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2021/6/22 11:30

フォトジャーナリスト・道城征央氏が海洋ごみの専門家に訊く――「プラスチックごみ」は何が危険!?

 

↑ミクロネシア連邦コスラエ島付近の海中で採取したペットボトル(道城氏撮影)

 

昨年始まったレジ袋有料化に続き、今年6月にはコンビニなどの使い捨てスプーンの有料化など、プラスチック製品の削減やリサイクルを促進するための法案「プラスチック資源循環促進法」が成立しました。これらをきっかけに、ごみ、とりわけプラスチックごみ問題が地球規模で広がり、無視できない領域までに発展していることを改めて知った方も多いのではないでしょうか。なかでも直接・間接的に海に捨てられたプラスチック製品は海洋ごみとなり、日本はもちろん、太平洋に浮かぶ島々に大きな影響を及ぼしています。

 

太平洋の島国では、生活スタイルの急速な欧米化などの理由から、近年、プラスチックごみをはじめとする廃棄物が急激に増えてきました。これらの国々でも“いかにごみを減らすか”が課題となっています。

 

そんな大洋州各国が直面する問題を話し合う会議「太平洋・島サミット(PALM)」が7月2日に開催されます。ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアなどの太平洋島しょ国と日本との関係強化のため、1997年の初開催以来、3年ごとに開かれています。第9回となる今回はテレビ会議方式で開催され、ごみ問題も重要なテーマの一つとしてクローズアップされる予定です。

 

本記事では、ミクロネシアや東京都内などで長年、清掃活動を行ってきた水中写真家・フォトジャーナリストの道城征央さんが、自身の経験をもとに、プラスチックごみが環境問題としてクローズアップされるようになった経緯や地球環境に及ぼす影響、さらに解決策について、プラスチックごみ研究の第一人者である九州大学の磯辺篤彦教授に取材。さらに国際協力機構(JICA)にて、太平洋島しょ国のごみ問題の改善に取り組む、「大洋州廃棄物管理改善支援プロジェクト」(J-PRISM)に携わっている三村 悟さんにも話を伺いました。科学者、国際協力の専門家、ジャーナリストと異なる立場ながら、ごみ問題の解決という共通の目標を持つ3人。本記事では本人たちの考えや思いを通し、海洋ごみ問題の本質に迫ります!

 

【太平洋・島サミット(PALM)(外務省HP)】

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ps_summit/index.html

【J-PRISM(JICA ODA見える化サイトHP】

https://www.jica.go.jp/oda/project/1500257/index.html

 

 

【著者プロフィール】

道城征央

水中写真家・フォトジャーナリスト。南太平洋の島しょ国・ミクロネシア連邦への40回に及ぶ渡航をはじめ、撮影のため小笠原や沖縄にも足繁く通う。ごみ問題に関心を持って以来、ミクロネシアや地元・東京中目黒などで定期的に清掃活動を実施。また、自身が撮った写真を使用して「人と自然との関わり方」をテーマに、学校や企業などで幅広い講演活動を行う。また、埼玉動物海洋専門学校において「自然環境保全論」「海洋環境学」の特任講師を務めている。

 

 

フィールドワークがマイクロプラスチックの全容を解き明かすカギ

「プラスチックごみが地球環境にどういった影響を及ぼすのか、実はまだはっきりと分かっていません」

 

開口一番、こう切り出す磯辺教授。かく言う私は、ポンペイ島をはじめとするミクロネシア連邦に何度も足を運び、さまざまな美しい海中の様子を写真に収めてきました。ごみ問題に関心を持ったきっかけは、『本来あってはならないものがそこにあるという光景をカメラマンとしてとても不自然に感じた』からです。以来、本来あってはならないもの=ごみを減らそうと、現地での清掃活動に取り組んできました。冒頭の磯辺教授の発言の真意はどこにあるのか、興味を持った私はさらに話を伺いました。

 

【プロフィール】

磯辺篤彦

九州大学応用力学研究所教授。理学博士。専門は海洋物理学。海洋プラスチックごみの第一人者として、環境省の研究プロジェクトや、国際協力機構と科学技術振興機構の研究プロジェクトでリーダーを務める。2020年には文部科学大臣表彰科学技術省を受賞するなど数々の賞を受賞。著書に『海洋プラスチックごみ問題の真実』(化学同人)など。

 


↑ミクロネシア連邦コスラエ島付近の海底でごみを拾っている様子。道城氏撮影(動画)

 

「海中に漂うプラスチックごみは、海水や波による劣化や腐食などにより細かく砕かれ、直径5㎜以下の小さなプラスチック片になります。それを『マイクロプラスチック』と呼ぶのですが、我々の調査により、とくに日本近海で採取した海水中に非常に多く含まれていることが確認できました。ただ、これらが生物の体内に摂取された場合にどういった影響を及ぼすのか。また海中にあるマイクロプラスチックごみはどうなるのか、など未知の部分が多いんです」(磯辺教授)

↑日本近海で採取されたマイクロプラスチック。

 

マイクロプラスチックごみがその後、どこに向かうのか? 海中深くに沈むのか、さらに細かくなってしまうのか、今後の研究が待たれるところだそうです。だからこそ磯辺教授は『科学者』としての立場から冒頭でこう述べたのだと言います。

 

ただ、プラスチック製品には添加剤として「環境ホルモン」と呼ばれる化学物質が使われてきたのも事実。当然、マイクロプラスチックにも環境ホルモンが含まれていると考えられます。人間を含む生物が直接的、間接的に体内に摂り込んだ場合、生殖機能などに影響を及ぼす危険性はないのでしょうか。

 

「科学者の役割は、研究や実験によって判明した真実を正しく社会に伝えることだと考えます。しかしそれは、狭い実験室の中で自然界ではあり得ない高濃度の物質を使い、シミュレーションして得られた結果を公表し、危険性のみを煽るということではありません。環境ホルモンに関しても、(実験ではこうした結果が出たが)では自然界ではどうなのか。それを知るために、実験室での研究と同様に大切なのがフィールドワークです」(磯辺教授)

 

50年後の予測では海中のマイクロプラスチック濃度がさらにアップ

磯辺教授の専門は海洋物理学。主に海流の研究をしていましたが、2007年頃に“海洋ごみがどこから来たのか”という研究を始めたことが、この問題に興味を持ったきっかけだと言います。

↑長崎県五島列島の海岸に漂着した海洋ごみ。その多さに驚かされる

 

「フィールドワーク開始当初、五島列島の海岸に漂着している大量のごみを最初に見たときは唖然としたのを覚えています。以来、さまざまなフィールドワークを重ねてきました。2016年に、南極から日本までを航行しつつ太平洋上の海水を採取し、その中に含まれるマイクロプラスチックを調査するという機会があったのですが、赤道を越えたあたりから、北上するに従って明らかにその濃度が高くなることが分かりました。また、研究の結果、50年後にはさらにその濃度が高くなるという予測が導き出されました」(磯辺教授)

↑南太平洋でのマイクロプラスチックの採取風景。ニューストンネットを使って行われる

 

↑2016年の太平洋のマイクロプラスチックの浮遊濃度(上)と、コンピュータ・シミュ−レーションで予測した2066年の浮遊濃度。日本近海を中心に著しく増加すると予測されていることが分かる。引用元:Isobe et al. (2019, Nature Communications, 10, 417)

 

現状では生物への影響が不明だとはいえ、マイクロプラスチックの濃度が高くなれば、当然、生物にも何らかの影響を及ぼす可能性が高くなります。そうなる前に、少しでもプラスチックごみを減らす必要があると言うのです。

 

海中のマイクロプラスチックを除去する研究も進められてはいますが、地球の約7割を占める広大な海でそれを実現するのがとても困難であることは容易に想像できます。であれば、まずなすべきことは、ごみ(プラスチックごみ)を出さないという点に尽きるのではないでしょうか。

 

「ごみを減らす」ためにまず必要なのは、現地の人々の意識改革

冒頭でも触れましたが、ここ数十年で急速に近代化が進んでいる太平洋の島しょ国では、プラスチックごみをはじめとする廃棄物が急激に増えてきました。そんな島々の廃棄物の減少や廃棄物処理施設の拡充などに、現地で取り組んでいるのがJICAの三村さんです。

 

【プロフィール】

三村 悟

JICA専門家。20年にわたりサモアをはじめ大洋州島しょ国の開発協力プロジェクトに携わる。太平洋・島サミットの準備のため設置された政府有識者会議の有識者(環境・防災分野)として委嘱を受ける。専門領域は太平洋島嶼の持続可能な開発と防災協力。著書に『太平洋島嶼地域における国際秩序の変容と再構築』(共著)など。

 

 

「実際、サモアでも20年前より明らかにごみが多くなっていますし、海にごみが浮いている光景をよく見かけるようになりました。そんな背景もあって、JICAでは2011年からJ-PRISMというプロジェクトを大洋州で実施しています。現在は第2フェーズにあたるのですが、その取り組みの中心となるのが、3つのR(Reduce、Reuse、Recycle)+Returnという考えのもと、廃棄処分場の乏しい島々でごみを分別し、自然に還せるものは自然へ、製品を製造した国へ還せるものは還すというものです」(三村さん)

 

↑サモアを走るラッピングバス。プラスチック製ストローを使用しないよう呼びかけている。サモアでの廃棄物戦略を開始した際、サモア天然資源環境省が啓発のため走らせた(三村さん撮影)

 

現地で清掃活動を行った際に私が感じることなのですが、ごみに対する人々の意識を変えることは簡単ではありません。そもそも以前は、食器にバナナの葉を使うなど、放置しておいても自然に還るモノしか使っていませんでした。いわば“ごみ“という概念自体が希薄だったのだと思います。ところが、“自然に還ることのない”プラスチック製品が島の人々の生活に大量に入り込み状況が一変します。島のあちこちにプラスチックごみがあふれるようになったのです。

 

もちろん現在は、「プラスチックごみを減らさなければいけない」ことを現地の人々も知っています。ゆえにこちらが積極的に動けば、現地の人々も積極的に清掃活動などに参加してくれるのですが、これが持続しません。“ごみを出さない大切さ”を理解し、自ら率先して行動してもらえるよう、現地の小学校で講義を行ったりしていますが、こうした意識改革には多くの時間がかかると考えています。

↑ミクロネシア連邦・ポンペイで現地の人々と一緒に清掃活動を行う

 

「現地の人々の(ごみに対する)意識、という部分では、私もしばしば課題を感じることがあります。そのためには、人々のモチベーションを上げることが大切だと考えています。私の場合、パラオなど他の島での成功事例を伝えることで『自分たちにもできるんだ』というモチベーションを持ってもらうことから始めています。明確な目標に向かって、率先してごみをなくすための活動を行うようになってくれればと思います」(三村さん)

 

まずは、一人ひとりが「できること」から行動を

ごみに対する人々の意識改革—この難しさは我々日本人も同様だと思います。そうした意味でも、レジ袋の有料化は人々がプラスチックごみについて考える良い機会になったのではと磯辺教授も話します。

 

「実験室とフィールドの両方で得られた研究結果を社会に正しくアナウンスしていきたいですね。(生物や人に与える影響があると)証明できれば、レジ袋一つとっても『だったら有料でも仕方ないよね。使うのを控えよう』と、初めて受け入れられる世の中になるのではないかと思いますし、それが科学者としての私の役割だと考えます」(磯辺教授)

 

そんな磯辺教授の言葉を受け、私も改めて自分の役割は“活動すること”にあるのだということを再確認できました。だから今後も引き続き、地元やミクロネシアでの清掃活動を続けていくつもりです。それは、活動を通して少しずつでもごみに対する意識を変えてもらえると信じているからです。

 

プラスチックごみやマイクロプラスチックに関しては正直、まだまだ分からないことだらけですが、少なくとも「自然環境に良いもの」ではありません。であれば、プラスチックごみを出さない、もしくは減らすために、皆さんも自分のできることから始めてみてはいかがでしょうか。レジ袋を使わないという行動でも、ごみをきちんと分別するという行動でもいいと思います。まずは行動する。これがごみを減らすための意識改革の一歩になるように思います。

 

【関連リンク】
・【第9回 太平洋・島サミット(PALM9)開催】サモアから、ごみ処理プロジェクトの“今”を三村悟JICA専門家がレポート!
https://www.jica.go.jp/topics/2021/20210621_01.html