ギョーカイ“猛者”が走って、試して、書き尽くす! 「ランニングシューズ戦線異状なし」
2023「サロモン」夏の陣①
夏本番は、ランのオフシーズン! あまりの暑さに、パフォーマンスも発揮できず、大量の発汗は生命の危険さえ伴う。ところが、高~い山の上は、別世界! 深い森のトレイルは盛夏の日差しをも遮り、稜線を吹く風は汗を優しくぬぐってくれる。日の出の時刻も早く、トレランにもってこいの季節のひとつなのだ。
で、ここは東京を代表するアウトドアフィールド、高尾山。京王線高尾線の終点・高尾山口から、ケーブルカーの起点となる滝本へつながる道沿いにある、古民家を利用したサロモンのショップである。今回は、世界のトレイルランニングシーンを牽引する「サロモン(Salomon)」の店舗からお届けしている。
今回のテーマは、トレランとラン、シューズは何が違うのか? サロモンおすすめの2足について根掘り葉掘りお話を伺い、履き比べてみようという特別編である。お話を伺うのは、サロモンのイケメンMD、山村 拓さんである。
スキーで始まったサロモンが、トレランシューズを作る必然とは?
「サロモンは1947年、フランス東部のアヌシーで、スキーのエッジを作る研磨工場から始まります。スキーのバインディングやブーツ、クロスカントリースキーなどのイクイップメントを手掛けるブランドとして成長しました。スキーに関しては、ヘルメット、ゴーグル、アパレル、グローブ、ストックまで、頭からスキー板の先まで揃う“ヘッド トゥー ティップ”のブランドと自負しています」(山村さん)
日本では1962年からスキー用品の輸入が始まったサロモン。スキーやスノーボードなどのウインタースポーツだけでなく、今ではトレランやハイキングなどマウンテンスポーツのブランドとしても抜群の知名度を誇る。
今回、高尾山の正面玄関に構えるコンセプトショップ「TAKAO MOUNTAIN HOUSE」に伺ったのは、まさにサロモンのマウンテンスポーツ領域の話を聞くため。山村さんによると、サロモンがトレイルランニングのシューズを本格的に世に送り出したのは、2005年の「XA PRO 3D」だという。
「北欧では、クロスカントリースキーの人気が高く、その人たちの多くが夏場はトレランを楽しんでいます。その意味でも、スキーから始まったサロモンが、トレランシューズを出すのは自然な流れでした」(山村さん)
全てのサロモン製品に宿る“ライト&ファスト”
「サロモンのモノ作りの使命は、“ライト&ファスト”にあります。より短時間に、距離を稼ぎ、ミニマルな装備で、身体のパフォーマンスをできる限り維持することが、商品開発の根本にあります。これは、ウインタースポーツ、マウンテンスポーツに共通する考え方です」(山村さん)
“ライト&ファスト”の思想の下で開発されるスキーギアやトレランシューズ、ザックなどのイクイップメントは、用途に応じて機能を特化し、軽量化されたモノばかり。堅牢なテントを背負っての山岳縦走など、“ヘビー&スロー”なイクイップメントとは、対極のモノ作りをしている。
「サロモンが得意とする主戦場は、厳冬期ではない3000m級の山々まで。日本の市場で受け入れられているのも、まさに日本の山々の標高と、様々に変化するテクニカルなトレイルがあるからと言えます。こうしたフィールドで、高いパフォーマンスを維持するために必要なのは“軽さ”です」(山村さん)
軽いために速く動ければ、時間をより有効に使うことができる。さらに天候やルートなどの情報を活用することで、持って行くべきギアも絞り込むことができる。これらは、アスリートも、入門者も、本質的な違いはない。“安心、安全”を至上にして、不必要なギアまで背負って、体力も時間も浪費することは、サロモンが提唱する“ライト&ファスト”とは相容れない。
ところで、ハイキングとトレラン、シューズの違いは、何?
「トレランとランニングで、シューズの何が違うのか? というお話ですが、まずは、ハイキングとトレランのシューズの違いから説明すると理解しやすくなります。ハイキングシューズは、下り道での捻挫や転倒などのケガに備えて、足を保護する必要があります。そのため、歩行を安定させるTPUなどの硬いシャーシを中足部に入れたり、アッパーにレザーを使ったり、爪先にトゥキャップなどの部材を使用するのが一般的です」(山村さん)
サロモンのハイキングシューズに使われるシャーシは、酷寒の厳しい環境下で培われたウインタースポーツのギアの開発力が応用されているという。クロカンスキーの超軽量なブーツの内側への倒れ込みを防ぐシャーシが、ハイキングシューズに活かされているのだ。
一方のトレランシューズは、移動速度を上げるために、硬くて重いシャーシを抜き、その分グリップ性の高いラバーのアウトソールを履かせ、アッパーをよりフィットさせるのが一般的だという。岩や泥、濡れた根っ子など、あらゆる路面状況でも高いグリップ力があるアウトソールのラバーは、サロモンがスノーボードブーツの開発で培った技術を応用しているのだそうだ。
「次は、トレランとランです。両者の最大の違いは、シューズのアウトソール(靴裏)の作りです。トレランは、岩や土など、さまざまな路面状況に対応するため、グリップ性に富んだラバーとラグ(凸凹)が必要になります。一方、ロードのランでは、常に一定方向への着地衝撃が繰り返されるため、高い耐摩耗性のアウトソールが必要になります」(山村さん)
なるほど、ハイキング、トレラン、ロードランニングの各領域のシューズを手掛けるサロモンだからこその経験に裏打ちされた知見と言えよう。現在のサロモンは、ウインタースポーツだけではなく、トレランシューズの開発に巨額の投資を集中させていると山村さんは語る。
「今は、サロモンブランドのDNAは、トレランシューズの開発から得ています。それは、“トレランは全ての要素を持っている”からです。様々な路面状況だけでなく、高度によって気温や湿度も激しく変わりますし、山での長時間の移動では雨や風など天候もめまぐるしく変化します。それらに対応できる製品ラインナップが必要だと考えています」(山村さん)
サロモンが、日本市場に注目し続けるワケ
「日本人の体型や足の形状には、サロモンは以前から注目してきました。スキーブーツの出荷数量が世界一の国のマーケットという面もありますが、日本で売れる商品は、世界でウケるからです。北米では100㎏を超える体重の人たちも走りますが、北米のトップアスリートの体重は驚くほど軽量です。その中間に、ちょうど日本人がいるのです」(山村さん)
サロモンが日本でのスキーブーツの販売で学んだのは、甲高ばんびろな足型や、小柄な体型や骨格にも対応する製品を開発することだった。日本で売れる商品は、世界市場でもサロモンに成功をもたらしてきたからだ。
トレランシューズの開発でも、変化に富む日本の山々のテクニカルな環境に加え、市民マラソン大国としてのポテンシャルも、日本というマーケットへのサロモンの注目を高めることになったという。
ロードランニングを含めた、総合ランニングブランドへの道
「競合ブランドの製品が、日本でどのように展開し、どんな評価を得ているかのレポートは、本国での製品開発に活かされています。サロモンは、あらゆる環境に対応する製品を開発してきました。さらにサロモンは、日本の市場を通じて、グローバルのマーケットで必要な問題解決の方法も学習してきたのです」(山村さん)
そのサロモンは、今後どの方向へ向かってゆくのだろう? ウインタースポーツに始まり、今やトレランでは破竹のサロモンである。このシンプルな質問を、山村さんに最後にぶつけてみた。
「トレランには、ランニングの全てのシチュエーションがあります。しかもサロモンは、トレイルのさまざまなシチュエーションを知っています。そのためサロモンは、“どこで走るのか?”という問いに対して、さまざまな答えを用意してきました。だからこそ、これからのサロモンは“どこでも走れる”ランニングブランドでありたいと考えています。なかなか難しいことは、百も承知のことですが……(笑)」(山村さん)
ということで次回からは、いよいよサロモンの最新トレイルランニングシューズ「ウルトラグライド 2」の詳細と試走に移る! 本連載でトレランシューズを扱うのは、実は初めて。乞うご期待なのである。
撮影/中田 悟
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