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2019/5/11 17:30

祝! 待望の新路線「リアス線」が開業 ――4時間23分の長旅を満喫した!

おもしろローカル線の旅38 〜〜三陸鉄道リアス線(岩手県)〜〜

岩手県の三陸沿岸を走る三陸鉄道リアス線。東日本大震災の影響で長期にわたり不通となっていた旧JR山田線の海沿い区間が復旧され、三陸鉄道に移管された。そして3月23日、南リアス線から旧山田線、北リアス線を通して走る新路線「リアス線」の運転が始まった。

 

南の起点・盛駅(さかりえき)から北の終点・久慈駅(くじえき)まで路線距離は163km! 通して乗ると、4時間30分前後かかる。新緑が鮮やかな春の一日、三陸の海と山を見ながらのんびり走る“長距離鈍行列車”の旅を楽しんだ。

 

↑浪板海岸駅付近を走る下り列車。旧山田線では同駅前後から眺める海の景色が最も素晴らしく感じられた

 

【リアス線の概要】第三セクター鉄道の中で日本一の路線距離に!

まずは、三陸鉄道リアス線の概要を見ておこう。

路線と距離 三陸鉄道リアス線/盛駅〜久慈駅163.0km
開業 2019年3月23日、旧山田線釜石駅〜宮古駅間が復旧、南リアス線、北リアス線を加えて「リアス線」となる ※それぞれの区間の歴史は後述
駅数 40駅(起終点を含む)

 

この春まで三陸鉄道の路線は南リアス線(盛駅〜釜石駅間36.6km)と北リアス線(宮古駅〜久慈駅間71.0km)の2区間があり、列車が別々に運行されていた。南北のリアス線を結ぶように釜石駅〜宮古駅間はJR山田線が走っていた。

 

2011年3月11日に起こった東日本大震災の影響は甚大で、北リアス線、南リアス線は長期にわたり列車の運行がストップした。大きな被害を被ったにも関わらず、北リアス線、南リアス線は2014年4月6日までに全線が復旧した。

 

さらにJR山田線は被害の大きさは甚大で、復旧に向けての調整、そして工事に時間がかかり、全線復旧までに8年の歳月を要した。復旧後にJR東日本から三陸鉄道へ無償譲渡され、晴れて三陸鉄道リアス線となったのである。

 

2019年3月23日に記念の列車が運行され、24日から平常運転が始められた。起点の盛駅から終点の久慈駅までは路線距離は163.0km。第三セクター鉄道の路線としては日本一の長さとなった。

↑盛駅の車両基地からホームへ向けて回送される「久慈駅行き列車」。これから163kmの旅が始まる。車両は36-700形(さんりく-ななひゃくがた)。現在のリアス線の主力車両だ。写真の後ろには岩手開発鉄道(貨物列車のみ運行)の貨車が見える

 

旧南リアス線、旧山田線、旧北リアス線のみを走る列車に加えて、全線を通して走る列車は、盛駅発→久慈駅行きが日に2本、久慈駅発→盛駅行きが日に3本ある。深夜に走る区間列車1本を除き、すべての列車が各駅停車で、全線を通して乗車すると、なんと4時間30分前後もかかる。

 

JRの普通列車の中には、飯田線(路線距離195.7km)を約7時間かけて走る超鈍行列車があるものの、4時間30分という乗車時間は、それに次ぐ“乗り甲斐”のある鈍行列車と言って良いだろう。

 

↑主力の36-700形以外に、普通列車用の36-100形・36-200形。観光列車にも使われる36-Z形、36-R形(R1・R2・R3の3車両あり)といった車両が使われている

 

車両は主力が36-700形。一部はクウェート政府の援助により新製された車両で、クロスシートが主体。シート中央のテーブルの大きさが異なるなど、車両それぞれ、細部の造りが異なっている。

 

ほか従来から走る、36-100形・36-200形。また観光列車としても使われる36-Z形、36-R形といった車両が使われている。ちなみに車両形式を表す番号の頭に付く「36-」は「さんりく」と読む。

 

 

【リアス線の歴史】昭和初期にできた線区と北・南リアス線の違い

リアス線は旧南リアス線、旧山田線、旧北リアス線の3区間それぞれ、路線の趣が異なる。それは路線を敷設した時代の建設技術の差が大きく影響している。ここで路線の歴史を振り返っておこう。

 

◆旧山田線区間(釜石駅〜宮古駅間)

1935(昭和10)年11月17日:宮古駅〜陸中山田駅間が開業、徐々に延伸。1939(昭和14)年9月17日:大槌駅〜釜石駅間が開業、旧山田線が全通。

 

三陸海岸は海岸線が複雑なこともあり、路線の建設にも時間がかかった。太平洋戦争前にやっと開業にこぎつけている。余談ながら計画当初の首相は、岩手県出身の原敬。戦後も政治の世界ではたびたび問題となった“我田引水”ならぬ“我田引鉄”の気配が漂う。当時は「サルやクマを乗せるのか」と野党から批判されたようだ。

↑旧山田線の第一大沢トンネル(浪板海岸駅〜岩手船越駅間)を抜けるリアス線の列車。同区間の開業は1938(昭和13)年と古い。トンネルの造りにも歴史が感じられる

 

一方の南リアス線、北リアス線の歴史は新しい。

 

◆旧南リアス線区間(盛駅〜釜石駅間)

1970(昭和45)年3月1日:盛線として盛駅〜綾里駅(りょうりえき)間が開業。

1984(昭和59)年4月1日:盛駅〜釜石駅間が全通、三陸鉄道南リアス線となる。

 

◆旧北リアス線区間(宮古駅〜久慈駅間)

1972(昭和47)年2月27日:宮古線の宮古駅〜田老駅(たろうえき)間が開業、その後、久慈線が久慈駅から普代駅(ふだいえき)まで延伸される。

1984(昭和59)年4月1日:田老駅〜普代駅間が開業、宮古駅〜久慈駅間が三陸鉄道北リアス線となる。

↑旧南リアス線と旧北リアス線区間は、造られた時期が昭和の後期ということもあり、長いトンネルと高架橋で通り抜ける区間が多い。直線路も多く踏切もほとんどない構造だ

 

旧山田線は昭和初期に造られた路線ということもあり、トンネルは少なめで、カーブが多く、海沿いおよび、山間をぬって列車が走る。

 

対して旧南リアス線と旧北リアス線は、昭和後期に造られたこともあり、より高速化を目指した造り。直線路が多く、山間部は長いトンネルで一気に抜けてしまう。立体交差箇所が多く踏切は非常に少ない。ちなみに最も長いトンネルは、田老駅〜摂待駅(せったいえき)間にある真崎トンネルで6532mある。ほか4000〜5000mといったトンネルが続く。

 

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