本・書籍
2021/4/7 6:30

テクノロジーが発達しても校正・校閲という仕事がなくならない理由

文章を扱う仕事をしていると、「校正」という業務の重要さが身にしみてわかる。

 

通常、商業媒体で文章を公開する場合(紙媒体であれWeb媒体であれ)、ライターが原稿を書いて編集者がその原稿に間違いがないかをチェックする。さらに専門の人が校閲を行うこともある(校閲は校正よりもさらに内容チェックをメインに行う)。

 

つまり、原稿は二重三重にチェックされてから、世に放たれているわけだ。しかし、それでも間違いというものはゼロにはならない。不思議なものだ。

パソコンに頼りっぱなしの原稿執筆

近年では、ほとんどの文章はパソコンを使って書かれている。この原稿も、MacBook AirにインストールしたAtomというテキストエディタに、ジャストシステムの日本語入力システム「ATOK」を使用して書いている。この「ATOK」はなかなか賢く、入力している文章の文脈を認識して、同音異義語などはある程度適切なものを勧めてくれる。

 

また、Microsoft Wordなどのワープロソフトを使えば、日本語の誤用や英単語のスペルミスなどをリアルタイムで教えてくれたりもする。

 

こんな環境に慣れてしまうと、ペンで原稿用紙に原稿を書くのがとても昔のことのように感じる。あのころは、辞書を引いたり類語辞典なども傍らに置き、事実関係を調べるために国会図書館で古い文献をあたったりしたなぁ(まだインターネットもあまり普及してなかった)。

 

何が言いたいかというと、僕は文章を書いてはいるが、その大半をテクノロジーに頼っているということだ。もちろん、自分で考えた文章をキーボードを通じて書いてはいるものの、ひらがなから漢字への変換などはATOKに任せっきり。これでは年々漢字が書けなくなっていくわけだ。

 

とはいえ、テクノロジーの進化のありがたさは感じている。いつもありがとうございます。今後ともよろしく。

 

校正・校閲は人間が行う理由

ただし、校正・校閲に関してはまだまだ人間の能力が必要だ。変換ミスや間違った日本語の使い方、数字の入力ミス、人名の間違い、起きた出来事の事実確認などなど、こういったことはいまだに人間がやらなければならない。だからこそ、校正や校閲を専門に行うスペシャリストがいるのだ。

 

カンマの女王 「ニューヨーカー」校正係のここだけの話』(メアリ・ノリス、有吉宏文・訳/柏書房・刊)は、アメリカで発行されている雑誌『ニューヨーカー』の校正係である著者が記した書。彼女がどうして校正という仕事に就いたのか、そして実際に校正で問題になる「.」(カンマ)や「-」(ハイフン)、代名詞の抱える難しい問題などについて言及されている。

 

当然ながら英語の文章についての校正の話となっているが、日本語でも似たようなことに遭遇することはあるので、文章を書いたり、他人の文章を編集したりする機会が多い人にはおもしろい内容となっている。

 

本書で、彼女がスペルチェック機能について語っている部分がある。スペルチェック機能とは、ワープロソフトなどで英語のスペルを自動的にチェックして、間違いがあればその場で提示してくれる機能だ。これを有効にしておくと、すぐに気付けるのでミスが減る。

 

『ニューヨーカー』でも、すべての文章にどこかの段階でスペルチェックを行っているという。しかし、校正者の仕事はなくならない。それはなぜだろうか?

 

それでもスペルチェック機能が校正者を追いやっていないのは、ヤツは文脈を認識しないので、異形同音異義語(ホモフォン)、すなわち発音が同じでも綴りや意味が異なる語を区別できないからだ。

(『カンマの女王 「ニューヨーカー」校正係のここだけの話』より引用)

 

本文には例として以下のような単語が挙げられている。

 

・peddle(売り歩く)とpedal(ペダルを踏む)

・rye(ライ麦)とwry(顔をしかめる)

・cannon(大砲)とcanon(正典)

・roomy(ゆったりとした)とroomie(ルームメイト)とrheumy(鼻水がたくさん出る)とRumi(名前のルミ)

 

このように、発音が同じで意味が違う英単語は、スペルチェック機能がうまく働かないらしい。このような部分をきっちりフォローできるのは、やはり人間ということになるのだろう。

 

人生の経験がすべて活きてくる仕事

また、彼女はこうも記している。

 

自分の仕事で好きなのは、人となりのすべてが求められるところである。文法、句読点、語法、外国語、文学の知識だけではなく、さまざまな経験、たとえば旅行、ガーデニング、船、歌、配管修理、カトリック信仰、中西部、モッツァレラ、電車のゲーム、ニュージャージーが生きてくる。

(『カンマの女王 「ニューヨーカー」校正係のここだけの話』より引用)

 

特に校閲では、文字や文法の間違いだけではなく、内容に関しても突っ込んでチェックするため、かなり広範囲の知識が必要とされる。そのときに活きてくるのが、担当者の知識量。人生で経験したことがすべて活かせる職業とも言える。そう考えると、人生に無駄なことなどないのではないか。そう思えてくる。

 

まさに縁の下の力持ち

あまり表に出てくる職業ではないが、校正や校閲というのはとても重要な仕事だ。僕だって間接的にかなりお世話になっている。

 

また、僕は編集者として他の人の原稿を校正することもあるので、著者のように自分の今までの人生で経験したことをフル動員して、その原稿をよりよいものにするよう努力しなければならないなと思った次第だ。

 

この原稿に、ミスがないように、もう一度チェックしようと思う。

 

【書籍紹介】

カンマの女王 「ニューヨーカー」校正係のここだけの話

著者: メアリ・ノリス(著)、 有好宏文(訳)
発行:柏書房

校正ー規則と心情のあいだで揺れる、きわめて人間的な仕事。英語の間違い見つけます! アメリカの老舗雑誌『THE NEW YORKER』校正係による、細かすぎてユーモラスな校正エッセイ。

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