一言ネタでブレイクし、その後リアクション芸人の道を歩みながら、DJや文筆業、MCなどで活躍中の芸人、ふかわりょう。慶応大学出身で音楽に精通しており、自らもピアノやギターを演奏するなど、かなりマルチな才能を発揮している人物だ。
「あるあるネタ」の草分け的存在
デビュー当時は、長髪に白いヘアバンドをして、音楽に合わせて踊りながらぼそぼそっとしゃべる「小心者克服講座」という、シュールな芸風がウリだった。
「おまえんち割り箸も洗うの?」
「おまえんちの階段、急だな」
「消しゴムの角使ったくらいで怒るなよ」
など、地味に相手にダメージを与える一言がおもしろかった。当時、「あるあるネタ」という概念がなかったため、かなり新鮮だった記憶がある。
フジテレビをCXと呼ぶ若手は売れない
そんなふかわりょうの著作が『世の中と足並みがそろわない』(ふかわりょう・著/新潮社・刊)だ。本書は、彼が常日頃抱いている「世間とのズレ」について書かれたエッセイだ。たとえば、テレビ局や地名を略すことに対して、ふかわは違和感を抱いているという。
逆に、駆け出しの若手が「フジテレビ」を「CX」と呼んだり、「ケツがあるので」などと発していると、そういう、形式に憧れている奴はきっと売れないだろう、と心の中で査定していきます。
(『世の中と足並みがそろわない』より引用)
これはなんとなくわかる。僕も編集プロダクションでアルバイトを始めたときに感じた。初稿(原稿を入れた後に紙面と同じ体裁で出されるチェック用の刷りだし)を業界では「ゲラ」と呼ぶのだが、僕はなぜ初稿がゲラなのかわからなかったので、ずっと初稿と呼んでいた。なんとなく、自分で意味がわからない言葉は使いたくなかったのだ。でも、ふかわが世間とズレていると感じている違和感は、こんなものではなかった。
スマホを割れたまま使うのは女性のほうが多い理由
基本的に、ふかわ自身の思い込みと偏見から起こっている違和感なのだが、その違和感について彼なりにきちんと分析されていて、それが割と的を射ている感じがする。
たとえば、スマホの画面が割れているのは女性のほうが多いという持論を展開している部分。統計などはないため、あくまでもふかわ個人のなかでそう思っているということなのだが、そう思う理由がなんとなく納得できるものなのだ。
ひとつが、メカニカルなものに対するリスペクトが男性に比べてないため、割れてしまっても放置してしまうというもの。そしてもうひとつの理由が以下だ。
女性の場合、たとえ画面が割れてしまっても、「うわ、最悪!」と発したら、それで終了するものもあると思います。(中略)仮に男性が「うわ、最悪!」と言ったとしても、それは、修理に至るまでの未来へ向けて発したものであるのに対し、女性のそれは割れてしまったこと自体への言葉。なんならそれで修理したことになってしまう。
(『世の中と足並みがそろわない』より引用)
つまり、困っている状況を解決することよりも、その状況を他人と共有することに価値を置いているというのだ。
女性の全員がそうだとは思わないが、なんとなく当たっているような気がしないでもない。たとえば女性に悩み事を相談された場合、解決策を提示してもあまりいい顔をされず、ただうんうんとうなずいているだけのほうが喜ばれたりする。
スマホの画面が割れても、それを見せることで共感を得られれば、女性は満足するものなのかも知れない。そう思った。
芸人よ、ピュアであれ
ふかわの芸人論も興味深い。ふかわは「芸人よ、ピュアであれ」と説く。一昔前は「芸人よ、不幸であれ」と言われていたようだが、近年は不幸話はあまり喜ばれない。しかし、幸せでもいけない。
我々は「笑い」を生まないと己の生きる価値がないと思ってしまう人種。些細なことに気を留め、誰よりも傷つきやすく、感動しやすい。
(『世の中と足並みがそろわない』より引用)
今は破天荒な芸人というのはあまりいない。どちらかというと「常識」がある芸人のほうが受けている。酔っ払って狼藉を働いたり、闇営業なんてもってのほかだ。
つまり、平凡な生活のなかから笑いを生み出していく必要がある。そこでふかわは「ピュア」な心を持ち続けることこそ、今の芸人に必要なことだと言っているのだ。
確かに、最近僕が好きな芸人たちは、普段から仲良しで、その様子をYouTubeなどで配信していたりする。爆発的におもしろい笑いが生まれるわけではないが、緩やかな日常のなかで、ゆったりとした笑いがある。自然体でお笑いと向き合い、日常のささいなことを笑いに変える。そんな芸人が増えていると思うし、気になってしまう。
僕が一般的なお笑い好きだとは思っていないが(わけのわからないことを延々やり続ける芸人も大好き)、やはりお笑いに対してピュアな気持ちを持った芸人は応援したくなる。
世間とのズレを感じている人にオススメしたい
先日、とある女性芸人コンビのYouTube番組にふかわが登場し、売れるためには何が必要かを語っていた。その一言一言が優しさとユーモアに溢れていて、ふかわりょうという人間性がうかがえた。
その番組内で「名前のない月を見ろ」とアドバイスをしていた。満月のときはみんな月を見るが、それ以外の名前のない月(実際には名前はあるのだが)こそ見るべきだというのだ。誰もが見えているのに見ていないもの。そのような視点で世間を観察していたからこそ、ふかわは一言ネタ、あるあるネタというジャンルを作ることができたのだろう。
本書はふかわの思い込みと偏見に溢れているが、ふかわりょうという芸人そのものがわかる良書。ちょっと他人とズレているかもしれないと感じている人がいたら、読んでみると共感できることがあるのではないだろか。
【書籍紹介】
世の中と足並みがそろわない
著者:ふかわりょう
発行:新潮社
スマホ画面が割れたままの女性、「ポスト出川」から舵を切った30歳、どうしても略せない言葉、アイスランドで感じる死生観、タモリさんからの突然の電話……。どこにも馴染めない、何にも染まれない。世の中との隔たりと向き合う “隔たリスト”ふかわりょうの、ちょっと歪で愉快なエッセイ集。その隙間は、この本が埋めます。
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