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2022/12/26 6:30

毎週5分で完売する「陶器の街のクッキー」が地域課題解決の理想形であるワケ

わずか1日足らずで100個を完売した、ふるさと納税の返礼品があります。それは、長崎県のほぼ中央に位置する波佐見町の「HASAMI TOBAKO COOKIE」。波佐見産の米粉が原料のクッキーを、名産品である波佐見焼の陶器箱に入れた商品で、実は、波佐見焼の廃石膏型を再利用した地域内循環モデルとしても注目されています。

 

年間約700tもの廃石膏型の処分が町の課題に

有田焼で有名な佐賀県有田町と隣接する長崎県波佐見町は、江戸時代から陶磁器の生産地として知られ、現在も日用食器の生産が非常に盛ん。全国シェア約17%ともいわれ、陶磁器の醤油差しや、「セーフティわん」に代表される強化陶磁器が一世を風靡しました。そんな陶磁器の町で以前から問題になっているのが、波佐見焼を作る際に使用される石膏型の処分です。

↑「くわらんか碗」として江戸時代に普及し、現在も日用陶器として知られる波佐見焼。デザイン性にも優れ、「G型しょうゆ」はグッドデザイン賞を受賞した

 

「日用陶磁器の生産が多い波佐見焼は、大量生産する関係もあり、石膏型が多く使われます。石膏型は100回ぐらい使うと劣化し、廃棄されるのですが、年間推定約700tもの廃石膏型が排出されてきました。これまでは町が設置した産業廃棄物処理施設内の専用廃棄場に埋めていたものの、1999年に廃棄場が満杯に。新たな処理場を作るか、中間処理してリサイクルするか検討され、多額の費用が必要なことと、環境に対する時代背景などもあり、リサイクルを選択しました。ところが、リサイクルを始めて半年後、埋め立てを専門とする業者が進出してきたことでリサイクルの機運はいったんしぼんでしまったのです。しばらくは業者による処理が行われましたが、5~6年前、県内の埋め立て処理場から波佐見の石膏の受け取りが拒否されて利用できなくなり、廃石膏型の処理問題が再浮上。専門家を招き、本格的にリサイクルに取り組むことになったのです」と語るのは波佐見町役場の澤田健一さん。

↑波佐見町役場 商工振興課  課長 澤田健一さん

 

「まずコンプライアンスについて話し合いを行い、その後どういう形でリサイクルするのが賢明か専門家を交えて議論しました。他県ではコンクリートの材料に使われているケースもあり、土木や建築資材への活用も検討しましたが、調査研究を経て、波佐見町は県内有数の米の産地であること、農地活用が全国各地で実証されていて有効性が確認できたこと、そして廃石膏型を砕くだけなので生産コストも抑えられるという理由から、田畑への土壌改良剤としての再利用が決定しました」

 

地域内循環モデルを確立しコラボ商品を開発

しかし、土壌改良剤への再利用だけでは終わらなかったのが波佐見町。

 

「波佐見町は農業もかなり盛んで、半農半陶の町とも言われています。観光イベントの時も、農業と陶器を併せた企画を行うほどで、この2つの結びつきが重要だという強い想いが町にはありました。そこで、廃石膏型から作られた土壌改良剤を使用し、米粉専用米のミズホチカラという品種を生産。その米粉を材料とした食品と波佐見焼とのコラボ商品を開発すれば、“波佐見の食の地域内循環モデル”ができるのではないかと考えたのです」

↑波佐見町の食の地域内循環のモデル。地域の中で資源を循環させることで新たな特産品が生まれた

 

2019年から30アールの田んぼを使って実証実験を開始。専門家による長年にわたる石膏型の再利用研究から、石膏に含まれる硫酸カリウムに、根の張りをよくしたり、初期生育をサポートする効果があることがわかっていました。こうして育った米を米粉にして、町内にある鬼木加工センターで、地元のお母さんたちの手によるクッキーを製作。波佐見焼の陶箱に入れて「HASAMI TOBAKO COOKIE」として販売しました。

↑「HASAMI TOBAKO COOKIE」。クッキーを食べた後、容器は食器やアクセサリー入れとして使用可能

 

「観光協会のオンラインサイト『STORES』で毎週土曜日に48個限定で販売しました。すると今年度はじめには、開始5分で完売するほどの大人気商品に。その後、ふるさと納税の返礼品にしたところ、こちらも100個が1日で完売。すぐに完売するので生産量を増やしたかったのですが、陶器の生産が追いつかず……。結婚式の引き出物に使いたいと依頼があっても、残念ながら対応できませんでした。そこで、生産力がある窯元とタイアップしてクッキーの新シリーズを追加。来年度のふるさと納税分も含め、少しずつ販売数を増やしていく予定です」

 

環境への意識や作る責任を根付かせる

かくして、波佐見町のチャレンジは、予想以上の好結果となりましたが、当初は、廃石膏型の排出元である窯元は「面倒くさい」と非協力的。農家からも「焼き物のゴミを田んぼにまくなんてどういうつもりだ」と反発も多かったそうです。

 

「今でこそ廃石膏型や商品として売れないB級品、陶器の欠片などの廃棄処分を問題視し、個人でリサイクル活動をする方もいますが、当時は窯元や農家の方たちの理解を得られず、2~3歩進んでも5歩後退するような感じでした。でも地道に環境に対する意識やコンプライアンス、そして作る責任について説き、納得していただいたのです。最も強く反発していた農家の方も、実証実験に協力的となり、今では多くの田んぼを使わせていただいています。その方の分も含め、2022年は、ミズホチカラの栽培に1ヘクタール、食用米用に1ヘクタールと、合計2ヘクタールの田んぼで実証実験を行っています。

↑米粉に加工するのに適したミズホチカラ

 

↑廃石膏型から作った土壌改良剤

 

↑土壌改良剤の散布風景

 

実は石膏型に含まれる硫酸カルシウムは、稲よりもジャガイモの育成に効果的だそうで、2021年から、長崎県の農業技術開発センターとジャガイモでの実証実験もスタートするなど、いろいろな可能性を探っているところです」

 

地域内循環モデルの第2弾も登場

土壌改良剤を使った実証実験は順調で、陶箱入りクッキーの生産体制も整ってきた今、次のステップをどう考えているのでしょうか。

 

「現在、肥料登録の申請を行っています。2021年12月に肥料取締法が改正され、産業廃棄物をベースとした肥料を登録できるようになりました。農作物の生産者は、育成の段階で、使用した肥料を細かく記録しなければなりません。販売ルートの確保という課題はありますが、波佐見町の土壌改良剤が正式に登録されれば、肥料として全国に販売できます。価格についても、元々、お金を払って廃棄していたものですので、安価で提供できるのではないかと思います。また併行して、建築素材への再利用も進めています。こちらはJIS規格が取れるように準備をしている段階です」

 

さらに町では、クッキーに続く地域内循環モデル第2弾の販売を11月から開始。土壌改良剤でオリジナルブランド米『八三三(はさみ)米』を育て収穫した米と、波佐見焼のご飯茶碗をセットにした『八三三米くらわんかセット』です。茶碗は、プロジェクトに賛同した14の窯元がデザイン。“どろんこ”“内外十草”“波佐見ドット”など、個性溢れるデザインになっていると言います。

↑14の窯元が賛同。八三三米2合、ご飯茶碗、箸置き、波佐見町の郷土料理のレシピがセットになっている

 

「今でこそSDGsという言葉をよく耳にしますが、これまで町の人たちに“廃石膏型”“SDGs”と言っても、あまりピンときていませんでした。しかし今回、窯元や農家、そして町を挙げて取り組んだことで、多くの人たちに “作る責任をしっかり果たすクリーンな産地”という意識づけができたと実感しています。以前から、波佐見町には“もったいない”という精神が根付いていました。これはSDGsに通じる部分が多々あります。これからも、そうした意識を持って取り組みたいと思います」

 

課題解決に地元の特性を活かし、地域内循環を成功させた波佐見町のモデルケースは、多くの自治体にとっても参考になるのではないでしょうか。