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2022/10/11 6:30

新入社員は78歳! 社員の約30%が70歳以上の「横引シャッター」は未来の企業のあり方の一つだ

↑駅のキオスクなどで見かける横開きのシャッター

 

2年半前に入社した“新入社員”はなんと御年80歳。キオスクで見かけるシャッターなど、特殊シャッター技術で定評のある株式会社横引シャッターには、実質的に定年がありません。社員の年齢、性別、国籍は一切不問。まさにSDGsと合致した経営を地で行っています。

 

過去3年間で中途入社した社員6名が60歳以上

パソコンの画面を見ながらCADソフトでシャッターの設置場所に応じた設計を行う一級建築士の金井伸治さんは、44年間勤務していた大手電力会社を2017年に退職後、奥様ががんを患ったことを機に再就職を決め、2020年6月に78歳で同社に入社しました。

↑一級建築士の金井伸治さん。自動車好きで、ポルシェ・カレラ911に乗るのが夢だった

 

「また働きたいと思ってハローワークに行きましたが、年齢制限に引っかかってどこもダメ。高齢者の就業を支援する区役所の部署でも厳しい現実を突きつけられました。そんな折に、90歳を超えても現役で働く社員を紹介するテレビ番組をたまたま観て、この会社を知ったのです。さっそく面接を受けたら、人柄を買われたのか、驚いたことにその場で採用が決定。社長からは『職場での和を大切にしてほしい』とだけ言われました」(金井さん)

 

入社のきっかけとなったテレビ番組で紹介された方は、正社員としてシャッターの金具を作る仕事をしていました。残念ながら、在職中の今年2月に94歳で亡くなったそうで、今は80歳の金井さんが最高齢。33人の社員のうち、10名が70歳以上で、この3年間で60歳以上の方が6名も中途入社していると言います。社員の平均年齢は58.7歳と高い一方で、最近26歳の若者も入社しました。これだけ幅広い年代の社員が働く職場において、世代間ギャップなどが業務に支障をきたすことはないのでしょうか。

 

仕事仲間なので年齢は関係ないと思います。20代、30代の人たちに対して孫のような感覚になることも、ジェネレーションギャップも感じません。以前は親睦を深めるために飲み会や芸人を呼んだイベントなど、会社での集まりもよくあったそうですが、今はコロナの影響で交流する機会が減っていて……。それでも社内の雰囲気は悪くなく、私にとってすごく居心地がいい職場です」(金井さん)

 

社長からの「信頼」が仕事のモチベーションに

前職では原子力施設の設計を行っていましたが、今はシャッターの設置環境や顧客の要望に応じて設計するのが金井さんの仕事。「規模は違っても同じ設計なので何も問題はない」と笑います。1つの案件にかける日数は2~3日だそうです。

↑営業担当者からの説明を受けて図面をおこすことが多いため、営業や職人たちとの関係性も重要となる

 

「当社ではJWCADという無料のCADソフトを使っていたのですが、大手ゼネコンなどはAutoCADという有料ソフトを使うことが多いんです。そこで社長に『大手を相手に仕事をするならAutoCADを導入した方がいい』と提案したところ、その案をすぐに採用していただけました。社長は私を信頼して任せてくれているんだと考えると、仕事へのモチベーションも高くなります。現在は、JWCADとAutoCADを併用しつつ、仕事の合間にAutoCADへの移行作業を行っているところで、それにもやりがいを感じています。

 

一般的な会社は採用に年齢制限を設けていますが、年齢に関係なく、才能のある人はたくさんいます。社長の考え方は意義のあることだと思いますし、私にとっては本当にありがたく、感謝しています。今後は健康が許す限りこの会社で働き続けたいし、AutoCADでの設計は非常に奥が深いので、日々勉強して少しでも極めたいと考えています」(金井さん)

 

能力があれば年齢なんて関係ない

80歳になっても生き生きと働く金井さんですが、「あえて高齢者を採用しているわけではなく、面接をして、わが社に来てほしいと思った人にたまたま高齢者が多かっただけです」と話すのは市川慎次郎社長。創業者である父親の急逝にともない、2012年12月に同社の社長に就任しました。

↑代表取締役 市川慎次郎さん

 

「子どもの頃、『お前たちが生活できるのも社員のおかげ』と父からよく言われていました。ゼロからこの会社を築いた父は、苦労も多く、社員のありがたみが身に染みていたんです。そんな父の背中を見て育った私ですから、社員を大切にする気持ちは自然と身についたんだと思います。年齢や国籍などの条件にとらわれず採用や昇給をしますし、定年もなし。福利厚生はもちろん、パソコン教室や資格取得推進など、社員にさまざまな学習の機会も設けています。雇用に関してよく取材を受けますが、私としては特別なことをしている意識はありません。

 

そもそも、年齢や性別、障害の有無、国籍で差をつける理由がわかりません。逆にもったいない。59歳から60歳になっても急に能力が落ちるわけではないのに、60歳になったからと定年退職したり、会社に残っても給料を減額されるのはおかしな話です。高齢者でも能力が高い人は少なくないし、現役でバリバリ働ける人も多い。もちろん会社なので、来るものは拒まずではありません。採用の際は、経歴よりも、和を重んじる当社の社風に合うかどうかを重視しています。金井さんの場合は、建築士としての経歴は申し分ありませんでしたし、面接で話した印象が当社に合うと感じたので採用を決めました。

 

また、制限を設けない雇用によるメリットは多々あります。例えば、腕のいい職人の場合、同じ作業工程であっても仕事のクオリティに差が出ます。一般的な職人は、自分が習得した技術をなかなか教えたがらないのですが、定年がないと生涯働き続けられるので、会社のことを自分事としてとらえ、後継者の育成にも協力的になります。彼らの経験から得た技術や知識を若い人たちに教えてもらえることは何よりの財産。さらに、若い人たちは、目上の人を大切にする機会が増え、人間性を育むことができると考えています」(市川さん)

 

過去の苦い経験がきっかけに

何よりも、社員同士の“和”を重んじる市川社長ですが、それには大きな理由がありました。

 

「実は会社が経営難に陥ったことがこれまで2度あり、とくに父が亡くなる前後はどん底でした。いくら“社員が大切”と掲げていても、社員の会社に対する不信感が強まり、離職する人も多かったです。また、事業継承の際も、会社を倒産させる考えの兄と、社員のために続けたいと主張した私との間に確執が生じ、社内の雰囲気が最悪に。社員のモチベーションが低下し、生産性にも影響しました。だから私は、社員から信頼される会社にしたいと強く思いました」(市川さん)

↑工場での作業風景

 

倒産の危機、そして社員の会社に対する不信感……。社長に就任した市川さんは、立て直しのために手腕を発揮しますが、同時に、社員の信頼を得ることにも力を入れました。経営上開示できない資料以外の情報をすべてオープンにし、社員にとってプラスになることはすぐに取り入れました。社員の声に耳を傾け、いつも真剣に向き合うことも意識したそうです。

 

「今でこそ笑顔で話せますが、会社立て直し当時は社員からの風当たりも強く、悲惨そのもの。でも、社長になって10年になりますが、今は本当に会社の雰囲気がいいと感じています。社員同士も仲が良く、不安がないから仕事に集中できています。雇用に関してもそうですが、有言実行してきた1つずつの小さな積み重ねの結果だと思います。こちらから襟を開かないと相手は殻に閉じこもったままなので、話しかけたり、困っていたら手を差しのべたりするなどの意識も持ち続けました。

↑社員の皆さん。年齢も国籍もバラバラだが、仕事中でもお互いに尊重し合っている様子が伝わってくる

 

また、社員には“お互いさま精神”を持つようにと常々言っています。表面的な付き合いや、会社のために手伝うのではなく、和を重んじ、誰かが困っていたら仲間として積極的に助け合えと。会社で起きている全てのことは、自分たちに影響するのだからと。そのため、頻繁に部署の配置転換を行い、他部署が忙しかったり、困ったりしていたら、“応援”ではなく“戦力”になるよう多能工化も進めています。例えば新型コロナに複数の社員が感染した時も、ほかの社員がフォローしてくれたおかげで、業務が停滞したり、お客さまにご迷惑をかけたりすることはありませんでした」(市川さん)

 

会社は社員あってのものだから、社員を信頼し大切にする――。こういう考えを持つに至ったからこそ、社員の年齢や性別、国籍などは問わない雇用を行うことができているのでしょう。

 

撮影/神田正人