乗り物
鉄道
2020/7/5 21:15

コロナ禍のさなか1日も休まず走り続けた「鉄道貨物輸送」――とても気になる11の秘密

【鉄道貨物の秘密⑧】今も無蓋車が使われる国内唯一の貨物列車

ここからは、貨車に目を向けてみよう。コンテナを載せる貨車をコンテナ車(コキ車)と呼ぶ。現在、貨車は大半がコンテナ車となっている。一方で、わずかながらも専用の貨車が使われている列車がある。こうした専用の貨車で輸送する貨物を「車扱貨物(しゃあつかいかもつ)」と呼ぶ。古くは車扱貨物のみだった。貨車の多くが天井のない無蓋車か、天井が付いた有蓋車だった時代もある。

↑タンク車を連ねた安中駅行の“安中貨物”。タンク車の後ろに無蓋車(左上)を連結して走る。牽くのはEH500形式交直流電気機関車だ

 

天井のない無蓋車だが、今も実は細々とだが使われていた。鉄道ファンの間から“安中貨物”の呼び名で親しまれる貨物列車がある。安中貨物は福島県の福島臨海鉄道・小名浜駅(東北本線・泉駅を経由)と、群馬県の信越本線・安中駅の間を結ぶ。積み荷は非鉄金属生産を行う東邦亜鉛が扱う鉱石・中間製品で、同輸送のために無蓋車が必要とされた。列車は亜鉛焼鉱を積むタンク車タキ1200形と無蓋車トキ25000形の構成。「タキ&トキ」のカーキ色同色の貨車の連なりは、なかなかメカニカルな印象で楽しい。

 

ちなみに天井が付いた有蓋車の輸送は2012(平成24)年3月をもって消滅している。東海道本線、岳南鉄道(現・岳南電車)を走る姿が今となっては懐かしい。同貨車列車の廃止は貨物輸送の世界が、大きく変わったことを印象づける光景でもあった。

↑岳南鉄道の吉原駅構内で行われていた有蓋車の入換え風景。岳南鉄道内では、 “突放(とっぽう)”と呼ばれる珍しい作業風景が見られた

 

 

【鉄道貨物の秘密⑨】内陸県にとって欠かせない石油輸送列車

車扱貨物の中で、最も列車の本数が多いのが石油輸送列車だ。石油類は専用のタンク車に積まれて運ばれる。この石油輸送は北海道、九州、四国では消滅したものの、本州では今も続けられている。特に海に面していない内陸県にとって、タンク車による石油類の輸送は、欠くことができない。

 

石油タンク輸送が欠かせない内陸県とはどこなのか。長野県と山梨県、群馬県、栃木県である。特に長野県は今も石油輸送列車が活発に走る。

↑中央本線を走る石油輸送の専用列車。中央本線内ではEF64が重連でタンク車を牽くこともあり鉄道ファンの注目度が高い

 

長野県への輸送ルートを見ておこう。2つのルートが“確保”されている。まずは東側から。神奈川県の根岸駅と長野県の坂城駅(さかきえき)を結ぶ専用列車だ。出発は根岸駅、根岸線、高島線、武蔵野線、南武線を経て中央本線へ。さらに篠ノ井線、しなの鉄道を経て、長野県の坂城駅まで走る。

 

西側のルートは、三重県の塩浜駅と、長野県の南松本間を走る。塩浜駅を出発し、関西本線、東海道本線(稲沢駅で折り返し)、中央本線、篠ノ井線のルートで南松本駅へ運ばれる。坂城駅と南松本駅にはそれぞれ石油供給基地があり、ここで大形タンクローリーに積み替えて県内各地へ運ばれる。

 

ちなみに南松本駅から石油供給基地までの引込線は、松本市が管理する公共線だ。こうした施設まで目を広げてみると、貨物輸送というのは、いかに公共性が強く、暮らしに欠かせないものであるのかが見えてきて、興味深い。

↑しなの鉄道の坂城駅に隣接した石油供給基地。神奈川県の根岸駅との間を1日に2本の石油タンク輸送を行う専用列車が走っている

 

 

【鉄道貨物の秘密⑩】とても効率が良いフライアッシュ輸送とは?

車扱貨物には、実は問題点がある。輸送の効率が良くないのだ。それはなぜか? 石油輸送の例を見ればよく分かる。一方は積み荷の石油類が満載されている。ところが、戻りは空荷となる。車扱貨物は石油に限らず、戻る時には空荷となる輸送が多い。車扱貨物の宿命といって良いだろう。

↑衣浦臨海鉄道を走る専用列車。碧南市行は炭酸カルシウムを積んで走る。ディーゼル機関車は重連で貨車を牽く

 

車扱貨物なのにかかわらず、双方向、積み荷が満載で運ばれる列車がある。それは通称フライアッシュ輸送と呼ばれる貨物列車だ。どのような輸送なのか、見てみよう。

 

フライアッシュ輸送は三岐鉄道三岐線の東藤原駅と、愛知県の衣浦臨海鉄道・碧南市駅との間で行われている。三重県の富田駅(とみだえき)と愛知県の東浦駅の間は、関西本線、東海道本線(稲沢駅で折り返し)、武豊線をたどる。

↑三岐鉄道三岐線内を走る専用列車。東藤原行の列車は石炭灰(フライアッシュ)を積んで走る。同線内でも機関車の重連運転が行われる

 

運ばれている積み荷は何なのだろう。東藤原駅に隣接して太平洋セメント藤原工場があり、セメントとともに、炭酸カルシウム(石灰石の主成分)が生産されている。東藤原駅から碧南市駅への便には、この炭酸カルシウムが積まれている。

 

碧南市には中部電力の石炭火力発電所がある。石炭を燃やした時に出る排煙には有害な亜硫酸ガスを大量に含まれる。そのため、そのまま放出できない。そこで排煙脱硫装置で炭酸カルシウムと反応させて、亜硫酸ガスを取り除く。

 

一方、碧南市から東藤原へ運ばれるのは石炭を燃やした時に出た石炭灰で、この石炭灰がフライアッシュと呼ばれる。このフライアッシュはセメントの混和材として使われる。コンクリートにする時に骨材とすると、耐久性などが増す。

 

積み荷の炭酸カルシウム、石炭灰ともに役立っているわけである。貨物列車の輸送を知ることは、こうした産業構造の裏側を知る上でも役立ち、おもしろい。

↑フライアッシュ・炭酸カルシウム専用のホキ1000形。上から積み、下から降ろす構造のホッパー車が使われる

 

なお、石炭火力発電所は非効率として、政府が2030年度まで9割を休廃止させる方針という発表が先頃にあった。石炭火力発電所はCO2の排出が多いとされ、温暖化を引き起こす一つの要因ともされる。そのため世界でも非難の対象となっている。非効率な火力発電所とは1990年代前半までに造られたものとされ、碧南市の火力発電所も該当する。今後、フライアッシュ輸送がどうなるのか、気になるところだ。

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5