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2019/9/4 21:45

ダークでディープなブラック仕事を疑似体験――『実録ブラック仕事体験記』

地上波テレビ番組のコンプライアンスが今ほど厳しくなかった時代、夕刊紙やスポーツ紙に掲載されているいわゆる“三行広告”の求人に応募して、実際にどんな仕事なのかを体験するという企画が流行したことがある。いま思えば、演出の部分はかなり多かっただろう。でも、かなりの緊迫感があって、見てはいけないものを見ている感覚が満たされて、よく録画していた。

 

体を張ったルポの言葉のすごみ

媒体の優劣を語るつもりはまったくないが、媒体ごとにユニークさや強みがあることは否定できない。筆者は今、映像ではなく、文字を通したほうがはるかに強いインパクトを発するモチーフがあることを知った。“隠された産業”に関する体を張ったルポである。

 

リアルで感覚的なワードが刺さる映像的な文章で綴られているのが、『実録ブラック仕事体験記』(裏モノJAPAN編集部・著/鉄人社・刊)だ。冒頭にこんなイントロの言葉がある。

 

ブラック企業と言えば、過酷な労働や違法労働、パワハラ、離職率の高さなどが有名である。皆さんもあまり良いイメージは抱いていないだろうが、本当のところは実際に働いてみないとわからない。

『実録ブラック仕事体験記』より引用

 

沢木耕太郎さんの『深夜特急』とか小田実さんの『何でも見てやろう』の最初の数ページを読んだ時の感覚に似てはいないか。

 

 

ベストヒット・オブ・ブラック仕事

本書は、月刊『裏モノJAPAN』の2009年12月号から2018年7月号にかけて掲載された、異なる書き手のルポをまとめた体裁になっている。まず気になるのは、取材対象となったブラックな仕事の数々だ。

 

・某ファストファッション店長、黒い3年間を振り返る

・マグロ漁船

・―25℃の職場

・「おっさんレンタル」で借りられ続けた4年間

・ゲーセンのクレーンゲームだけで家族を養っている男

 

ここで紹介した以外にも、もっとリアルでストレートな内容の仕事もあることも断っておかなければならないが、ここではこの程度で止めておくほうがネタバレの心配をしないで済むだろう。

 

 

おっさんレンタル

筆者にとって特に印象深かったのは、自分の年齢層も関係しているからか、おっさんレンタルのルポだ。書き手は都内在住の40代後半のおっさん。

 

数年前、巷でレンタル彼女ならぬ「おっさんレンタル」なるサービスが話題になった。あらかじめ登録した本物の「おっさん」を、1時間1000円で借りて自由に使えるというもので、意外にも女性を中心に利用者は現在も増え続けているそうな。

おっさんなんぞ借りてどうするんだとも思うが、1時間1000円で経験豊富な中年をコキ使うなら、やり方次第では便利なサービスだと言えるかもしれない。

『実録ブラック仕事体験記』より引用

 

ちなみに正式メンバーとして「おっさん」となるためには登録料13万円が必要だったという。

 

正式な登録の前に、簡単な面接を受けるのが決まりで、最初に注意事項として、エッチなことはダメ、遅刻は厳禁、それと、依頼者からクレームが3回きたら登録解除されるとくぎを刺された。

『実録ブラック仕事体験記』より引用

 

そして実際にレンタルおっさんとしての活動をし始めたこの人は、パソコンの不具合を直したり、依頼者の家に手すりを作ったり、グッズ販売の並び代行などから仕事からこなしていく。やがて人妻から浮気の懺悔を聞いたり、独身男性の告白の練習相手になったり、とある女性両親の前で彼氏のふりをする仕事をしたりと、“らしい”仕事が増えていった。今でもレンタルおっさんとして活動している彼は、次のように語る。

 

色恋沙汰があるわけでもなく、時給もたった1000円ぽっち。どうして年間13万を払ってまでおっさんレンタルを続けているのか、みなさん不思議に思うかもしれない。でも私にとっては、レンタルされてるときだけは100パーセント善人を演じていられる、というのが楽しいのだ。

『実録ブラック仕事体験記』より引用

 

本当の意味でこの仕事で助けられているのは、派遣されてくるおっさんたちに会う人々ではなく、派遣されているおっさんたち本人なのかもしれない。

 

この本で紹介されるのは、ダークでディープなブラック仕事ばかり。でも、なぜか目を逸らすことができない。それに、悲惨な実態を描写する文章の中に、なぜか爆笑ポイントを見つけてしまう。ある程度以上の恐怖を感じると、それを認識する脳の領域のすぐ隣にある爆笑神経が刺激されるのだろうか。そういうメカニズムが本当にあるのかはわからないが、何回も声をあげて笑った。

 

小学校低学年の夏休み。とある夜に見たイタリア人監督ヤコペッティの『世界残酷物語』というドキュメンタリー映画に爆笑し、そして心を砕かれた。半世紀ぶりくらいに味わう、よく似た感覚。

 

【書籍紹介】

実録ブラック仕事体験記

著者:「裏モノJAPAN」編集部
発行:鉄人社

本書は、いわゆるブラック企業の就職体験ルポを主に集めたものである。某ファストファッション店長から、大手飲食チェーン「餃子の『O』」、ラーメン「K」のFCオーナーまで。当事者が仕事の中身を詳細にリポートする。また本書では、冷凍倉庫の作業員、バキューム清掃員、犬の殺処分担当者といった知られざる現場や、「おっさんレンタル」「並ばせ屋」などの珍しい職業も紹介。日本の下流社会の象徴がそこにある!

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