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自己啓発
2020/10/15 21:45

文豪たちの深すぎる「憂鬱」が逆に笑えて元気になれる−−『文豪たちの憂鬱語録』

何だか憂鬱である。今の生活に不満があるわけではない。それなのに、夕暮れ時、憂鬱でたまらなくなる。秋になったからか、コロナ対策に疲れたのか、悲しいニュースが多いからか……。自分でもよくわからない。わからないから、困っているのだ。けれども、そういう人は多いのではないだろうか。

 

もし、あなたも何だか憂鬱でたまらなかったら、『文豪たちの憂鬱語録』( 豊岡昭彦、高見澤 秀・著/秀和システム・刊)を読むことを勧めたい。のけぞるほどの憂鬱さが、プロの作家によって実に的確な表現で書かれている。読んでいるうち、「み〜〜んな、悩んだんだな」と、妙に納得し、心のどこかでほっとする。

 

画像出典:国立国会図書館

 

10人の文豪の憂鬱

取り上げられた文豪は10人。太宰 治、石川啄木、夏目漱石、芥川龍之介、島崎藤村、坂口安吾、宮沢賢治、谷崎潤一郎、佐藤春夫、有島武郎の10人だ。

 

ただし、章だては9章……。谷崎潤一郎と佐藤春夫が、ひとつの章でまとめられているからだ。このあたりもにくいと思う。二人は妻をめぐってスキャンダラスな関係にあったので、そのへんの事情を鑑みたのだろう。

 

いずれにしろ、取り上げられているのは日本が誇る文豪ばかり。好きで読みふけった方も多いだろう。たとえ、好きと思えなくても、教科書などで読み、感想文の宿題が出たりして、強制的に読むよう促された人もいるかもしれない。

 

けれども、文豪たちがこれほどまでに絶望のうちに生きていたとはと驚くことだろう。10人とも、悩みの渦の中で動けなくなりながら、作品を発表することによってかろうじて生きてきたのかもしれない。『文豪たちの憂鬱語録』には、それぞれの絶望から発せられた言葉が、これでもか、これでもかと、次々と吐露されていく。

 

生きてちょうだいと懇願したくなる、太宰 治

まず、最初に取り上げられているのは、太宰 治。絶望に取り憑かれながら生きた作家でとして有名ではある。章のはじめに、「暗すぎてウケる! 文豪界随一の絶望名人」とあるように、自殺未遂や心中事件をくり返し、結局、最期は38歳で人妻と心中した。一人で死ぬこともできないほど、寂しい人だったのかもしれない。彼の遺した言葉は胸に迫る。

 

生きてゆくから、叱らないでください 『狂言の神』

人間、失格。
もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました 『人間失格』

あざむけ、あざむけ、巧みにあざむけ、神より上手にあざむけ、あざむけ 『二十世紀旗手』

(『文豪たちの憂鬱語録』より抜粋)

 

相手が才能あふれる文豪であるとわかっていながら、思わず言葉をかけたくなる。叱ったりしないから、そんなにあやまらないで、胸を張って、ただ生きてちょうだいと……。

 

ローマ字日記を残した石川啄木

『一握の砂』で有名な石川啄木。

はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢっと手を見る
友がみな われよりえらく見ゆる日よ 花を買い来て 妻としたしむ

などの句は、貧しい中、必死で生きた石川啄木の純粋性を感じ、胸がじーんとする。ところが、『文豪たちの憂鬱語録』には啄木が残したとんでもない作品が紹介されている。

 

それが『ローマ字日記』だ。日本語をローマ字で綴った実に不思議な日記を読み、啄木の生活が、実は放蕩三昧であったことを知った。ローマ字で日記を書いたのは、妻に内容を知られたくなかったからだという。妻はローマ字を読めなかったのだ。

 

「浅草に通って、遊女を何人も買ったこと」「家族への送金を渋っていること」「仮病を使って会社を休みまくったこと」(中略)なども、かなり赤裸々に書かれている

(『文豪たちの憂鬱語録』より抜粋)

 

これでは確かに妻には読ませることができない。石川啄木に対するイメージが、がらがらと音をたてて崩れていきそうになる。しかし、一方で、新しい啄木、私が今まで知らなかった啄木に会える気もして、なかなかに新鮮な体験となった。

 

夏目漱石

夏目漱石は留学先のロンドンで神経症を悪化させたと言われている。帰国後、東京帝国大学と第一高校の英語講師となったものの、精神状態は悪化の一途をたどり、苦しみのなかもがき続ける。

 

処女作である『吾輩は猫である』は、そんな苦しみを和らげようと気分転換のために書いた作品であるという。その意味では、神経症が名作を生んだのだ。その後、夏目漱石は教壇に立つのをやめ、小説に専念することを決心し、職業作家となった。

 

しかし、作家になってからも、神経症や胃潰瘍に悩まされ、49才で亡くなるまで、心身共にもだえ苦しみながら作品を書き続けた。『文豪たちの憂鬱語録』には、漱石が作品の中に残した言葉が記されている。

 

到底人間として、生存する為には、人間から嫌われると云う運命に到達するに違いない。 『それから』

呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。 『吾輩は猫である』

(『文豪たちの憂鬱語録』より抜粋)

 

売れっ子作家であり、エリートでもあった夏目漱石も、実は苦しみ抜いていたのだと、よくわかる。

 

珠玉の言葉が続く……

続く作家達もなかなかどうして見事な憂鬱の言葉を吐き出している。すべてを紹介できないので、どうか実際に読んでいただきたい。そして、どの憂鬱語録が自分の胸に迫るのか、探し出してはいかがだろう。

 

できることなら、自分も自分の憂鬱をさらけ出し「私の憂鬱語録」を書き出してみると、あらあら不思議、摩訶不思議……。生きている辛さや死への誘惑、そして、どうにもならない憂鬱から、少しの間、自分を解き放つことができる。

 

あなたの憂鬱を何とか飼い慣らすために、『文豪たちの憂鬱語録』は力になってくれると、私は信じている。

 

【書籍紹介】

文豪たちの憂鬱語録

著者:豊岡昭彦、高見澤 秀
発行:秀和システム

「生きてゆくから、叱らないで下さい」(太宰治)、「わがこの虚空のごとき、かなしみを見よ。私は何もしない。何もしていない」(宮沢賢治)など、文豪が人生をはかなみ、社会に唾を吐き、鬱々とさせる言葉には、言いたいことを素直に表現した爽快感があります。本書は、文豪たちの本音ともいえる憂鬱、絶望、悲哀、慟哭に満ちた言葉をすくいとった、ちょっと変わった語録です。文豪があなたの傷ついた心に寄り添い、ソッとなぐさめます。

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