大阪・南港でひときわ目立つ、日本が誇る総合スポーツ用品メーカーミズノ大阪本社ビル。このビルに隣接して、2022年11月イノベーションセンター「MIZUNO ENGINE(ミズノエンジン)」が誕生した。MIZUNO ENGINEは、ミズノの商品やサービスの研究開発を強化するイノベーションの拠点。まさに、ミズノのモノづくりのエンジンとなる施設である。
今回、GetNavi web編集部は、真新しいMIZUNO ENGINEの施設内にカメラを入れ、どんなワクワクが生まれるのかを体験取材させてもらえる、特別な許可を得た。レポート役は、GetNavi webでランニングシューズのレビュー連載を担当する、業界猛者オータワラ。ご案内いただくのは、MIZUNO ENGINEを統括する佐藤夏樹さんである。
「MIZUNO ENGINEは、それまで点在してきた社内各部署のスペシャリストの知見と最先端設備を集結し、スポーツによる社会イノベーション創出の加速をミッションに掲げています。なんといっても、大阪のヘッドクォターの隣りという立地で、アイデアを瞬時にカタチにし、それを実際に使って、製品化へのデータを採取する、『はかる』『つくる』『ためす』の一連のプロセスがシームレスに、しかも高速回転できるのがメリットです」(佐藤さん)
本来、マル秘の施設(MIZUNO ENGINE)が、スケスケ!
MIZUNO ENGINEのエントランスを入って、まず目に飛び込むのは、クライミングウォールと、その奥のランニングのテストコース。驚くべきは、発売前のシューズのプロトタイプの製品テストをするテストコースが、来客者の目の前にあるという点だ。シャッターさえ無しの、丸見え! モノづくりの会社にとって最高レベルのセキュリティを要求される場所が、スケスケ……。丸見えのスッケスケには、正直、腰を抜かさざるを得ない。
「たしかに、ランニング用のトラックやトレッドミル、野球用のマウンドも、オープンです。なぜなら、オープンな空間を全社員が共有することで、アイデアの化学反応や新しい価値の創出、創造などを期待しているからです。MIZUNO ENGINEのミーティング空間も、オープンな造りになっています」(佐藤さん)
ミズノは、競技スポーツだけでなく、楽しく体を動かすことを“スポーツ”と定義している。MIZUNO ENGINEは、こうした広い意味でのスポーツで、人々を幸せにすることを目指す施設なのだ。それをひも解くのが、「ミズノミライビジョン」という5つの研究開発ビジョンだ。
ミズノ変革の要! 「ミズノミライビジョン」
①競技:スポーツで人の限界に挑戦する
②健康:スポーツで心身ともに健康な人を増やす
③環境:スポーツで地球環境を良くする
④教育:スポーツでたくさんの子どもたちを育む
⑤ワーク:スポーツで働く人を元気にする
なるほど、「ミズノミライビジョン」は、これからのミズノのモノやサービスづくりの指標となる、ミズノ版SDGsとも言えよう。佐藤さんによるMIZUNO ENGINEの設立経緯を聞けたところで、いよいよ体験取材の始まりである!
マーカーレスモーションキャプチャーで、高齢者の動きを測定!
まずは、足腰が弱くなった、高齢者の状態を疑似体験! この時のカラダの使い方を、最新のマーカーレスモーションキャプチャーで撮影することとなった。マーカーレスモーションキャプチャーは、文字通り、カラダに取り付けるマーカーなしで、カラダの動きを三次元でデータ化できるシステムだ。計測を担当してくれるのは、ミズノの矢野勇貴さんである。
体育館に設置された12台の専用カメラで人間の動きを撮影し、体型のシルエットから骨の位置を類推し、動画として3次元の映像にできる。骨の位置はあくまでバーチャルだが、複数の人間がいっぺんに動いても全ての人の解析が可能だ。これは、凄い! カメラに映し出されたのは、立派な爺さんの私。トボトボと歩く姿は、 “おぬしも老けたものよの~”と我ながら切なくなってくる。
もちろんこのシステムは、老いを感傷的に測定するためでなく、新製品やサービスを開発するために使われる。現在も、ある高齢者向け商品のプロトタイプのテストが予定されているのだとか。マーカーレスモーションキャプチャーを使って、高齢者の動作を解析、これを基に仮説を立て、サービスや製品のプロトタイプを作り、テストして、実際の製品にする一連のプロセスを高速で回すのだ。
「今回は高齢者体験のキットで測定しましたが、実際に壮年と高齢者の歩き方のデータを比較すると、高齢者は、カラダの後ろ側が使えていないことが分かります。筋力または関節の可動域のいずれか、もしくは両方の低下で、カラダの後ろ側が使えなくなるのです。高齢者向けの製品を開発する際は、20~30代向けの製品とは求められる機能が全く異なるのです」(矢野さん)
12台のカメラで撮った画像を3次元の動画にまとめ、骨の位置を類推して動きを数値化。上は高齢者体験キットの筆者で、下は壮年の筆者。
なるほど、老いても活き活きと歩けるよう、今から準備しておくべきは、カラダの後ろ側の筋力と、ストレッチ。さらに、MIZUNO ENGINEで今後研究開発されるであろう、高齢者向けの製品を手に入れれば、鬼に金棒だ!
センサー内蔵球「MA-Q(マキュー)」で、ボールの回転数を丸見え化!
続いて訪れたのは、スポーツパフォーマンスラボという部屋。室内に用意された野球用のブルペンには甲子園と同じ土が盛られ、人工芝は西武ドームやナゴヤドームと同じモノが使われているという。筆者を待っていてくれたのは、ミズノの柴田翔平さんである。
「この部屋では、ゴルフクラブや野球バット、テニスラケットなどの試打計測などを、高速カメラや床反力計などを用いて行えます。今回ご用意したのは、複数のセンサーが内蔵された硬式球『MA-Q(マキュー)』です。MA-Qは、専用のアプリを使って、球速だけでなく、回転数や、回転軸の角度も解析できる回転解析システムです。実際に投げてみて、プロのピッチャーの球と比較していただきます」(柴田さん)
さっそくMA-Qを手に取ってみる。ステッチの色こそ青なので見慣れないが、持った感じは素人目には全く普通の野球ボールと見分けがつかない。それもそのはず、コアの部分にセンサーが入っている以外、重量、バランス、革、縫い目の高さまで普通の硬式球と全く変わらないのだとか。では、イッチョ、投げてみよう!
「投げていただいた結果は……。残念ながら大田原さん、球速、回転数ともに、小中学生以下でした(苦笑)。ボールの回転も、イメージはピストルの弾やドリルのような回転に近く、ボールが平均より沈むような球筋です。一方、プロ投手の球は、縦方向に回転するので、揚力が生まれ、ボールが伸びます。今までは球速ばかりを話題にしてきましたが、MA-Qを使って回転に着目すると、さらにいろいろなことが分かってきます。この施設では、MA-Qアプリの操作性を高めるテストも行っています」(柴田さん)
ボールの回転数で分かる、ピッチャーの適性
柴田さんによると、回転数と球速の関係には、3つのタイプがあるという。
①回転数と球速が平均的なタイプ:よくあるタイプの球なので、打たれやすい。
②回転数が高いタイプ:実際の球速以上に球が伸びて見えるので、三振、フライになりやすい。
③回転数が低いタイプ:球速が上がれば、打ちにくいため、ゴロで打たせるタイプになりやすい。
飲食店に例えて書くなら①は、チェーン店のようにハズレがないが、大当たりは期待できない。次の、剛速球でカーブも使いこなす②は、いわば高級店。肘を痛める可能性があるが、味(球筋)は一流である。そして③は、商店街の街中華といったところ。外見からは判断できないが、当たれば大満足である! 柴田さんによると、筆者の球は③タイプに向いているという。回転数は上げず、球速を上げるような意識付けを行うと良い、とのアドバイスを受けた。データ的には小学生以下なので、伸びしろしかない。あとは、MA-Qを買って秘密トレ、味わい深い街中華を目指すだけである。
「MA-Qでのデータを活用すれば、子どもたちを含めた投手の適性や、今後の育成の方向を客観的に把握できます。無理に投球数を増やすことや、肘への過度な負荷を防ぐことにも役立てられます」(柴田さん)
ちなみに、MA-Qを使ったピッチングマシンの回転数コントロールのサービスは、まだ存在しないとか。対戦相手のピッチャーの球種に応じ、球速だけでなく回転数も似せたボールを再現できたら、勝利の確率が上がるのではないか……。素人じみた筆者の発想だが、そんな妄想が生まれるのがMIZUNO ENGINEのMIZUNO ENGINEたるところ! ミズノの各競技の専門家たちによる、MIZUNO ENGINEを起点とした製品やサービスのイノベーション。今から楽しみである。
フラットだけど、箱根のアップダウンを疑似体験!
最後に訪れたのは、モーションキャプチャーのラボ。赤外線光のカメラ12台が、反射マーカーを付けたカラダの動きを360度で捉え、3Dとして解析を行うことができる。反射マーカーは最小4㎜の間隔まで検知できるため、足関節の骨や、顔の表情筋の動きも忠実にデータ化できるという。計測のご担当は、古川大輔さんである。
さらにこの部屋には、日本ではMIZUNO ENGINEにしかない、あるメーカーのトレッドミルが設置されている。このトレッドミルには、地面にかかる力が計測できるセンサーが、走路全面に内蔵されている。これにより、走行時の着地の衝撃が、足裏のどの部分に、どれだけの強さで加わっているのかが瞬時に分かる。シューズ開発の肝である、ミッドソールのクッション性や反発性を測るための強力な武器なのだ。
「日本に1台しかない、このマシンが優れている点は、傾斜を可変させられる上に、逆回転ができることです。つまり、平地にいながら、坂道を上るだけでなく、下るテストまで可能です。スピードは、時速25㎞まで出ます。今日はせっかくなので、箱根の平均的な6%斜度と、箱根の最大斜度13%を再現してみますので、ぜひ、最新のランニングシューズ『ウエーブライダー26』を履いて、ウエーブライダー史上最高のクッション性を体感してみてください」(古川さん)
13%の坂を時速25㎞(1㎞を2分33秒)でアップダウンしたら、瞬時にトレッドミルの餌食になってしまう……。高級国産車が1台余裕で買える最新マシンを、筆者のテストで壊す愚行は避けたいところ。しかも反射マーカーは1個3000円。これまたお釈迦にするワケにはいかない。
「計測データが出ました。データ的にも、大田原さんの下りの動きは、スネの前脛骨筋(ぜんけいこつきん)という筋肉が酷使される運動であることが分かります。反対に上りの動きは、ふくらはぎに負荷がかかりやすくなります。上りや下りでは、同じ『走る』という動作でも、平地を走ることとは全く異なるのです」(古川さん)
ランニングシューズ開発は、さまざまな走力を持つランナーに対して、それぞれに合ったクッション性と反発性を持つ最適解のシューズを提供することに尽きる。そのため、平地や下りでいかに衝撃を吸収し、地面反力を推進力に換えて前に進む、優れたミッドソールの開発が各社の最大の課題となっている。このテストも、シューズ開発の最前線を彷彿させる、まさにトレンドのテーマなのだ。
古川さんによると、近年のミズノによる調査で、ランナーの走り心地の好み(感性)には大きく2つのタイプがあることが分かったという。
「1つ目のタイプは、『柔らかくフカフカとした走り心地』を好むタイプです。このタイプのランナーは、ソール全体が柔らかくて厚く、かかとからつま先にかけての傾斜(ドロップ)が比較的小さいシューズを好みます。2つ目のタイプは、『かかとからつま先までスムーズに転がる走り心地』を好むタイプです(筆者だ!)。このタイプのランナーは、ソールのとくにかかと部分が柔らかく、ドロップが比較的大きいシューズを好みます」(古川さん)
こういったスポーツをする人たちのメンタル面の研究も、MIZUNO ENGINEが掲げる大きなミッションだ。
なお、MIZUNO ENGINEには、シューズのミッドソール部材の物性試験を行う特殊な検査機械に加え、製造や加工を行う施設まで備えている。2日もあれば、プロトタイプを作って試し、改良のための検査を行う体制が、本社のすぐ隣に完備されているのだ。「はかる」「つくる」「ためす」の一連のプロセスがシームレスに、しかも高速回転するMIZUNO ENGINEの可能性は、まさに計り知れないのである。
ということで、膨大な取材データにお腹も一杯、喉もカラカラだ。今回のレポートでは、MIZUNO ENGINEで誕生した新製品にはお目にかかれなかったが、レポートできる日は遠くない。スポーツの世界を拡げるアッと言うような新製品やサービスを取材すべく、またMIZUNO ENGINEにお邪魔させてくださいませ!
撮影/中田 悟
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