私がまだ独身だったころ、痛い失恋を経験し、眠れなくなってしまったことがある。睡眠薬に頼るのは怖かったので、ハリの先生のところに駆け込んだ。すると先生は、肩甲骨の間を触り「ああ、こんなに腫れて。これじゃあ眠れないでしょう」と言った。人間、精も根も尽き果てると、そこがコるのだという。
天使が羽ばたくところ
肩甲骨の間周辺にハリやお灸をしていただいたら、その日からぐっすりと眠れる日々が戻ってきた。ストレスは体にも影響を及ぼすのだと知ったのは、その時だった。心の痛みなどどこにも現れることはないだろうと思っていたけれど、肩甲骨の間は悲鳴をあげていたのである。ハリの先生は、肩甲骨は、天使の羽の名残りとも言われることがあるんだよ、と教えてくれた。背中に逆三角形の形で張り出す美しい2つの骨は、言われてみると確かに羽のようにも見える。そして肩甲骨の間がコっていたら、上手に羽ばたけないよね、とも言われた。
私は目を閉じ、精一杯頑張っても手に入れることができなかった恋について考えた。彼は二股をかけていた。どうしたら私だけの彼になってくれるのだろうと独占欲に苦しんだり、彼と連絡がつかない時は、あの子のところにいるのかなと悩んだり。溜まるストレスに耐えかねて、私はその恋から降りた。ライバルがいなくなればいいのにと考えてしまう自分がいやだった。ネガティブな考えに振り回されていた私は、飛ぶことができないくらい肩甲骨の間を腫らして、地面に突っ伏して泣いていたのだ。
肩甲骨の神秘
自力整体指導員のたんだあつこさんは著書「寝たまま肩甲骨はがし」(主婦の友社・刊)で、肩甲骨の周りには32もの筋肉が集まっているので、それをほぐすと、心身にとても良い、と説いている。興味深いことに、こちらでも肩甲骨は「飛行機でいう羽の部分」と、説いている。そして、左右の羽のバランスが崩れていると、まっすぐに飛ぶことができなくなるとも。
肩甲骨周りのコリが取れると、呼吸が深くなるので、心が安定するのだとか。逆に言えば、肩甲骨周りがコッている人は、呼吸が浅くなり、心が不安定になる可能性があるということかもしれない。遠い昔の私が眠れなくなったのは、やはりストレスで肩甲骨周りにコリができていたのが大きな原因だったのだろう。
寝て転がるだけ
たんださんが推奨するのは、肩甲骨はがし。はがすというのは、つまり、筋肉のコリ取り、肩甲骨を動きやすくさせるという意味だ。やり方はとても簡単だ。
ダンゴムシと呼ばれている基本動作は、あお向けに寝転び、両ひざを両手で抱え、そのまま身体全体を右に左にとゆっくりごろごろさせるだけだ。この動きで、筋肉はほぐれ、腰痛やダイエットにも効果があるとされているという。しかも10〜30秒でいいらしい(気持ちがよければもっと続けてもいいそうだ)。
せっかくなので私は、この基本動作に加え、猫背や全身疲労を取るポーズもやってみた。縦に巻いたバスタオルを背骨の下に、背骨に沿って入れて寝転び、ひざを立て、両腕を組んでゴロゴロ左右に転がるだけだ。なかなか気持ちが良かったので、多分、5分以上ゴロゴロしてしまったと思う。
簡単なのに効果あり
そうしたら翌日は、肩甲骨周りが痛い。筋肉痛になっていたのだ。これくらいで筋肉痛になるなんてと苦笑したけれど、なんと翌々日に効果が早速出た。道を歩いている時、普段よりも肩が真横に伸び、胸をぐいっと張ることができたのだ。肩甲骨が動いているのがはっきりとわかった。逆にいえば今まで全然動いていなかったのだと思う。
この本には14の症状別の肩甲骨はがし体操も紹介されている。人によって効果はさまざまだとは思うけれど、時間もお金もかからないので、試してみるのもいいかもしれない。
私はいま、失恋しているわけでもないけれど、やってみたら肩甲骨周りが明らかにコっているのがわかった。人間は知らず知らず羽ばたかせるべきところにストレスを溜め込み、自らの動きを封じてしまっているのかもしれない。しっかりほぐし、姿勢を正し、人生という空を常に生き生きと飛び回っていたいものである。
(文・内藤みか)
【参考文献】
寝たまま肩甲骨はがし
著者:たんだあつこ
出版社:主婦の友社
肩甲骨関係の体操はストレッチからダイエットまでいろいろありますが、寝たままでできるのがこの本のポイント。仰向けになって、ゴロゴロするだけという、驚くほど簡単な体操です。さまざまな体の不調が消えて、痛みの予防にも役立ちます。運動嫌いの人でも、80代、90代の高齢者でも、ラクラクできて、効果が大きいのが魅力。基本のやり方と、症状別に14のやり方を紹介。改善する症状は、肩こり、腰痛、背中痛、ストレス、自律神経、冷え、便秘、脚の疲れ、脚のむくみ、下半身太り、頭痛、高血圧など。寝たまま肩甲骨はがしのおかげで、「70代でも若い子といっしょに駅前のコンビニで働けます」と喜びの声も!
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