2024年4月2日に新発売の「キリンビール 晴れ風」が、発売直後は一時品薄になったほど売れています。味の特徴は、プレスリリースによると“「ビールとしてのうまみや飲みごたえ」がありながら「飲みやすい」、新しいおいしさ”とのこと。
とはいえ、「キリン一番搾り生ビール」をはじめとする国民的ビールはどれも、飲みやすいから万人受けしているはずでは? それにぶっちゃけ、同社の「一番搾り」がライバルになってしまうのでは……?
そこで、より具体的な味の特徴を開発者にインタビュー。独特な商品名やデザインの秘密なども聞きました。
トレンドの逆を狙った“引き算”の繊細なビール
「スタンダードビールのなかで新しさを出すことがゴールのひとつで、究極の飲みやすさに振り切ったビールをつくりたいという狙いが開発当初からありました」
と語るのは、キリンビールのマーケティング部商品開発研究所、中味開発グループの東橋鴻介(とうはしこうすけ)さん。コンセプトはスタート地点から大きく変わることなく、どのように味を具現化していくかに苦心したと話します。
そう、特に今回聞きたかったのは、その“新しさ”や飲みやすさ”について。具体的には、どんな味わいを指すのでしょうか?
「例えば、飲み疲れないとか飲み飽きないといった、おかわりしたくなる味わい。また、単体はもちろん、食事と合わせても寄り添ってくれるおいしさ。様々な飲みやすさがあると思いますが、それらをとことん追求したのが晴れ風です」(東橋さん)
そのうえで着目したのが消費者の声。同社が「ビールを家庭で飲まない理由」を調査したところ、「味が好きではない」「苦味がありそう」といった味覚面が上位だったそう。そこで、雑味や不快な苦みを打ち消す製法を確立し、クリアな旨みや心地良い爽快感を付与。また、仕込みと発酵工程の工夫により、過度な酸味を抑えたスムースな口当たりを実現したといいます。
「麦芽の甘みやホップの苦みと香り、余韻の刺激といったビールの代表的な魅力をあえて目立たせず、それでいて、各味覚のバランスを調和させているのがポイントですね。これはある種ビールのトレンドと逆行した引き算の中味設計であり、つまり新しいといえるのではないかと思います」(東橋さん)
1stサンプルは、「昔のビールのコピーでダメだ!」と無念の却下
なるほど。例えば一番搾りは麦汁の甘みや旨みを感じさせてくれるビールですが、そういったわかりやすい魅力をあえて打ち出さないのが晴れ風ということですね。でも、飲んでみると味が薄いわけではなく、むしろ満足感は高く、すごくビールらしい正統派のおいしさだと実感します。
晴れ風は味の骨格がしっかりしていながら、全体的には繊細でやさしい味わい。でも正直、わかりやすい特徴を打ち消しているぶん、魅力を表現しにくいおいしさだとも思います。苦労もたくさんあったのではないでしょうか?
「はい。ひとつは、新しさの表現が難しかったです。弊社には数多くの知見がありますから、開発途中のサンプルは飲みやすい味わいになったとしても、どこか過去の製品と似通った味になってしまうというフェーズがありました」(東橋さん)
その味はキリンビールの“味の番人”である、マスターブリュワーの田山智広さん曰く「開発初期の試作品を初めて試飲した際には『あぁ、昔のビールのコピーだな。これはダメだ』と思ったこともありました」とのこと。
中華そばで例えるなら「塩ラーメン」のようなビール
しかし、トライアンドエラーを繰り返すなかで、目指す味へのヒントを発見。例えば、ホップを使うタイミングや組み合わせを考えるなど、過去には採用しなかった製法にトライできたと言います。
「ほかに苦労したのは、工場におけるレシピの正確な再現ですね。研究室レベルの少量でつくるのと、工場で量産化するのでは、難しさが全然違います。晴れ風の繊細なバランスは少しでもズレが出ると本来のおいしさが生かされないので、工場とのチームワークにおいても綿密なディスカッションを重ねました」(東橋さん)
この話を聞いたとき、筆者の脳裏に浮かんだのは、塩ラーメンの味作りを語る職人さんの熱弁です。塩は、発酵によって旨みが豊かになる醤油や味噌よりも繊細な調味料。だからダシの素材選びや作り方がより重要であり、ごまかしが利かない。ヘタな人が作るとすぐバレる。そのぶん、腕の見せ所でもあるという旨です。
では、味以外のブランディングについて。まず「キリンビール 晴れ風」という、ある種ポエティックな名称はどのような意図で決めたのでしょうか?
「まず、お客様にも世の中的にも、いい風を吹かせたいという思いがありました。また、事前の消費者アンケートでも『新規性が高く興味を持つ大きなフックになる』ですとか、『明るく爽やかなイメージがあり、気分よく飲めそう』など評価いただける声が多く、最終的に決めたという流れですね」(東橋さん)
田山さんは「晴れ風を手に取ったお客様に一番伝えたいことは、『考えなくていい、感じてほしい』ということです。このビールののどごしや香りだけでなく、音色や佇まいや口触り、あらゆる感覚を開放して楽しんでほしいです」とも語っていました。
晴れ風をあえて「一番搾り」「淡麗」「のどごし」のように味や製法をイメージするネーミングにしなかったのは、『考えなくていい、感じてほしい』という思いがあるからではないか、と筆者は考えました。世界的にも有名なブルース・リーの「Don’t think. Feel!(考えるな。感じろ!)」にも通じるわけですが、東橋さん、いかがでしょうか?
「そうですね。田山だけで決めるわけではありませんが、キリンの醸造哲学には『生への畏敬』『Brewingの精神』『五感の重視』の3原則がありますから、その理念が晴れ風にもしっかり反映されていると思います。それに味わい的にも晴れ風は、飲んでいただくことで魅力を実感できるビールですから」(東橋さん)
青緑色は缶ビールの最新トレンドカラー!
そしてもうひとつ、ブランディングで気になるのが、印象的な青緑色のパッケージ。近年、メジャーなビール類ブランドでは青や緑を積極的に使ったパッケージデザインが増えているといえるでしょう。
キリンの商品では、ノンアルコールの「キリン グリーンズフリー」が2022年に全面が緑系のカラーリングに刷新したことでも話題になりましたし、クラフトビールの「SPRING VALLEY JAPAN ALE<香>」でも、鮮やかな青緑系の色が採用されています。晴れ風にはどういった意図があるのでしょうか?
「ひとつはやはり、新しさですね。特に晴れ風はビッグネームが並ぶスタンダードビールのカテゴリーですから、お店などの売り場で並んだ際に目立つ存在でありたいという狙いがあります。なお、採用している色はターコイズブルーで、私たちとしては『晴れ風ブルー』と呼んでいます」(東橋さん)
ビールのパッケージカラーが青緑系というパブリックイメージは、ある意味新定番として認識されているともいえます。というのも、先日筆者が渋谷駅構内を歩いていたときに見た「渋谷スクランブルスクエア」の広告で、青緑色の缶ビールを持つイラストが描かれていたから。
冒頭で「一時品薄になったほど売れています」と触れましたが、事実晴れ風は発売約1か月で、キリンの過去15年のビール類新商品で最大の売り上げを達成。また、年間販売目標の4割を超える200万ケースを突破したとか。
ロケットスタートを切った晴れ風ですが、この旋風はどこまで強く吹くのでしょうか。夏はこれから、ますます目が離せません!