出産を控えたパパ・ママや子育て中の親は、どうやって不安や心配に対処しているのでしょうか? 本稿では、国民のおよそ94%が仏教徒で、信仰心のあつい人が多いタイに注目し、その知られざる出産事情を紹介します。
帝王切開で運勢アップ
日本の外務省によると、タイでは国民の95%が仏教徒で、残りの5%がイスラム教徒とされています。しかし、実際にはヒンドゥー教やアニミズム信仰など、さまざまな神仏を尊重する風習がこの国にはあり、そのような信仰心が出産や命名、誕生後の儀式にも深くかかわっています。
一般的に日本では、好んで帝王切開を選ぶ人は少ないでしょう。しかし、タイでは赤ちゃん10人のうち7~8人が帝王切開で生まれており、その半数は医学的な理由ではなく、主に宗教的な理由で帝王切開が選ばれているのです。
大多数のタイ人が信仰する上座部(じょうざぶ)仏教では、例えば月曜日なら黄色、火曜日なら桃色、水曜日なら緑色というように、生まれた曜日によって仏様や色などが決まっています。月曜日には黄色を身に着けている人を数多く見かけるほど、曜日ごとの色の違いはタイ人の生活に浸透しているのです。
自分の生まれた曜日を覚えている日本人はあまりいないでしょうが、多くのタイ人は自分が何曜日に生まれたかを知っています。筆者もタイ人の友人から「何曜日生まれ?」と質問されたことがあり、当然ながら答えられませんでした。
「どの曜日に生まれたから優れている」ということではありませんが、タイでは、生まれた曜日によって運勢を占う「曜日占い」に左右される人がたくさんいる、というほうが事実に近いでしょう。つまり、同国の女性の多くは子どもの幸運や成功を願うがゆえに、生みたい曜日に合わせて帝王切開を行うのです。
このような慣習を持つタイ人の間では、子どもに付けた名前を成長過程で変えることも珍しくありません。タイでは改名が簡単に行えるため、占いの結果によって子どもの名前だけでなく、産んだ自分自身や夫の名前まで変えることすらあるのです。
名前に関して驚くべき点はこれだけではありません。仏教以外の宗教や信仰にも寛容なタイ人の国民性は、子どもの命名にも影響しています。
タイには元来アニミズム信仰が存在し、森林や巨樹、土地、家屋などに「ピー」と呼ばれる精霊が住んでいると考えられてきました。「それらの精霊を供養すれば庇護を、悪い行いをすれば罰を受ける」という考え方は、現在もタイ人に強く根付いています。
中には「子どもをさらう悪い精霊も存在する」という考えに基づき、子どもにあえて動物や人間の身体的特徴などにちなんだニックネームを付けることで、我が子を守る人も存在します。「レック」(タイ語で小さいという意味)や「ムー」(豚)など、日本にはない発想から生まれるニックネームもありますが、タイ人にとっては「子どもの幸福を願う」という意味があるのです。
なお、タイ人の名前はとても長く、友人はもちろん同僚や上司であってもニックネームで呼び合うのが一般的です。タイでは名字の歴史が比較的に浅く、1913年に姓氏令が出されたことで一般市民も名字を持つようになりました。当時の人々は周囲と同じ名字を避けるために、ユニークで長い名字を作ったそう。現在でも「同じ名字を持つ人は全員親戚だ」と言われていますが、友人同士で本名を知らないことは、タイでは日常茶飯事です。
非合理的でもスピリチュアル
信仰心に由来する文化は他にもあります。「3日目まではピー(精霊)の子、4日目からは人間の子」と言われているタイでは、生後3日でお寺に行き、僧侶から祈祷を受け、生後1か月で赤ちゃんの髪の毛を剃るという儀式が行われています。
この儀式については諸説あるようですが、その中でも「母親の子宮にいたときから生えている髪の毛は汚らわしいものとされるため、それを剃ることで、赤ちゃんは強く、賢く育っていく」という説が昔から有力なようです。現在この伝統は田舎や由緒ある家柄でしか行われていませんが、筆者がタイ人の友人にこの話を聞くと、祖父母の代まではこの儀式を行っていたとのことでした。
タイの出産や育児に関する風習は日本と大きく異なりますが、日本でもお宮参りやお食い初めなど、赤ちゃんの健やかな成長を祈るための宗教的な儀式は現在も広く行われています。国が発展し、世俗化が進んでも、このような文化は残っており、むしろ絶え間なく変化する世の中だからこそ、人々の精神的な支えとなっているのかもしれません。
執筆者/加藤明日香