1970年代から日本フォークシーンで活躍し、2005年に北海道でのライブ中に倒れ、そのまま天国へ旅立った“孤高のフォークシンガー”高田 渡。彼が音楽と同じくらい情熱を傾けていたのが、写真だ。愛用のライカを常に首から下げ、ツアー先やレコーディング風景、ふらっと出かけた海外旅行先や、自分の生活を撮り続けていた。それらの写真の一部は、自分のレコードジャケットに使ったり、雑誌に掲載されたりしていた。
そんな高田渡の残した膨大な写真たちから生まれたのが、写真集『高田渡の視線の先に-写真擬-1972-1979-』(高田 漣・著、高田 渡・写真/リットーミュージック・刊)だ。文章は、息子である弦楽器奏者・高田 漣が担当している。
貴重なショットが盛りだくさん
70年代のフォークが好きな人ならば、この写真集はお宝に感じるだろう。なにせ、高田 渡がツアー中に撮影した写真も多く掲載されているからだ。当時のミュージシャンたちが多数登場している。
よく一緒にツアーを回っていた、遠藤賢司やなぎら健壱、かまやつひろし、シバ、中川イサト、中川五郎、友部正人、加川 良、泉谷しげるなどはもちろん、バックバンドを務めていたはっぴいえんどの面々(大滝詠一、細野晴臣、松本 隆、鈴木 茂)、当時フォークシーンに頻繁に顔を出していた坂本龍一までが被写体として登場している。これだけでかなりお腹いっぱいになるだろう。
ステージ写真などはあまりないが、バックステージの様子や喫茶店などの日常風景が多く、当時のミュージシャンたちの様子がわかるのがおもしろい。
高田 渡の写真の特徴
掲載されている写真は、街角のスナップも多い。日本だけではなく海外の写真も多いのだが、どれもこれも味わい深い。しかも、どれも同じ雰囲気を持っている。撮影しているのが同じ人だから当たり前といえばそうなのだが、なんとなく自分がその場にいるような気分になってくる。
おそらく、高田 渡はどこにいてもその場に昔からいたかのように、その街、その瞬間に溶け込んでいるからなのかもしれない。高田 漣は、高田 渡の写真を以下のように評している。
高田渡の写真のもう一つの特徴はその人物を真正面から撮らないことだ。それは背中が語るそれぞれの人生に魅了されていたからだろう。世界中の沢山の背中を集めるうちにいつしか若かったはずの高田渡の背中も老成した深みを増したのかも知れない。
(『高田渡の視線の先に-写真擬-1972-1979-』より引用)
これも、自分がその場にいるように感じる要因なのだろう。
外国の街角で歌う高田 渡
この写真集には、高田 渡自身も多数登場する。セルフタイマーで撮ったものはもちろん、奧さんが撮ったもの、そして、ヨーロッパの街角に腰掛けてギター片手に歌う本人の写真がある。どうやって撮ったのかはわからないのだが、これがとても印象的だ。
夜の灯りの中で路上に腰掛け歌う。詩を、歌うことの意味を、そして何にも代え難いその喜びをこの夜、高田渡は再確認したのだろう。その聖地は伝説にありがちな常套句の荒野の十字路ではなく、ありふれた夜の街の片隅であったようだ。
(『高田渡の視線の先に-写真擬-1972-1979-』より引用)
もともと、アメリカの古いフォークソングに日本語の歌詞をあてて歌っていた彼だけに、海外の路上でぽつりぽつりと歌うことは、原点なのかもしれない。妙齢のご婦人が目の前に立って高田 渡の歌を聴いているような写真もある。言葉は違えど、高田 渡の歌が市井の人の歌であるということが伝わるのだろうか。
ずっと見ていて飽きない写真
僕が好きな写真は、ずっと見ていて飽きない写真だ。そのなかでも、日常風景の写真が好きだ。そう考えると、高田 渡の写真は僕の好きな写真そのものだということに気がついた。
日常の何気ないシーンを何気なく撮影した数々の写真は、ずっと見ていられる。中にはピンボケだったりぶれている写真もあるが、写真の本質はそこではない。「撮影者がそのときどこにいたのか」だと思う。高田 渡の写真は、まさに彼がそこにいてその写真を撮っていたことが手に取るようにわかるので、僕はとても好きだ。
それなりに高価でかさばる写真集ではあるが、高田 渡ファンはもちろん、70年代フォークファン、写真好きは必携の一冊だ。そして、無性にフィルムで写真を撮りたくなる。僕も久しぶりにコンパクトフィルムカメラにフィルムを詰めて、どこかに出かけようと思う。
【書籍紹介】
高田渡の視線の先に ー写真擬 1972-1979ー
著者:高田 漣(著)、高田 渡(写真)
発行:リットーミュージック
本書は、フォーク・シンガーの高田 渡がカメラを構え、撮影した作品を一冊にした写真集です。酒と音楽をこよなく愛した彼はツアーや旅先にも必ずカメラを持ち歩き、一時期は本気で写真家を志した時期があったと言います。写真の解説は、高田渡の長男であり、マルチ弦楽器奏者として様々なフィールドで活躍する高田 漣が担当。稀代の詩人でもあった高田 渡の視線の先にあった大事なものが、きっとこの写真集から伝わってくることでしょう。
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