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2021/1/30 6:30

「懸命に育てた動物が処分されるのは辛い」。離島刑務所を変えた受刑者の切なる思い

イタリア・トスカーナ州にあるゴルゴーナ島。この総面積2.23平方kmの小さな島には、1869年から続く刑務所があります。そこから昨年、受刑者たちによって育てられた動物たちが船に乗って本土へ向かい、この船は「自由の箱舟」と呼ばれて大きな話題を集めました。しかし、その裏では司法省から同州のリヴォルノ市、国立公園までを巻き込んだ壮大なプロジェクトが進行していたのです。

↑トスカーナ州リヴォルノ沖に浮かぶゴルゴーナ島

 

再犯率の高いイタリア

釈放後の再犯率が68%と高いイタリアでは、受刑者が服役後に社会で生きていけるように、さまざまな試みが行われています。受刑者が手に職をつければ、服役後の再犯率が著しく下がることが研究で報告されているからです。

 

例えば、ミラノには受刑者が働くレストランがあり、ナポリには女性の受刑者たちが作るコーヒーブランドが存在します。北イタリアのパドヴァには、著名な料理人や菓子職人が受刑者に技を伝授する菓子メーカーもあるほど。このような「メイド・イン・プリズン商品」はコロナ禍のクリスマスでもプレゼントに利用されました。

 

ゴルゴーナ島でも同様に受刑者たちは畜産業に従事してきましたが、この畜産業が7年前とある理由で終わることになったのです。

 

この刑務所には、ほかの刑務所と一線を画す特徴があります。それは受刑者たちが朝7時から夜8時まで屋外で仕事をしていること。一般刑務所の受刑者たちが屋外に出ることができるのは1日2時間程度ということを考えると、まさに特異な刑務所といえるかもしれません。

 

島内の工事や建設業にも携わる受刑者たちの主な仕事は、食肉となる動物たちの飼育にありました。動物の世話をすることを通して、罪を犯した人たちが倫理観を高めることが期待されており、およそ100人の受刑者が鶏や羊や牛と共存していたのです。しかし、島内には食肉処理場もありました。つまり、受刑者たちは自分で飼育した動物が食肉にされるために処分される情景を目の当たりにしてきたのです。

 

「懸命に飼育した動物が処分されるのは辛い」。そんな受刑者たちの切なる思いによって、この食肉処理場は2014年から2016年まで一時閉鎖されました。その後、経済的な理由から、この処理場は再開されてしまうのですが、受刑者たちの思いはさまざまな人たちに広がり、再開後も動物愛護団体や一般市民、元受刑者、著名人たちが食肉処理場の閉鎖運動を繰り広げたのです。更生のために受刑者たちが愛情をこめて育てた動物を食肉用に目の前で処分するのは倫理的にも間違っているというのが彼らの主張。司法省もイタリアは死刑を廃止しているという理由からこの運動を認めたのです。

↑手段から仲間へ

 

その結果、処分されるはずであった動物たち75頭がまず、余生を送るためにゴルゴーナ島からラツィオ州へと搬送されました。メディアが一斉に「自由の箱舟」と呼んだのは、食肉処理場送りを免れたこの動物たちを乗せた船のことだったのです。結局、450頭いた動物たちのうち受刑者たちが面倒を見ることになった138頭を残し、ほかの動物たちはゴルゴーナ島を後にすることになりました。

 

刑務所の発表によれば、残った138頭は受刑者の更生トレーニングの対象となっています。動物たちの存在は、受刑者たちが生きるための「手段」から、ともに生きる「仲間」へ変わりました。いまでは動物たちと受刑者、そして島の自然が写真となったカレンダーも販売されています。2019年にゴルゴーナ島を訪れ、動物たちの保護を推進した司法省次官ヴィットリオ・フェッラレージは、受刑者たちの心理状態だけではなく島の環境を考慮しても食肉処理場の閉鎖はよい決断だったと語っています。

 

観光やサステナビリティの地として取り組みを推進

↑ゴルゴーナ島にはこんな美しい側面も

 

しかし、新たな課題も生まれました。ゴルゴーナ島の刑務所の特徴である「屋外での活動」を維持するためには、動物の飼育以外の活動を受刑者たちに早急に提供することが必要です。そこで構想されたのが、司法省、リヴォルノ市、ゴルゴーナ島があるアルチペラゴ・トスカーナ国立公園やフィレンツェ大学を巻き込んで、サステナビリティをテーマにした新しい活動を始めること。まずはゴルゴーナ島内の道や森の整備や清掃から始まり、バイオダイナミック農法による農業プロジェクトが進行中です。

 

さらに、刑務所やリヴォルノ市は国立公園内に置かれたゴルゴーナ島の起伏ある地形を利用し、観光業を発展させることも目論んでいます。うまくいけば、受刑者が屋外で活動していても治安に問題がない島としての宣伝活動になることでしょう。

 

ゴルゴーナ島に住んでいるのは、受刑者と刑務所の関係者、そしてこの地で生まれ育った90歳過ぎの女性1人だけ。このような都会離れした状況や、外国人の間でも人気が高いトスカーナ州にあるという地の利を活用して経済面でのテコ入れが進められているのです。

 

もちろん、受刑者たちの願いが動物の保護につながったこともゴルゴーナ島のアピールポイントといえるでしょう。そういったポジティブなイメージやサステナビリティ活動への取り組みが、島全体の経済や生活にも良い影響を与えるのかどうか。この美しい島を舞台にしたストーリーはこれからも続きます。