGEL-KAYANO 29。樹脂プレートがなくなり、下側のミッドソールに硬めのライトトラスを採用。しかもミッドソールのEVAも軽量の「FF BLAST PLUS」になった。となると、気になるのは足入れ(シューズに足を入れた際の感覚)だ。

 

履いた瞬間に感じたのは、「あらっ、軟らか過ぎ?」。レースでも信頼して履けるGEL-KAYANOシリーズに求められるのは、表面的な足入れの快適さよりも、長距離を走っても疲れにくい本質的な快適さ。軟らかすぎるミッドソールは、むしろ疲労を倍加させる可能性すらある。

 

そこで、いったんシューズを脱いで、中敷き(インソール)をチェック。ちょっとズルいくらいの贅沢なインソールが入っていた。クルマや自転車って、タイヤのグレードを上げるだけで、乗り味が格段にアップする。このインソールだけでも、お店で試せば“ソク買い”だろう

 

でも、はたして、このインソールの贅沢さが意図するところは、何か? ますます、走りたくなってきた!

 

【運動不足解消ジョグ(1㎞を7分で走るペース)】

晴れて気持ちの良い土曜日、散歩ノリで軽~く流しながら、の~んびり走るペース。速く走るのも好きだけど、仕事やら何やらで疲れたカラダとココロに効くのは、ダンゼンこのリズム。ノリノリ過ぎないBPMの音楽を聴きながら走れば、週末の過ごし方も優雅になる!

 

で、最新鋭のGEL-KAYANO 29。低速での安定感は、さすが“The アシックス”。半端なく良し! 前回紹介したNOVABLAST 3のようなヤンチャなシューズと異なる、運動不足解消という、大人たしなみのランにぴったり。安定した着地、無理のない足運び、蹴り出しもスムースで、長く走れる気分にさせてくれる。軽自動車のような騒がしい走行感ではなく、高級セダンの大人の風格である。

 

走り初めにわずかに気になったのは、ロードノイズ。アウトソール(AHAR PLUS)が地面をシッカリ掴む音が、わずかに気になる。しかし3㎞ほど走り、シューズが走りに馴染んでくると、徐々にノイズは消えていた。後日も試したが、路面状態や使用頻度によってノイズが出た可能性が高く、その後は気にならなくなっている。

 

勝手な推測だが、足入れで感じたチョイ贅沢なインソールを履かせた理由は、アウトソール(AHAR PLUS)とライトトラスを組み合わせた際に感じる、今までのGEL-KAYANOと“異なる硬さ”の印象を軽くする目的かもしれない。

 

そう感じた理由も含め、スピードを上げて、さらに検討しよう!

 

【痩せラン(1㎞を6分で走るペース)】

今の自分の走力と、シューズのポテンシャルが一致する点を探るべく、タイムを気にせず、シューズを履いたままに、フラットなコースを素直に走ってみる。

 

気持ち良いと感じるタイムを確認すると、1㎞をほぼ6分のペース。もちろん体格や走力などの個人差で速度は異なるが、GEL-KAYANOシリーズのターゲットのド真ん中、ランニング愛好者やビギナーにとっても、まさにド直球の速度帯である。

 

1kmを7分で走るペースにも感じた、着地の安定感、無理のない足運び、そしてスムースな蹴り出しに加えて、自分の好きなリズムで走れるココロの快適さもON。履く前までに感じていた、「最新鋭GEL-KAYANO 29から樹脂製のトラスティックが消えた……」喪失感と不安感は、いつの間にか消えていた。

 

樹脂製のトラスティックの存在は、その存在が当たり前だった時代に誰もが感じた、約束手形のようなものだ。中足部にプレートがあることで、雨が降ろうが、激坂の上り下りがあろうが、夜になろうが、“このシューズでなら、走り切れる!”という心の拠り所となる。大げさな書き方かもしれないが、全てが不安要素だらけの100kmを走るウルトラマラソンのようなシーンでは、いかなる冒険も許したくない。その象徴的なシューズの部材が、中足部のプレートなのだ。

 

【スカッと走(1㎞を4.5~5分で走るペース)】

ランニングシューズに関しては、コンサバでありたい。しかし、ことレースに関しては、常にプログレでいたい。GEL-KAYANO 29、加速時のパフォーマンスはどうだろう?

 

正直に書くのだが、良い意味で、変わらなかった! どの速度帯でも、電気自動車のように、高いパフォーマンスを発揮してくれる。4分そこそこに上げても、着地の安定感、無理のない足運び、そしてスムースな蹴り出し。普段のジョギング、気持ちのいい緩~い登り坂でペースを上げたくなっても、気持ちよく加速できる。

 

GEL-KAYANO 29を履いてペースを上げるなら、私なら、次のようなシーンだ。フルマラソンの最後のトラックでのスプリント、ウルトラマラソンのラストの激坂の頂に向けて抜くべき選手と並んだ瞬間、悪天のハーフで意気消沈の選手たちをゴール間際でのごぼう抜き! いずれも、持久戦の最後の最後に勝利するイメージです(あくまで妄想……)。

↑取材と試走のためにトラックをお借りした「アシックス スポーツ工学研究所」(兵庫県神戸市)。シューズのみならず、アシックスの製品づくりの根幹をなす重要施設なので、当然ながら一般公開されていない

 

今回GEL-KAYANO 29を試してみて、中足部のトラスティックがなくても、このシューズでレースを走ってみる気持ちになった。先ほどの贅沢インソール問題は、変化を恐れる私のようなコンサバなランナーたちの不安を、少しでも払拭しようとした開発者たちの努力の結果なのだと思えてならない。

 

今シーズン、10㎞から始めて、ハーフ、そしてフル、さらに来年のウルトラでの活躍を期待して、GEL-KAYANO 29をじっくり吟味することにしよう! シューズは、レースを完走に導く唯一無二のギア。開発者たちの熱意と執念、科学の進化を受け入れよう!

 

撮影/小川朋央

 

 

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