本・書籍
2021/1/19 6:30

孤独死した肉親を弔う5日間のドキュメンタリー−−『兄の終い』

兄の終い』(村井理子・著/CCCメディアハウス・刊)を書店で見つけたとき、これはミステリー小説か? と思った。

 

一刻もはやく、兄を持ち運べるサイズにしてしまおう。

 

という帯に書かれた一文が最初に目に飛び込んできたからだ。だが、作者名を見ると村井理子さんではないか。翻訳家でもあり、『犬がいるから』など愛犬ハリーをめぐる軽快なエッセイで笑わせてくれる私が好きなエッセイストである。

 

本書は実話で、疎遠になっていた兄が孤独死したという知らせを警察から受けてからの5日間を綴ったものだ。怖さはあったが、作家という職業的な好奇心から物事を冷静に見つめることができたこと、そして、こういう経験は記録に残さなくてはという使命感があったのだという。

 

宮城県塩釜警察署からの電話

琵琶湖のほとりで暮らす村井さんの元に、ある夜、電話が入った。022ではじまる覚えのない番号だが、23時を回った時間に連絡とはよほどの用事に違いない。また、部屋を見回し家族全員がそこにいることを確認し、自分にとって最悪のことは起きていないと思い電話に出たそうだ。

 

「夜分遅く大変申しわけありませんが、村井さんの携帯電話でしょうか?」と、まったく覚えのない、若い男性の声が聞こえてきた。(中略)「わたくし、宮城県警塩釜警察署刑事第一課の山下と申します。実は、お兄様のご遺体が本日午後、多賀城市内にて発見されました。今から少しお話をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」と言った。

(『兄の終い』から引用)

 

死因は脳出血の疑い、第一発見者は同居していた小学生の息子だったという。村井さんはお兄さんとは仲良くはなく、また、疎遠になっていた。しかし、ご両親はすでに他界しており、親戚とも交流がない。対処できるのは村井さんひとりだったのだ。

 

遺体引渡しにはお金がかかる

この本では、孤独死した人の遺体を引き取り、火葬をするまでどういう流れで事が進んでいくのかに加え、事態に遭遇した人しか知りえない費用の話も包み隠さず伝えてくれている。

 

警察は、医師に作成してもらう死体検案書(戸籍末梢、埋葬や火葬に必要な書類)だけでも5万円から20万円かかると村井さんに告げた。医師によって値段が違うのだそうだ。その他の費用も含めるとかなりのお金がかかるのは明白だ。

 

死体検案書という言葉も始めて聞いたが、その値段が医師によってそんなにも幅があるとは驚いた。混乱しながらも、頭のなかではすでに金策がはじまっていた。じわじわと不安が広がるのがわかった。自分にとってはかなりの金額を短期間で用意する必要があることに気づいたからだった。

(『兄の終い』から引用)

 

兄を持ち運べるサイズに

村井さんは、とにかく計画をたてた。帯にあった衝撃の一文はここで登場する。

 

遺体を引き取ったら、塩釜署から斎場に直行し、火葬する。一刻も早く、兄を持ち運べるサイズにしてしまおう。それから兄の住んでいたアパートを、どうにかして引き払う。これは業者さんに頼んで一気にやってもらう。

(『兄の終い』から引用)

 

亡くなったお兄さんは離婚をし、その際、年上の子どもたちは母親が、末っ子だけは父親が親権を持っていた。村井さんは元妻に電話をし、行動を共にすることになった。母親である元妻としたら残された幼い息子に一刻も早く会いたいのは当然のこと。が、しかし、こんな状況になっても、母親が勝手にわが子に会うことは許されず、父親側の親族の立会いが必要なのだそうで、息子は一時、児童相談所に保護されていたという。

 

妹と元妻の勇気と行動力がすごい

本書はとても重いテーマを扱っているにもかかわらず、村井さんが書く文章はここでもリズムがあり、軽快だ。さらに、村井さん本人も、元妻も明るく、勇気があり、そしてすごいパワーを読む者に感じさせてくれるのだ。塩釜署でのこんなやり取りがある。何も身につけていない遺体に納棺師が着物を着付けるのに3万8500円かかると聞いたときのことだ。

 

ここで、「いいえ、どうせ火葬にするのでお着物はけっこうです」と言うガッツのある人はいないだろう。(中略)覇気ゼロの声で、お願いしますと頼んだ。(中略)塩釜署の入り口付近で待っていた叔母と加奈子ちゃんは私の姿を見ると、揃って立ち上がった。「今から?」と加奈子ちゃんが聞いた。「いや、今から納棺師さんがきれいにするって。だから対面は斎場らしいよ!」

私たちはなぜだか妙に明るく、花嫁のお色直しを待つ親類のように、キャッキャと会話した。私は心底ほっとしていた。ああ、これでやっと火葬ができる。

(『兄の終い』から引用)

 

加奈子ちゃんとは元妻のことだ。

 

異臭が漂うアパートで見つけたもの

遺体が発見されたときのままの状態のアパートに村井さんと元妻が入り込むシーンは読みながらドキドキしてしまう。また、異臭が漂い、汚れた部屋の壁に画鋲で留められていた写真を見つけたシーンは胸を打つ。離婚前の家族旅行の写真、40年以上前に撮影された白黒の兄妹の写真。それを村井さんは、兄の54年の人生でもっとも幸せだった時期の、幸せコレクションだ、と綴っている。

 

さらに、村井さんはお兄さんことをほとんど知らなかったのとは反対に、お兄さんは彼女が新聞に書いたコラム、雑誌に掲載された彼女の本の紹介などを切り抜き、引き出しにしまってあったのだ。憎いと一方的に思っていた兄の心情を、死後になって知ることになったのだ。

 

今まで一度も兄を理解できたことはなかったし、徹底的に避けて暮らしてきた。それなのに、兄が必至に生きていた痕跡が、至る所に現れては私の心を苛んだ。こんなことになるのなら、あの人に優しい言葉をかけていればよかった。

(『兄の終い』から引用)

 

本書にはさまれていた、しおりには村井さんの直筆でこう書かれていた。

 

失ってはじめて気づくことを失う前に知ってほしい。

 

息子さんは無事に母親の元に戻り、そしてお兄さんの遺骨は、村井家のもっとも騒がしい場所に置かれているそうだ。家族について、あらためて考えさせられる一冊だ。

 

【書籍紹介】

兄の終い

著者:村井理子
発行:CCCメディアハウス

憎かった兄が死んだ。残された元妻、息子、私ー怒り、泣き、ちょっと笑った5日間の実話。

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