ラーメン好きなミュージシャンとして知られる、サニーデイ・サービスのベーシスト、田中 貴さん。年間600杯以上を食べ歩く目・鼻・舌をもって、注目するラーメン店の味や店主に「Rock」を見出していくのが本稿だ。
パワフル女将が腕を振るう「麺家うえだ」に続く第2回は、これ以上にないヘビー級の豚骨ラーメンを提供するコチラ。コッテリ系といえば背脂ラーメンが主流だった約20年前から、ひたすらに豚骨の限界に挑み続け、とてつもなく破壊力のあるラーメンを作り出した「無鉄砲」だ。これはまさに、ビートルズが全盛の1960年代後半に、世界がぶっ飛ぶような轟音ギターを搔き鳴らし突如現れた「ブルー・チアー」のよう。この登場によってヘヴィロックというジャンルが生まれたように、無鉄砲の登場によって“ヘヴィ豚骨”という新たなジャンルが生まれたのだ。沼袋にある中野店へ向かうと、そこには豚骨がぎっしり入った巨大な羽釜を、金属製のゴツい棒で力一杯かき混ぜ続ける、「Rock」な男の姿があった。
【プロフィール】
田中 貴
サニーデイ・サービスのベーシスト。年間600杯以上を食べ歩くラーメン好きとしても知られ、TVや雑誌などでそのマニアぶりを発揮することも多い。バンドとしては2016年8月にリリースした通算10枚目のアルバム『DANCE TO YOU』に続き、2017年6月にはニューアルバム『Popcorn Ballads』を配信限定でリリース。Apple Music J-POPチャート第1位を獲得するなど話題となっているが、12月25日にCDとアナログ盤でリリースすることも決定。しかも同日には、今夏行われた日比谷野外大音楽堂公演の模様を収めたライブDVD「サニーデイ・サービス in 日比谷 夏のいけにえ」も発売。また12月18日には東京・LIQUIDROOM、12月21日には大阪・梅田CLUB QUATTROでワンマンライブが開催される。
豪快ながらも緻密に考えられた円熟味のある“食べるスープ”
この「Rock」な店主が、「無鉄砲」をはじめとするグループのオーナー・赤迫(あかさこ)重之さん。奈良で創業し、現在の総本店は京都に。いまや海外でも人気を博すグローバルなブランドとなっている。東京ではこの「無鉄砲 中野店」と、隣街の野方につけ麺専門店「無極」を出店。ラーメン好きの中でも“濃厚民族”と呼ばれる人たちに絶大な人気を誇っている。
「東京進出は2010年。先に『無極』がオープンしたんですが、その4日後にここも怒涛のスピード開業。たったの4日ってスゴいですよね。僕も無鉄砲はオープン当日に食べに行きました。まあ、当時のラーメン界は『あの無鉄砲が東京に攻めてくる!』って大騒ぎでしたから。僕は奈良、京都、大阪の無鉄砲グループすべての店で食べていましたけど、普通はそう簡単に行けないですからね。ラーメン好きの人でも、東京に来てからこの味を体験したという人は多いと思います」(田中さん)
驚くべきは、ザラっとした舌ざわりを感じるほど非常にねっとりと乳化したスープ。しかも、豚骨の旨味が凝縮していながらも臭みはまったくない。これは、赤迫さんの哲学に裏打ちされたものである。そう、このスープは大胆な製法の奥底に、緻密に計算されたウマさの方程式が隠されているのだ。大きな部分を占めるのが、素材選び。数あるなかから吟味し、肉片が多く旨味が豊富な宮崎産の豚のゲンコツと背骨を中心に使う。そして魚介や野菜はおろか、ほかの動物系素材も使わずに、豚骨と水のみでガンガン炊き込んでいく。
豚骨ラーメンによく用いられる頭の部位は、無鉄砲では使っていない。聞けば、頭を使わないこと、また超強力な熱量で煮込むことで臭みを抑えられる上、タイミングに応じて骨を足せば足すほどさらに臭みは消えていくのだという。単純に強火で豚骨を焚くだけで、こうはならない。液色や素材の溶け具合などを見ながら、火加減を調節したり混ぜたりして、まるでスープと対話するように仕込むことで、無二の重厚なスープができ上がるのだ。その圧倒的な経験則から生み出される一杯は、なんともいえない貫禄に満ちあふれている。
「口にした瞬間これこれ!とニンマリしてしまう、ほかにはない超重量級のウマさ。濃厚ラーメンというと、圧力釜で一気に白濁させたり、野菜でトロみを出す“ベジポタ”といったものもありますが、それらとはまったく別。豚骨だけを徹底的に炊き込むことで、この旨味とトロミを出しているのは本当に驚きです。ちなみに、もっと濃厚にしたい場合は、背脂増しにすることでよりドッシリとした味になりますよ!」(田中さん)
至高のスープから生まれる味わいは、「もはや無鉄砲というジャンル」と田中さんに言わしめるほど。ただ、このラーメンの魅力はスープだけにあらずとも力説する。
「例えば、チャーシューは薄めにスライスされてますよね。また、麺は中太の縮れたタイプを使用しています。これらはパワフルなスープとの一体感を考慮したもの。無鉄砲のラーメンは、チャーシューをかじって、麺をすすってスープをひと口、という食べ方じゃないんです。麺とチャーシューを一緒に箸でつまみ、絡みついたドロドロのスープとともに一気に頬張る。無鉄砲のド濃厚なスープでしか出来ない味わい方なんです。しかも、つけ麺は自家製麵なんですが、スタンダードなラーメンは、九州で修業していたお店に赤迫さんが学生時代お客として通っていた頃、その店が仕入れていた製麺所の麺で、しかも無鉄砲特製麺。初心を忘れないということでもありますし、なにより赤迫さんの男気ですよね。見た目はイカついですけど、超フレンドリーで笑顔が素敵。ファンが多く、全国のラーメン店主から慕われるのも納得ですね」(田中さん)
魚介ダシに餃子に“二毛作”と幅広く楽しめる
好みによっては濃厚すぎるラーメンが苦手な人もいる。そんな配慮もあってか、実は同店には魚介のダシが香る「魚正油ラーメン」も存在。さらにはサイドメニューとしての「ギョーザ」や「お土産とんこつラーメン」などもあり、幅広く楽しめるようになっている。事実、年配の人には「魚正油ラーメン」ファンが多いそうだ。
「『魚正油ラーメン』は飲んだ後に食べたくなるやさしい味わい。『ギョーザ』はラーメンの前に一杯楽しみたい時のつまみにベストですね。そういえば、ここの深夜は『がむしゃら』っていう店名で二毛作営業してるんですよ。ラーメンは『無鉄砲』より“若い”スープを使ったライトなテイストで、スタンダードの白、ニンニクマー油の黒、魚介の効いた茶、トマトベースの赤と4種の豚骨ラーメンが味わえます。最近は、都内でも深夜に営業しているのはチェーン店ばかりなので、貴重な存在ですよね」(田中さん)
そんな田中さん、赤迫さんはラーメンイベントで何度も見かけているうえ、共通に仲がいいラーメン店主も多いとか。ただ、じっくり話すのは初めて。それは、イベント時の赤迫さんからにじみ出るオーラがそうさせていたのかもしれない。
「イベントって、ある意味お祭りだと思うんです。仲のいい店主たちが一堂に集まることってなかなかないから、みんな和気あいあいと楽しく盛り上がってる。でも、赤迫さん率いる無鉄砲グループは、ちょっと雰囲気が違うんです。祭りだからこそさらに手を抜かず、デカい羽釜や火力の強いコンロもすべて店と同じものを持ち込んできてるんですよ。しかもあの濃厚スープをいつも以上に大量に炊き続けなきゃいけないので「オリャーッ!」って気合い入れながら力一杯寸胴をかき混ぜてる。ウマいラーメンを作るために、鬼気迫る表情でスープを焚き続ける姿は、カッコイイのひと言ですよ」(田中さん)
「『無鉄砲』の超濃厚豚骨ラーメンって、無性に食べたくなる瞬間があるんです。そりゃあ、若い頃よりは頻度は減ってるかもしれないけど、ガツンと、ドーンとしたラーメンを食べたい気持ちは全然あって。僕ら、最近のライブは、20代の頃よりもハードでヘヴィですからね。このラーメン食べると、まだまだ無鉄砲に、がむしゃらに生きていくぜ! みたいな気持ちになりますよ」(田中さん)
【店舗情報】
無鉄砲 中野店
・住所:東京都中野区江古田4-5-1
・電話番号:03-5380-6886
・営業時間:11:00~15:00、18:00~23:00 ※売り切れ次第終了 (月~土の深夜1:00~4:00は「がむしゃら 東京中野店」として営業)
・定休日:月(祝日の場合は営業し翌日休み)
・アクセス:西武新宿線「沼袋駅」北口徒歩8分
撮影/三木匡宏