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2020/7/7 18:30

スタートアップの激戦国・イスラエルで「資金調達」を成功させるために必要なこと

スタートアップ大国ということだけあって、イスラエルには起業の本拠地となるスタートアップハブやアクセラレーターが数多く存在し、さまざまな支援体制が整備されています。立ち上げの資金調達は簡単ではないものの、チャレンジを促し、投資会社などにアクセスしやすい環境も整っています。

↑イスラエルで資金を集めるために必要なことは?

 

人との交流を通じたユニークな日本体験を味わえる訪日外国人向けサイト「トリップジャンクション」をイスラエルで起業したベック美穂氏も、投資会社からシード(準備)資金を得て2018年に事業を開始しました。前回に続き、イスラエルのスタートアップ支援環境や、新型コロナウイルス収束後に向けて考えている新たな事業プランなどを伺います。

 

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地域のスタートアップコミュニティが充実

ベックさんは、テルアビブ郊外のラーナナという人口約7万人の市を拠点とし、地方自治体が運営するスタートアップハブをうまく活用したといいます。イスラエルではスタートアップハブを支援するエコシステムが確立されており、「スタートアップネイションイスラエル」の2018年版レポートによれば、国内にはアクセラレーター、起業家向けプログラム、コワーキングスペースなど、225のスタートアップハブがあるとのこと。

 

設立まもないスタートアップ企業をサポートする存在として、マイクロソフトなど大手企業が運営するものや、イスラエル軍のサイバーセキュリティや諜報活動を手がける部隊出身者たちが設立したものなど、さまざまなアクセラレーターがあります。

 

さらに、トラベルテックに特化したスタートアップコミュニティもあり、そこには300社以上が参加しています。ベックさんが参加する「ITTS」というコミュニティでも、スタートアップ企業同士で日々活発な情報交換がされているそう。

 

ITTSはイスラエルトラベルテックを盛り上げていくために設けられたコミュニティで、盛り上げ役となるリーダーが陣頭指揮をとって、トラベル業界の情報共有をはじめ企業同士の交流やコラボレーションを促進。競合企業がいても互いに助け合おうという空気があって、一方的な情報発信でなく、メンバーのスタートアップ同士の生々しいやりとりが日々活発に行われています。

 

例えば、デザイナーなど人材を探しているといえば、それぞれが自分の知り合いをすぐに紹介し合ったり、個人の連絡先もどんどんシェアしてくれたりします。ベックさんによれば、人と人との垣根が低いという、イスラエル人特有の気質をひしひしと感じるといいます。

 

ベックさんは現在、ラーナナ市運営のインキュベーターに入居していますが、そのきっかけは、そのインキュベーターが主催したテクノロジー起業が対象の「女性のための起業コース」というプログラムに参加したことでした。

 

週1回・5時間程度のレクチャーを12回受けて、費用は約2万円と破格の安さ。同コースでは事業企画書の書き方からはじまり、マーケティング、法務、資金調達の仕方などを学べ、現役の起業家やメンターによる実践的な講義もありました。そこで、そのインキュベーターに頼んで入居させてもらったそうです。

 

入居先のインキュベーターは資金投資をしていませんが、80人くらいのメンターが在籍していて、法務知識や資金計画、決済システムなどの知識を持ったメンターたちと個別に面談することができます。自社のサービスをプレゼンするピッチイベントの機会もあり、投資家とつないでくれたり、テーマ別の交流会に参加させてもらったりなど、さまざまなサポートを受けることができました。

 

入居者はミーティングルームや簡単なキッチンを備えたコワーキングスペースも利用することができます。規模は大きくないものの、ほかの起業家たちと抱えている課題をシェアしたり、それぞれが得意な分野でアドバイスをし合ったり、メンバー同士の距離が近いことが逆にメリットといえるそうです。

 

資金調達の鍵はネットワークと行動力

ただ、起業の準備段階資金となるシード資金を調達することは、スタートアップ大国のイスラエルであっても簡単ではありません。その時点でベンチャーキャピタルからの調達は厳しいですが、イスラエルにはエンジェル投資家(スタートアップ企業などに資金提供する富裕層の個人投資家)も多く存在しています。人のネットワークなどを通じて彼らにアプローチし、まずは話を聞いてもらえるようにすることも1つの手段です。

 

ともかく自分のネットワークをフル活用して投資してくれそうなところを開拓し、アクセラレーターやインキュベーターにも投資家につないでもらうように働きかけるなどの行動力が重要。すでに商品やサービスが市場で展開されていれば、シード段階でも資金調達の幅が広がるといいます。

 

イスラエルに拠点やパートナーを有するアメリカやヨーロッパのベンチャーキャピタルから、資金調達するスタートアップ起業も多いそうです。スタートアップネイションイスラエルのレポートによれば、イスラエルに拠点を持つ投資家などは430人を超え、そのうち約23%が海外の投資家とされています。

 

体験型旅行は戻ってくる

↑エルサレムを散歩する老夫婦

 

一方、旅行業界は現在、新型コロナの影響で大打撃を受けていますが、この困難を乗り越えた後は“人との交流を通して現地の文化を体験する”という旅のスタイルは必ず帰ってくると、ベックさんは信じています。AIなどのデジタル技術で旅がどんどん便利になり、新型コロナの影響もあって「他人と接触しない旅」が注目される一方で、人でなければできないことも確実に存在すると思っているからです。

 

これまでトリップジャンクションでは東京・大阪・京都などのガイドツアーが多かったのですが、今後はもっと地方の魅力を伝えていく考え。実は新型コロナが蔓延する前は、ゲストハウスや民泊運営事業者が訪日旅行客に向けて、より地元の魅力を伝える体験を提供できるガイドサービスのプラットフォーム構築に着手しようとしていたそう。地方ではまだ観光のノウハウやアクティビティが確立されていないため、地域と協業して観光地づくりを手がけるDMO(デスティネーション・マネジメント・オーガニゼーション)などともコラボし、宿泊施設周辺でおもしろい体験を提供できる人材を発掘していきたいとベックさんは思っています。

 

例えば、ベックさんは昨年、新潟県の十日町を訪ねたとき、町に移住して町おこしに挑戦し成功した若い人たちに会い、とても感銘を受けたそう。地域を盛り上げたいとその土地ならではの事業を展開しているこのような人たちと協業し、地域の魅力を伝えるとともに、ひとり一人の興味や個性を生かしたパーソナルな体験を提供する形を目指しています。

 

コロナ禍で大きなダメージを受けてしまった宿泊業ですが、これからは旅行者に選んでもらえるようなブランディングや付加価値がさらに不可欠となっていきます。旅行が再開できるようになったときには、その地域でしか体験できないような付加価値をゲストハウスや民泊を利用する旅行者に提供できて、かつ宿泊業者にもメリットがあるような仕組みをつくっていきたいとベックさんは言います。

 

勇気を出して話してみよう

「イスラエルで起業してよかったと思うのは、周りの目を気にせず新たなことに邁進するイスラエル人のフツパー気質に背中を押されたこと。日本は空気を読んだり、協調性が重視されたりといった文化のため、フツパーには躊躇があるかもしれませんが、起業したいならば関連分野の人たちにまずは話してみること。そこからすべてが始まります」とベックさん。

 

先輩起業家たちは、自分も先が見えないなかで新たなことに挑戦したという経験があるので、思った以上に話を聞いてくれるそうです。「プライドを捨て、まずは話を聞いてもらえるようにアタックしてみること」と、ベックさんは自らの体験からアドバイスしてくれました。

 

ベック美穂

法政大学卒業後1年間のイギリス留学を経て、大手英会話スクールで2年半講師を務める。その後アジアやヨーロッパを旅しながら、現地での体験や人との交流を通じてエクスペリエンス型旅行の醍醐味を実感。2004年からイスラエルに在住して現地スタートアップ企業の日本市場参入サポートに携わり、コンサルティングやデジタルマーケティングを担当する。2018年に現地在住の韓国人女性と共に「トリップジャンクション」を設立し、CEO・共同創業者に就任した。