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2023/3/28 6:30

カーディラーからエンジニアに転身して失敗。どん底に落ちたアメリカ人を救った「ものづくり」の魅力とは?

ものづくりに人生を救ってもらった——。そう語る職人がアメリカにいます。それが、Todd White Metal Works社のトッド・ホワイト氏。カーディーラーからエンジニアに転身し、独学で出世するも、会社を解雇されてどん底に落ち、そこから成功を勝ち取った経験の持ち主です。すいも甘いも噛み分けるトッド氏をものづくりへと駆り立てる原動力とは?

 

ものづくりを楽しむ日々

↑娘さんと共に3DEXPERIENCE World 2023に登場したトッド・ホワイト氏(画像提供/ダッソー・システムズ)

 

ホワイト氏の物語は子どものときに始まりました。「私は幼い頃から物の構造や製造方法に興味を持っていました。エアガンで遊ぶより、物を分解して楽しむような子どもだったのです。きっと生まれたときからものづくりへの情熱を持っていたのでしょう」とホワイト氏は言います。

 

大人になると、ホワイト氏はカーディーラーとして生計を立てるようになりました。ものづくりへの興味は健在で、友人に教えてもらいながらクルマやバイクのカスタムを楽しんでいたそう。世界経済を不況に陥れたリーマンショックの翌年(2009年)には、全くの初心者ながら製造エンジニアリングの会社へ転職。そこで、機械設計用ソフトウェアの「ソリッドワークス」に出会いました。これは製品のさまざまな設計業務をこなせる3次元設計ツールですが、「私は大学を出ていませんし、新しいことを習うのは並大抵のことではありませんでした。毎朝1時間早く出社し、夜も1時間残業して勉強を続けました」とホワイト氏は当時を振り返ります。

 

1年ほど勉強を続けると同ソフトを使いこなせるようになり、技術部へと昇進したホワイト氏。プライベートも充実し、妻と子ども2人の4人家族で、安定した生活が送れるようになっていました。順風満帆な生活はこのまま続くかのように見えましたが……。

 

突然の解雇、苦難の日々

しばらく経ったころ、あるベンチャー企業から「ホワイト氏をリーダーエンジニアとして迎えたい」というオファーがありました。それまでの安定したポジションを失うことになりますが、生粋のギャンブラーとして知られるホワイト氏は「大きく成長できるチャンスだ」と考え、オファーを受けました。「このときプログラム制御システムを備えた自動工作機械のCNCマシンを業務用に購入したのですが、それぐらい私はやる気に溢れていました」(ホワイト氏)

 

しかし、転職からわずか6か月後、悲劇が彼を襲います。「まもなく会社の資金繰りに問題が発生して、経営が立ち行かなくなると、突如解雇されました。小さい子どももいるのに……。私たち家族は全てを失ったのです。家も財産も、何もかもなくなりました」とホワイト氏は言います。

 

それから6か月もの間、新しい仕事は得られず、無収入の生活を強いられました。その後、ホワイト一家は妹を頼ってアリゾナ州へ引っ越し、ホワイト氏は生活のために家電の設置を請け負いました。しかし、収入は1日働いて68ドル程度(約9280円※)。「本当に苦しかった」とホワイト氏は当時の心境を述べます。

※1ドル=136.45円で換算(2023年3月17日現在)

 

ものづくりに帰る

↑ホワイト氏が作るパーツ(画像提供/Todd White Metal Works)

 

そんな生活をするようになって数か月経ったころ、ホワイト氏の妻がガレージで埃をかぶっていたCNCマシンを指して、「これを使いましょうよ!」と言いました。そこから、本格的にCNCマシンを使ったものづくりが始まったのです。

 

ホワイト氏はバイクのパーツなど、さまざまな金属部品を自分でデザインして作成。CNCマシンの使い方がよくわからず、試行錯誤の日々だったそう。

 

「『お金が足りないの。食べ物もおむつも必要なのよ』という妻の言葉を背に、毎日必死で取り組みました。やるべきことは何でもやり、ガレージで寝起きしながらパーツを作り続けたのです」(ホワイト氏)

 

初めてのお客さんは、地域の情報サイトに掲載した広告を見て連絡をくれた人だったとのこと。パーツ1個200ドルのオーダーを受けたときは、天にも昇るような気持ちだったとホワイト氏は言います。

 

手探りで始めたものづくりという新しい事業。無我夢中で取り組んでいるうちに、徐々に軌道に乗り始めたようです。

 

「とにかくそのときに自分ができる仕事に没頭し、大変でしたが、少しずつ受注も増えていきました。地元のボーイズスカウトから依頼を受け、巨大な投石機を作成したこともありますよ」とホワイト氏は言います。

 

「プライベートでは子どもがさらに2人増えて、6人家族になりました。妻は子どもの教育を一手に引き受けながら、ビジネスもサポート。目が回るほど忙しい日々でしたが、自分のオフィスを借り、念願のショップもオープンできました。現在ではマシンも4台に増え、広大な敷地で日々ものづくりに精を出しています」

 

ホワイト氏の子どもたちはパパの仕事に興味を持ち、有能なアシスタントとして仕事を支えてくれているとのこと。10歳の娘さんは、マシンに材料を入れてセットアップしスタートするところまで全て一人で行うことができ、これまでに200パーツほど作成したそうです。現在は完成品の品質チェックについて勉強しているそうですが、娘さんはビジネスのアイデアさえも持っており、近い将来、自分でデザインしたパーツを作りたいと言っているそう。「こうやって家族と一緒に取り組めるのも、ものづくりの魅力ですね」とホワイト氏は言います。

↑有能なアシスタントとしてパパを支えるホワイト氏の娘さん(画像提供/ダッソー・システムズ)

 

今度は自分が恩返しをする番

近年は新たな試みとして、地元企業や次世代の技術者たち向けの技術実践クラスを始めたホワイト氏。その背景には、自分を支えてくれた人々へ恩返しをしたいという思いがあります。

 

「いま私がこの舞台(3DEXPERIENCE World 2023)に立っていられるのも、周りの人々の惜しみない助けがあったからこそです。無一文になった私たち家族を居候させてくれた妹、機械購入のための高額な費用を貸してくれた義父。マシンの使い方がわからず途方に暮れていたときは、同業の先輩が惜しげもなく公開してくれた情報に何度も救われました。初めて200ドルの注文をくれた人は、現在でもお得意さんとして長い付き合いをさせてもらっています」とホワイト氏は謙虚に述べます。

 

「今度は自分がお返しをする番です。現在、研磨機や旋盤機械のクラスを実施しており、地元工場の新人研修などに採用されています。成長し続けるこの製造業の世界で勝負できるような、優れた技術者を育てる手助けができればと思っています」

 

もとはカーディーラーで、ものづくりは素人だったホワイト氏。仕事も家も失うという不運に見舞われながらも、独学で学び、努力を重ね、実業家として成功を収めました。

 

「この4年間、本当にいろんなことがありましたが、ものづくりの魅力は、年齢や経歴に関わらず、誰でも成功できるチャンスがあることです。そして、ものづくりは私の人生を救ってくれました。ある可能性に賭けるとき、たとえそれが不可能に見えても、全身全霊で取り組めば必ず結果はついてきます。私はそうやって、ゼロから自分の会社を持つまでになりました。私にできることは、あなたにも必ずできます。どうか、勇気を持って進み続けてください」とホワイト氏はエールを送っていました。

 

執筆者 / 長谷川サツキ