2019年11月1日。東京の一番新しいランドマークとなるだろう渋谷スクランブルスクエアがグランドオープンを迎えた。地上47階、高さ230メートル。ビル内に212店舗の小売店と広大なオフィススペースを擁する巨大商業ビルだ。
新しいランドマークのインパクト
筆者が訪れたのはグランドオープン当日。ものすごい人出だった。屋上展望台はそもそも完全予約制なので無理。ビル内に入るだけでも入場規制があり、そこそこ待った。そして中に入ったら、2階以上に上がるために一度地下1階まで降りてから上りエスカレーターに乗らなければならない。こんなに人が集まる理由は、このビルがJR渋谷駅のすぐ上で、JR、地下鉄銀座線・半蔵門線・副都心線、東急東横線、田園都市線、井の頭線を使う人たちの利用圏内にあるからだろう。
このビルを運営しているのは、東急とJR東日本、そして東京地下鉄3社の共同出資による合弁会社だ。専門家によれば、同じフロアに東急系とJR系の事業者が入り混じる形で出店している形態にも、3社が手を組んで生み出した新しい商業ビルらしさが出ているという。確かに、素人目線から考えても「エキュート」(JRグループ)と「フードショー」(東急)のロゴがとなり合うように設置されている光景は見たことがない。
リアル『A列車で行こう』な風景
渋谷の街が一望できるスポットから外を眺めながら、どこかで見たことがある風景だと思った。筆者が昔かなりハマったパソコンゲーム『A列車で行こう』の3Dバージョンにすごく似ている。鉄道と都市開発がテーマのシミュレーションゲームだ。リアル『A列車で行こう』な外の景色を見ながらさらに考えた。鉄道は、都市にとって血管のように機能するものなのだろう。
立ち並ぶビルや行き交う人の流れを見ていると、鉄道がもたらす効果を実感せずにいられない。この原稿では、そういう実感や都市開発の背後に見え隠れする思惑に触れた本を紹介したい。鉄道と都市が生み出す発展の相乗効果は、箱庭ゲーム的な視点から俯瞰することもできるのではないか。
鉄道網がもたらしたもの
『電鉄は聖地をめざす』(鈴木勇一郎・著/講談社・刊)のテーマは、サブタイトルにもうたわれている通り、「都市と鉄道の日本近代史」だ。都市と鉄道の近代史をたどるプロセスは、次のような言葉で始まる。
本書は、都市と「電鉄」をめぐる物語である。阪急や阪神、東急や西武といった日本の電鉄は、日本の近代大都市、とりわけ郊外空間の形成に大きな役割を果たしてきた。「田園都市」を謳った郊外住宅地にターミナルデパート、遊園地といった二◯世紀の日本の大都市の郊外を語るうえで欠かせない要素は、基本的に「電鉄」がつくり出してきた。
『電鉄は聖地をめざす』より引用
著者の鈴木氏によれば、こうした形の都市の成り立ちはかなり特異であるという。ニューヨークやロンドン、パリなど世界的な大都市では、日本の電鉄のようなものが都市形成を主導してきたことは稀らしい。ならば、日本特有の都市形成の過程の発火点となった要素は何だったのか。
鉄道網を実現させたパワー
筆者にとって、その要素はとても意外なものだった。
主な動因のひとつとなったのが、社寺参詣である。京浜電気鉄道(現・京急電鉄)、京成電気軌道(現・京成電鉄)など、もともと社寺参詣を大きな目的として敷設された電鉄は少なくない。そもそも小林一三の阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道ですら、当時は参詣輸送を大きな目的としていたのである
『電鉄は聖地をめざす』より引用
日本の鉄道はそもそも、有名な神社仏閣=聖地を訪れる多くの人たちの利便性を念頭に置いて発展したのだ。そして、鉄道事業の裏側で脈動するパワーが存在していた。
われわれが通常イメージするような電鉄が確立してくる以前の黎明期には、現在の視点から見ると「怪しい」人々が蠢いていた。そうした人々を突き動かしていたのは、寺院や神社を興隆させたいという熱情であった。そのすさまじいまでのパワーが、電鉄を、ひいては日本の都市を作り出していったのである。
『電鉄は聖地をめざす』より引用
鉄道は、多くの人たちを聖地に運ぶだけではなく、聖地同士を結ぶレイラインのような役割を果たすものでもあったのかもしれない。そんなことを思ったりもする。
そして鉄道は聖地を生み出し続ける
最後になったが、章立てを紹介しておこう。
序 章 「電鉄」はいかにして生まれたか
第一章 凄腕住職たちの群像
第二章 寺門興隆と名所開発
第三章 「桁外れの奇漢」がつくった東京
第四章 金儲けは電車に限る
第五章 葬式電車出発進行
終 章 日本近代大都市と電鉄のゆくえ
人を聖地に運び、聖地と聖地を結ぶレイラインとして機能する鉄道は多くの大都市を生み出すエネルギーを発揮してきたし、今もそうし続けている。終章を読み終わったとき、『渋谷スクランブルスクエア』が現代の聖地に思えてきた。
【書籍紹介】
電鉄は聖地をめざす
著者:鈴木勇一郎
発行:講談社
「阪急や阪神、東急や西武といった“電鉄”が、衛生的で健全な“田園都市”を郊外につくりあげた」-よく知られたこの私鉄をめぐる物語の深層には、「神社仏閣」を舞台とする語られざる歴史があった。近代の荒波を生き抜く希望を鉄道に見いだした社寺と、そこに成功栄達の機を嗅ぎつける怪しくも逞しき人々。彼らの無軌道な行動と激しい情熱こそが、この国の都市空間をつくったのだ!ダイナミックで滑稽で、そして儚い、無二の日本近代都市形成史。
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