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2018/12/16 17:00

かつては同じ会社の路線だった — 数奇な運命をたどった2路線を巡る旅【貝塚線編】

おもしろローカル線の旅25 〜〜西日本鉄道貝塚線(福岡県)〜〜

福岡市近郊を走るJR九州の香椎線(かしいせん)と、西日本鉄道の貝塚線。両線とも、博多湾鉄道(後の博多湾鉄道汽船)という会社が路線を開業させた。

 

今回はその2として太平洋戦争後に香椎線と別の道を歩むことになった貝塚線の沿線を巡ってみよう。11.0kmの短い路線ながら興味深いことがらが多く浮かび上がってきた。さらに栄枯盛衰のドラマが隠されていたのだった。

↑貝塚線の電車は600形のみ。西日本鉄道の天神大牟田線といった他の路線が線路幅1435mmなのに対して、貝塚線のみJRの在来線と同じ、1067mmの線路幅となっている

 

 

【貝塚線の歴史と概要】博多湾鉄道汽船が手がけた路線だったが

まず貝塚線の歴史を見ていこう。同線は前述したように香椎線と同じく博多湾鉄道(貝塚線開業当時は博多湾鉄道汽船と名称変更)が開業させた路線だ。

 

路線開業 博多湾鉄道汽船により1924(大正13)年5月23日に新博多駅(のちの千鳥橋電停)〜和白駅(わじろえき)間が開業翌年7月11日に宮地岳駅(みやじだけえき)まで延伸される
現在の路線と距離 西鉄貝塚線・貝塚駅〜西鉄新宮駅(にしてつしんぐうえき)間11.0km
軌間(線路幅)・電化 1067mm・直流1500V電化

 

香椎線と同じように1942(昭和17)年に西日本鉄道(西鉄)の路線となった。路線名は宮地岳線(みやじだけせん)と変更されている。

 

路線を開業させた博多湾鉄道汽船は、福岡市の中心と近郊を結ぶ通勤・通学路線として成長させたかったのだろう。1929(昭和4)年には早くも全線を直流1500Vで電化している。

 

太平洋戦争中の1944(昭和19)年に香椎線は国鉄に組み込まれたが、貝塚線は、西鉄の路線のまま戦後を迎えた。その後の路線の延長や廃止、一部区間の線路幅の変更などが頻繁に行われる。簡単に見ておこう。

↑太平洋戦争前の地図。当時の貝塚線の路線を着色、駅名を記してみた。現在の起点となる貝塚駅は名島駅のやや南側。戦前は路線が福岡市の中心部まで延びていたことがわかる。内務省地理調査所発行「福岡」の5万分の1(昭和11年修正測図)を利用

 

1951(昭和26)年7月1日 宮地岳駅〜津屋崎駅間が開業。
1954(昭和29)年3月5日 西鉄博多(旧・新博多駅、後の千鳥橋電停)〜西鉄多々良駅(現・貝塚駅)間を標準軌に改軌、直流600Vに降圧。西鉄・福岡市内線(路面電車)の路線に組み込まれる。
1979(昭和54)年2月11日 千鳥橋〜貝塚間を廃止 ※1986(昭和61)年11月12日に福岡市地下鉄箱崎線が貝塚駅まで開業するまで、貝塚駅で他線への乗継ぎができない状態に。
2007(平成19)年4月1日 西鉄新宮駅〜津屋崎駅間を廃止、路線名を宮地岳線から貝塚線に変更。

 

路線開業当初は、上記の地図を見てわかるように、福岡市の市街地のすぐ近くまで路線が延びている。市内を路面電車にのれば、容易に市内各所へ行くことができた。

 

その後に市内を走っていた西鉄の軌道線が廃止され、同時に貝塚駅までつながる旧路線も廃止されてしまう。地下鉄の箱崎線が開通するまで、一時期、貝塚駅は陸の孤島と化してしまうのである。

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