本・書籍
2025/3/3 19:00

世界の一流が大切にする利他の精神とは? スタンフォードの日本人校長が解く幸せの秘訣

毎日多忙な@Living世代には、仕事や人間関係など、ふとしたことで思い悩み、立ち止まってしまう瞬間もあるのではないでしょうか。

 

「何のために自分はがんばるのか?」
「私にとって本当の幸せとは?」

 

そんな漠然とした問いに鮮やかなヒントをくれるのが、スタンフォード大学のオンラインハイスクールで校長を務める日本人、星 友啓先生のベストセラー『スタンフォード式 生き抜く力』(ダイヤモンド社)です。

 

本書が伝える「生き抜く力」とは、スタンフォードに集う精鋭たちが、表面的な成功に終わらない「幸せ」のために実践する最先端の心理学にして、最高の生存戦略。先が見えない時代を自分らしく生き抜くための秘訣を、ブックセラピストの元木忍さんが聞き手となって、全3回にわたり紐解きます。

スタンフォード式 生き抜く力』(ダイヤモンド社)
世界中の天才が集まるスタンフォード大学でオンラインハイスクール校長を務める著者が、競争の激しいシリコンバレーで実践されてきた最先端科学に基づくグローバルスキル「生き抜く力」を説く。現代の成功者たちが結果を出すためにやっていること、彼らの円滑なコミュニケーションの秘訣や本当の幸せのつかみ方、未来を担う子どもたちの教育法までを、一人でも実践できるエクササイズとともに紹介している。

 

シリコンバレーの猛者たちは
「利他的マインド」を大切にする

元木 忍さん(以下、元木):2020年に発売後、教育や企業研修などの現場で話題となっている一冊ですが、さまざまな業種の企業の経営者にお会いすることが多い私も、本作には深い学びがありました。まずは本が発売された背景を教えてください。

 

星 友啓さん(以下、星):ありがとうございます。私はいまサンフランシスコ在住で、今の仕事に関わってもう20年近くになります。

 

みなさんご存知のように、サンフランシスコのシリコンバレーは有名IT企業が多く、スタートアップのメッカのようなところ。私も渡米した当初は、シリコンバレーといったら世界中の天才たちが集まり、ケンカ上等で競争を繰り広げている、そんな世界を想像していました。

 

でも長く住めば住むほど、その想像とはまったく違っているとわかってきたんです。

↑『スタンフォード式 生き抜く力』の著者であり、オンライン教育の世界的リーダーでもある星さん

 

星:私がこれまでに出会った多くのビジネスリーダーは、相手を打ち負かすような戦いではなく、お互いに助け合ったり、親身に相談にのったりといった、いわゆる「思いやり」や「利他的なマインドセット」を大切にしていました

 

実はこれが、彼らが激しい競争のなかを生き抜く力につながっていると気づき、とても驚いたんです。そのことを本に書こうと思いました。

 

本当の幸せや生きがいを感じる秘訣は
能力や評価ではなく「動機付け」にある

元木:日本で働く大人世代も、日々さまざまな競争にさらされています。ただ、日本社会では競争というと勝ち負けの話に終始してしまい、互いを認めながら共存するといったマインドはまだ発展途上な気がしますね。

 

キャリアアップして上へ上へと登りつめても、心が疲弊して働く目的を見失ってしまうような人が少なくないです。

↑聞き役を務めた、ブックセラピストの元木 忍さん

 

星:たしかにそうなのかもしれません。その原因を最近の心理学である「自己決定理論」に基づいて説明すると、日本人は「動機付け」が他者や社会から押し付けられた「外発的」なものになっているケースが多いんです。

 

私は、これが今の日本社会における閉塞感のひとつであると考えています。

 

よく「日本の詰め込み教育はよくない」などといわれますが、実は詰め込み教育自体が悪いというエビデンスは見つかっていません。本来人間の脳は、学びを求めるようにデザインされていますから

 

私たちの脳の中では、自ら学ぼうとする「内発的」な動機付けをもとに何かを学び、わかったと感じたとき、ドーパミン(幸せを感じるホルモン)が分泌されます

星:一方で、日本の教育システムは内発的な動機付けから学ぶことよりも、テストで他者と競ったり、世間的にいいとされる大学や会社を目指すといった外発的な動機付けを子どもに押し付けがちです。

 

これを繰り返すと、当初の「学びたい」という内発的な動機付けは次第に薄れていき、今度は外発的な動機付けがないと「学ぶ」ことができない状態になってしまうんです。

 

元木:興味深い話です。子どもに限らず、働く意欲をなくしている大人たちにも似たような現象が起こっていそうですね。

 

星:まさにおっしゃる通りで、最初は熱い志を持って入社してきた社員が、ノルマや出世競争といった外発的な動機付けに追われ、やる気をなくしていくのがその一例です。

 

近年は日本のスタートアップも少しずつ盛り上がっていますよね。それ自体はいいことですが、日本にはその目標が「EXIT」になっているベンチャーが多く、長続きしないともいわれます。

 

なぜなら、自分のアイデアや仕事で社会に何らかのインパクトをもたらしたいという内発的な動機付けではなく、とにかく事業を一発当てて会社を売却し、対価を得たいといった、外発的な動機付けから起業しているからです。

元木:よく経営者や重要な役割を持つ方などが陥りがちな鬱病なども、そこに関わっていますか?

 

星:そうかもしれませんね。外発的な動機付けによる行動を長く続けていると、いろいろな精神疾患のリスクが生まれやすいことも、ここ30年くらいの研究でわかってきています。

 

内発的な動機付けをいかに強くして維持するか。それは、ビジネスの世界で生き抜く力にも深く関わってくる、重要なことなのだと思います。

 

「心の三大欲求」を満たせば
「内発的」な動機が生まれる

元木:自分でも気付かぬうちに、「外発的」な動機付けからの「やりたいこと」を追い続けてしまい、いつしか自分を見失ってしまう。そんな人も実は多いのかもしれません。星さんがおっしゃっている「内発的」な動機付けって、そもそも鍛えられるものなのでしょうか?

 

星:はい、もちろん可能です。先の「自己決定理論」では、人間の心は根本的に3つのことを求めているとされていて、次に挙げる「心の三大欲求」を満たすような生き方をしていると、内発的な動機付けが得られやすくなったり、それを長く保てるようになるのです。

星:ここで冒頭の話に戻るのですが、シリコンバレーの成功者たちが実践している「利他的なマインドセットによる行動」って、今挙げた心の三大欲求をガチで満たしてくれるものなんです

 

たとえば彼らは、お互いが苦境にあるときに助け合うことがよくありますが、この「人助け」はまさに人と人の「つながり」を生む行動です。

 

さらに、その人のために何かを「できた」という感覚は「有能感」になります。そしてこれが最も難しいところですが、心から「助けたい」と思って助けてあげたなら、それは「自発性」をも満たす行動になるわけです。

 

元木:なるほど。争うことや優劣をつけること、相手を出し抜いたり陥れることで得られる成功では、心の三大欲求は満たせないというわけですね。

 

世界をリードする企業では
「自己決定理論」が採用されている

星:歴史を紐解いてみても、やはり「利他的なマインドセット」や「思いやり」こそ人が幸せを感じる秘訣だと、多くのビジネスリーダーや聖職者などが説いてきました

 

スタンフォード大学にはこの利他的なマインドセットを科学的に学べる研究所があるのですが、これはあのダライ・ラマの寄付によって創立されたんですよ。

 

元木:それは面白いエピソードです。つまりこれまでのお話は、スタンフォード大学で研究されているような最先端の心理学をもとにした、科学的な裏付けのあるお話なんですね。

 

星:はい。その通りです。これは私の芸風でもあるのですが、科学的なエビデンスをもとに説明することを大切にしています。「思いやり」とか「利他的な精神」って、やっぱり説教くさく聞こえがちですから(笑)。

 

少し前に日本へ行ったときに、わりと大きな企業の人事部の方を集めた講演会に登壇しました。そのときにも、これからの人的資本経営における「自己決定理論」の有用性について話してきたところです。

 

元木:「人的資本経営」とは、人材の価値を最大限に引き出して、企業価値を向上させていく経営スタイルのことですね。上の世代のパワハラやモラハラが横行する現在の日本では、あまりうまくいっていないという印象がありますが……。

 

星:日本の多くの企業における人的資本経営って、そのベースに使っている心理学がすでに古くなっているケースが多いんです。

 

より高いノルマを突きつけ、ガムシャラな自己実現を煽るような「モチベーション理論」に基づく人的資本経営はまさにそのひとつで、これは90年代のアメリカでよく採用されていました。

 

その結果どうなったかというと、数字ばかり見てお客さんのことを考えなくなるので、売り上げが落ちたり経営破綻に至る大企業が続出したんです。

 

一方、最先端の科学に基づく「自己決定理論」を取り入れて、人的資本経営を成功させているのがGoogleです。

星:同社が採用した「20%ルール」は、仕事時間のうち20%は自分のやりたいことに自由に使えるといったものですが、これは「心の三大欲求」でいう「有能感」や「自発性」を生み出す効果があります。

 

また、デジタル音楽配信サービスのSpotifyには部署のような概念がなく、プロジェクトベースでチームが作られています。これは人と人の「つながり」がより強く感じられたり、「自発性」が促される効果もあると思います。

 

元木:「心の三大欲求」を満たした内発的動機付けによる生き方、働き方こそ、私たちが求める「幸せ」そのものなのかもしれませんね。

 

星:おっしゃる通りで、まずは動機付けが大切な土台になると思います。

 

元木:次回はいよいよ、『スタンフォード式 生き抜く力』の根幹ともいえる、他者との上手な関わり方、ストレスフリーな人間関係の築き方について、具体的な方法をレクチャーいただきたいと思っています。星先生、ありがとうございました。

星:こちらこそ、ありがとうございました。

 

Profile

スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長 / 星 友啓

1977年東京生まれ。哲学博士、EdTechコンサルタント。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程を卒業して渡米、テキサスA&M大学哲学修士、スタンフォード大学哲学博士を修了。その後スタンフォード大学講師を経て、同大学内にオンラインハイスクールを立ち上げるプロジェクトに参加し、2016年より校長に就任。2020年には同校を全米の大学進学校1位にまで押し上げた。現在は各地での講義活動、米国やアジアに向けた教育・教育関連テクノロジーのコンサルティングにも精力的に取り組む。
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ブックセラピスト / 元木 忍

学研ホールディングス、楽天ブックス、カルチュア・コンビニエンス・クラブに在籍し、常に本と向き合ってきたが、2011年3月11日の東日本大震災を契機に「ココロとカラダを整えることが今の自分がやりたいことだ」と一念発起。退社してLIBRERIA(リブレリア)代表となり、企業コンサルティングやブックセラピストとしてのほか、食やマインドに関するアドバイスなども届けている。本の選書は主に、ココロに訊く本や知の基盤になる本がモットー。
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