昨年末に予約受注を開始したフォルクスワーゲン(VW)のコンパクトSUV、「Tクロス」の販売がスタートしました。VWのSUVラインナップでは最も小さなモデルとなりますが、日本でのキャッチフレーズは「TさいSUV」。「小さい」ではなく「Tさい」、そのワケは?
【今回紹介するクルマ】
フォルクスワーゲン Tクロス
試乗車:TSI 1st Plus
価格:299万9000円~335万9000円
外観は「ティグアン」の弟分ながら、カジュアルな演出も十分
「Tクロス」は、日本向けVWのラインナップでは間違いなく期待の星と呼べるモデルです。なぜなら活況のSUV市場にあって、これまでVWで選べる純粋なSUVモデルは「ティグアン」しかなかったから。海外ではTクロスの上に「Tロック」、ティグアンには3列シート版もあるほか、その上にも「トゥアレグ」、「アトラス」など豊富な選択肢を揃えています。ですが、こと日本に関してはトゥアレグが2代目でドロップして以降、ティグアンの“一本足打法”が続いていたのです。聞けば2020年内にはTロックの導入も始まるようですが、それまではディーゼル仕様が好調というティグアンとこのTクロスがVWのSUVニーズを支えることになるわけです。
そのボディサイズは、全長4115×全幅1760×全高1580mm。ホイールベースは2550mmとなります。このボリュームは、「ダイハツ・ロッキー/トヨタ・ライズ」と「ホンダ・ヴェゼル」のおよそ中間。同じ輸入車では、「シトロエンC3エアクロスSUV(4160×1765×1630mm)」や「プジョー2008(4160×1740×1570mm)」あたりが近い数値となります。ちなみにVW同士ではティグアン(4500×1840×1675mm)よりふた回り小さく、乗用車の「ポロ(4060×1750×1450mm)」に対しては若干大きめというところ。コンパクトSUVらしく、誰にでも扱いやすいサイズに収められています。
現在、販売されているのは導入記念特別仕様車となる「TSI 1st(ファースト)」と「TSI 1st Plus(ファーストプラス)」の2グレード。外観は“プチ・ティグアン”といった風情の造形で、近年のコンパクトSUVでは折り目正しい生真面目系のテイストといえるでしょう。このあたりはいかにもVWの一員らしい仕立てですが、TSI 1st Plusではドアミラーやホイールにアクセントカラーが組み合わせられるデザインパッケージを採用。カジュアルに見える演出も可能です。
室内空間や荷室などのパッケージングは、トップクラスの完成度
デザインパッケージを採用したTSI 1st Plusは、インテリアもTSI 1stよりカジュアルな仕立てになります。高いサポート性も期待できるスポーツコンフォートシートは、組み合わせに応じてオレンジ、グリーン、グレーのアクセントが入るほか、インパネ回りのトリムにもグラフィカルなデザインを採用。特にオレンジのアクセントカラーを選べば、従来のVWとは異なる風情も愉しめるでしょう。
そして、Tクロスが謳う「Tさい」のゆえんを一番強く実感できるのが、この室内回りです。ボディは前述のようにコンパクトですが、ポロよりおよそ100mm着座位置が高く、視界の良い前後シートはサイズ以上の広さ感を獲得。特に最大140mmの前後スライド機能が与えられた後席は、一番後方にセットすると余裕タップリの足元スペースを稼ぎ出し、大人の移動空間として十分以上の広さが確保されます。また、一番前にスライドさせても足元には実用的な空間が残されるので、積載する荷物に応じてフレキシブルに使えることも魅力のひとつといえるでしょう。
床面の高さが2段階から選べる荷室も、コンパクトSUVではトップクラスの広さを誇ります。後席を最後端にセットしても容量は385L。一番前にスライドさせれば455Lにまで拡大し、後席を完全に畳めば最大容量は1281Lに達します。この数値は、同クラスのプジョー2008(360~1172L)やボディがTクロスより大きなホンダ・ヴェゼル(通常時が393L)を上回るもの。ライバルで対抗できるのはシトロエンC3エアクロス(410~1289L)ぐらいといえば、どれほど広いかお分かりいただけるでしょう。さすがに兄貴分のティグアン(615~1655L)にはかないませんが、SUVとして満足度の高い使い勝手であることは間違いないでしょう。
導入記念の特別仕様、ということもありますがTクロスは装備も充実しています。8インチタッチスクリーンを組み合わせたインフォテインメントシステムの「ディスカバー・プロ」はグレードを問わず標準で装備され、モバイルオンラインサービスの「フォルクスワーゲン・カーネット」にも対応。スマホ的インターフェイスで、ナビゲーションを筆頭とするさまざまな機能を利用できます。
また、最新モデルらしく運転支援系の装備はVWの上位モデル並み。全車速追従機能付きアダプティブクルーズコントロールやプリクラッシュブレーキシステム(歩行者検知機能付きの衝突回避・被害軽減ブレーキ)、後方死角検知機能のブラインドスポットディテクション、駐車可能スペースの検知とステアリング操作を自動で行なうパークアシスト(駐車支援システム)などは全グレードで標準化。TSI 1st Plusでは、さらに車線逸脱を検知するとステアリング補正を行なうレーンアシストと、対向車のライトを検出してヘッドライトの照射角度を自動調整するハイビームアシストも標準装備となります。
走りの質感はポロ、あるいはゴルフ譲りの出来映え!
さて、Tクロスの「Tさい」は秀逸なパッケージングや充実装備だけにはとどまりません。その走りも、コンパクトSUVとしてはハイレベルな仕上がりです。エンジンは、1Lの直列3気筒ターボ。すでにポロなどで好評のEA211型から派生したユニットで、最高出力と最大トルクはポロ用より21PSと25Nm上回ります。組み合わせるトランスミッションはVWお得意の7速DCT(VW呼称はDSG)で、自重1270kgのボディを動かすわけですが動力性能は必要にして十分。場面によっては軽快とすら呼べる出来映えです。3気筒という構成からイメージされる振動の類とは無縁で、吹け上がりはリミットまでスムーズ。高回転になれば特有の音は目立ち始めますが決して不快な音質ではなく、むしろ積極的に走らせる乗り手の気分を盛り上げてくれる類のもの。もはやDCTの制御も堂に入ったもので、日常域でも洗練された変速制御を披露してくれます。
このパワートレインを搭載するボディは、基本骨格に7代目「ゴルフ」からVWの主流となっているMQBプラットフォームを採用。MQBは多様な車種に展開できることも特徴のひとつですが、ミドル級の「パサート」にも対応する基本性能を持つだけにTクロスには余裕十分という印象。カッチリと頼もしい剛性感を筆頭に、走りの質感はコンパクトクラスの域を完全に超えています。
今回の試乗車は45扁平の18インチという、快適性には不利なタイヤを履くTSI 1st Plusでしたが乗り心地はサイズから想像される以上にフラット。乗用車ベースのSUVにありがちな日常域の微振動も気にならない水準で、快適なライド感を披露してくれます。それでいて、いざオンロードで積極的に操ればハンドリングも秀逸。サスペンションはフロントがストラット、リアはトレーリングアームというシンプルな作りですが、入力が大きくなる場面でもしなやかにストロークするのでスポーティに走らせたいというニーズにもしっかり応えてくれます。この種のクルマで“攻めた”走りを愉しむ人は少数派でしょうが、Tクロスには幅広い嗜好に対応できる懐の深さが備わっているわけです。
と、ここまでお読みいただければ「Tさい」の理由はもうおわかりのはず。「小さい」のはボディだけ。Tクロスから得られるものは、より大きなSUVと比較しても遜色がない実用性から「小」ではなく「T(ティグアンやTロックの頭文字)」なわけです。唯一、現状でケチを付けるとすれば、それは日本の同クラスで選べる4WDの設定がないことぐらい。しかし良質で長くつきあえるコンパクトSUV、という意味では間違いなくオススメの1台です。
SPEC【TSI 1st Plus】●全長×全幅×全高:4115×1760×1580㎜●車両重量:1270㎏●パワーユニット:999㏄直列3気筒DOHC+ターボ●最高出力:116PS/5000~5500rpm●最大トルク:200Nm/2000~3500rpm●WLTCモード燃費:16.9㎞/L
撮影/勝村大輔
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