こんにちは、書評家の卯月 鮎です。私は日本語でも英語でもついつい語源を調べるクセがあります。語源を知ると、その言葉がもともと持っている意味合いがわかってイメージが湧くからです。
「ハラスメント」という言葉も、盛んに使われ出したころに語源を調べたことがあります。英語の「harassment」は、「harass(悩ます、嫌がらせする)」に由来し、さらにさかのぼると古いフランス語の「犬をけしかける(かけ声)」という意味があるとか。パワハラもセクハラも実害はもちろん、精神的に大きなダメージを受けるというニュアンスが語源からも伝わってます。
パワハラを10年以上研究してきた著者の分析
さて、今回紹介する新書は『パワハラ上司を科学する』(津野香奈美・著/ちくま新書)。著者の津野香奈美さんは、社会疫学者で神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科准教授。10年以上にわたり職場のパワハラ等の人間関係や上司・部下の関係性と健康に関するエビデンス(科学的根拠)を継続的に発表しています。
人間の本質を露わにするパワハラ
本書は「パワハラは悪」という単純な結論に留まらず、発生のメカニズムをデータから探り、さらにパワハラをなくすにはどうすればいいかという具体的な解決案も示しています。
読んでいて人間心理の本質が見えた気がしたのが、第2章「誰がパワハラをしているのか」。厚生労働省のパワハラ実態調査によると、パワハラ行為者のおよそ7割が上司(2020年度)とのこと。実は人は社会的優位に立つと、横柄になることが数々の研究からわかっているそうです。
例に挙げられているのが、アメリカの社会心理学者ポール・ピフらの調査。ボードゲームの「モノポリー」を、4人の被験者のうち1人だけ2回サイコロを振れるという有利な条件で遊んでもらいます。すると2回サイコロを振れる被験者は他プレイヤーに対して横柄な態度を取るばかりか、ゲーム終了後に「なぜあなたが勝ったのか」と聞くと、いかに自分が努力したかを語る傾向にあった……というのです。
制度や環境に恵まれて手にした成功を自分の努力の結果と思い込み、他人にも自己責任論を押し付けてしまう。仕事以外の場面でもこうならないよう気をつけたいものです。
また、パワハラをする上司をタイプ別に3分類する第3章「パワハラを引き起こす上司の3大リーダーシップ形態」も、わかりやすく納得感がありました。変化に適応できず、意図せずにパワハラしてしまう「脱線型上司」は、部下の新しい意見を聞き入れず、自身がしている不正行為を部下に強要することも。
部下を支配下に置く「専制型上司」は、自分のやり方を押し付け、「これをやらなかったら今度のボーナスはないぞ」といった具合に脅す、典型的なタイプだとか。
もうひとつ、管理職にいても何もしない「放任型上司」は、部下が誰かをいじめていても止めに入らないため、結果として職場環境に悪影響を及ぼす……。「ああ、あの人、これだ!」なんて上司の顔が浮かんだ人もいるのではないでしょうか。
パワハラを誘発しやすい職場環境の分析や、パワハラ上司にならないための提案など、パワハラというワンテーマながら練られた内容。
10年以上の研究成果ということもあって、調査データや資料も豊富です。時には専門用語も出てきますが、丁寧な説明がなされていて、集団で行動する際の人間の本質が露わになります。
なぜパワハラは起こるのか、その根本を知ることも、パワハラをなくすためには重要なポイント。いつかパワハラのない世界が実現するのでしょうか……。
【書籍紹介】
パワハラ上司を科学する
著:津野 香奈美
発行:筑摩書房
「どうしたらパワハラを防げるのか?」10年以上にわたる研究で、科学的データを基にパワハラ上司を三つのタイプ別に分析、発生のメカニズムを明らかにした。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。