アウトドアブームが続く中、年々人気が高まっているトレイルランニング(※1)・スカイランニング(※2)。そんな注目のスカイランニングの世界最高峰レース「スカイランナーワールドシリーズ」で昨年、上田瑠偉(るい)選手が日本人初となる総合優勝の快挙を達成しました。日本最強から、世界最強のスカイランナーとなったコロンビア モントレイル所属の上田選手に、トレランの優勝経験もあるアスレティックトレーナーの塙(はなわ)翔太氏が、トレランの魅力を伺いました。
※1:陸上競技の中長距離走の一種で、舗装路以外の山野を走るもの。トレランやトレイルランと略されます。山岳レースとも呼ばれます。
※2:急峻な山岳や超高層ビルを駆け上がる(駆け下る)スピードを競うスポーツ。並びに、標高2000m以上の高所山岳、もしくは、急傾斜の山岳におけるランニング形式の快速登山。
トレラン界の“プリンス”と呼ばれて
2人は約2年前、九州地方のトレラン大会主催者の紹介で出会いました。そのころ、すでに上田選手は若さとルックスの良さから“プリンス”と呼ばれており、塙氏の耳にもプリンスの快進撃の話題は届いていました。
塙 僕はお名前を知っていましたけど。トレラン界の“プリンス”って呼ばれ始めたのは、いつからですか?
上田 僕は2013年からトレランを始めました。そして、2014年に日本山岳耐久レース(長谷川恒男カップ、通称:ハセツネ)に参加して大会新記録で優勝したのですが、そのあたりから言われ始めたのではないかと思います。
塙 ハセツネからだったんですね。“プリンス”と呼ばれることにもう慣れました?
上田 なんか今は、逆に違和感ですけどね。もうそんな年じゃない。プリンスと言われるような年でもないなって感じなのですが。
サッカーの技術がトレランに生きる
世代も出身地も違う2人ですが、意外な共通点があります。お互いスポーツの始まりはサッカーで、そこで身につけたテクニックや動作が、トレランに欠かせないものになっていると言います。
塙 トレランをしている人は、サッカー出身者がすごく多いですよね。
上田 山を走るのは、普通の平地を走るような、いち、にい、いち、にいの動作ではないんですよね。段差があったり、足を置きたいタイミングで置ける場所がそこにあるとも限らないので、ステップが必要になってくる。それというのは、サッカーに共通する部分なのかなと思いますね。
塙 ステップワーク(※サッカーのディフェンス時のフットワーク)以外にも、サッカーの能力が生きていると感じたことはありますか?
上田 結構、周辺視野もあるかなと思いますね。サッカーではボールをもらうときに相手がどこにいるか把握しなければいけないので、足元は見てないですよね。ある程度空間把握能力というか、どこに敵がいるかなど把握しているので、そういう部分はトレランでも生きているかなと思います。
トレラン最大の魅力は「景色」
街中を走るランニングやジョギングと、トレランの最大の違いはコース環境。そこにトレラン最大の魅力があります。それが景色です。トレランの本場、ヨーロッパで参戦している上田選手は現地の絶景も堪能しているそうです。そして、サッカーをしていたころは走るのが嫌いだった塙氏をトレランに引きつけたのも景色でした。
塙 トレランって、景色がすごくいいじゃないですか。僕は景色をゆっくり見て走るタイプなので、そこがモチベーションになるところもあるのですが、上田選手はレースに出ているときは景色を見ています?
上田 見ています、見ていますよ。
塙 見ていてあのスピードなんですか!
上田 国内のレースなどだったら、レース中でも景色の写真を撮ったりします。景色がいいと、パシャって感じでやったりしています。
塙 では日本で、今まで出たレースなどで、景色が素晴らしかったところはどこですか? 初心者や、そんなに走れない方でも行けるけど、「ここの景色はすごくいいぞ、低山なのにいいぞ」など。
上田 本当に初心者でも登れるというところですと、山梨県の大月市にある岩殿山って分かります?
塙 岩殿山分かる、分かる。
上田 あそこ、景色よくないですか。
塙 景色はいいですが、結構ハードじゃないですか。
上田 まあ実際に高所恐怖症だったら無理ですが、「稚児落とし」というところは、ほんとに崖なんですよね。それはそれで面白いです。サクって行けて、面白い景色を見ることができます。
塙 あの景色はいいですよね。距離も7km程度ですし。
上田 上り口は急ですけども。距離、体力的には初心者の方でも楽しめると思います。
ランニングの概念を取っ払う
マラソンやジョギングを経験したあとに、トレランを始めるランナーは多くいます。そのようなランナーの中には、常に走り続けないといけないという、それまでのランニングの概念から、トレランに抵抗を感じていた人もいたそうです。
塙 全くトレランをしたことがない人に、「トレランの魅力って何ですか?」って聞かれたら何て答えますか。
上田 景色がきれいというのは一番ですけど、他には……歩いていいよとか。
塙 ああ、そうですね。確かにそうですね。
上田 マラソンは平地。走り続けないといけないようなイメージがありますが、山だったら上りもあるので、きつくて歩くんですよね。それを走ろうと思うと本当に最後までもたない! 僕は別ですけどね(笑)。
塙 トレランは歩いてもいい。それは僕もめちゃくちゃ言います。そこがネックになっている人はすごく多いです。
上田 「山を走るのはきつい」って……。それはきついですよ。だから、初心者の方はとくに「走らなくていいんですよ」、という感じです。気持ちのいい平坦な場所や下りだけ走ればいいというか。上りは歩いていいんですよ、本当に。
山は共用の場、マナーの重要性
ジョギングで一般道を走る場合も、もちろんルールやマナーがあります。山道を走るトレランでは、上りや下り、さらには狭い道幅など、一般道以上にマナーに気をつけなければいけません。
上田 僕もそうですし、いろいろな人が啓蒙で言うのは「歩いている人(ハイカー)を見かけたら、もう歩く人になろう」ですね。例えば、下から上がってくるハイカーの人がいて、僕が下っているとします。それで、僕は直前で止まれるから、直前でスピード緩めればいいやと思っていても、上がってくる人からすると、「この人、止まってくれない。いつ止まってくれるんだろう」とヒヤヒヤした空気をすれ違うまでずっと感じるわけですよ。
ですので、ハイカーが視界に入った時点でこちらも歩けば、上がってくる人も恐怖感がなくなるんです。見かけた時点で、歩く人になるというのが一番危なくなく、相手にも不安を与えないことなのかなと思いますね。
若い世代に向けた環境づくり
登山を楽しむ若い世代は多いものの、トレランは30代、40代、さらには50代のランナーが中心です。若い人がもっと気軽にトレランを楽しむための環境づくりに、上田選手も塙氏も取り組んでいます。
上田 選手として僕が今すべきことは、誰もまだ通ってない道を開拓することだと思います。トレランのプロの方はいらっしゃいますが、やはりそれだけでは食べていけない。言ってしまえば、まだまだ競技に専念できる環境ではないので、僕はそういう環境を作っていき、スポンサーフィーだけで本当に競技に専念できるアスリート像を目指しています。
やはりそうすることで、これからの若い世代などがこの競技に対して夢を持てるというか、そういう夢のあるスポーツにしていきたい。その先駆者になれたらいいなと思っています。
塙 世界のトップを走り続けている選手が、マナーを啓蒙したり、若い世代がどんどん入り込めるような環境づくりというところで、レールを作ってくれています。それに乗っかりトレランが盛り上がっていくと、もっと楽しくなるでしょうね。
【プロフィール】
上田瑠偉(うえだるい)
1993年10月3日生まれ。長野県大町市出身。コロンビアスポーツウェアジャパン所属。小学生からサッカー。中学で陸上を始め、駅伝の名門・佐久長聖高校に進学。早稲田大学では陸上同好会に所属。10代最後の思い出レース「東京・柴又100km」でコロンビア モントレイルにスカウトされトレイルランニングを始める。2014年ハセツネCUP最年少&大会新記録で優勝。16年「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン CCC(101km)」準優勝、「スカイランニングユース世界選手権」優勝、スカイランニングの「アジア選手権」優勝。19年「MIGU RUN SKYRUNNER WORLD SERIES」で、アジア人初の年間総合優勝に輝いた。
塙翔太(はなわしょうた)
1988年9月22日生まれ。神奈川県川崎市出身。合同会社コアデザイン代表、ORIGINAL RUNNING EDUCATION主宰。アスレティックトレーナー/トレイルランナー。多くのチームスポーツや日本代表レベルの選手にも指導経験があるアスレティックトレーナーであり、自身もトレイルランナーであることから、トレイルランニング初心者からトップランナーのトレーニングサポートも行う。トレーナーという立場を生かし、セルフケア講習や個人に合った無理のないトレーニング指導で けがなくスポーツを楽しめるようにと願い活動中。
撮影/中田悟
協力/コロンビアスポーツウェアジャパン 写真提供/Sho Fujimaki
【フォトギャラリー(画像をタップすると閲覧できます。)】