私はなぜか子どもの頃に「ムーミン」のアニメが好きで好きでたまらなくて、グッズを親に頼んで大量に買ってもらった記憶がある。周りの友人が戦隊モノやジャンプのマンガなどに没頭している中で、私だけひたすら「ムーミン」LOVEであった。
ちなみに、学研のオカルト雑誌「ムー」の読者のことを「ムー民」と言う。私は「ムー」の愛読者でもあったので、「ムーミン」が好きでなおかつ「ムー民」でもあったのだ。
ムーミン谷は究極の理想郷である
「ムーミン」の世界観は平和そのものである。ムーミン谷で暮らすムーミン一家は、「サザエさん」を超越した究極の家族の理想像ではないだろうか。
ムーミンパパはかっこいい。ムーミンとその仲間たちはいつも森に行ったりして遊んで暮らしている。ムーミン谷には学校がないので、彼らは宿題に悩まされることもないのである。
スナフキンは放浪生活を送っているが、金がなくとも優雅な暮らしをしているように思える。私もスナフキンみたいになりたいものだ。
ムーミン谷は大いなる理想郷なのである。
イメージと違うムーミン
さて、私をはじめ多くの日本人は、「ムーミン」の世界観をアニメやキャラクターグッズを通じて知った人が大半ではないだろうか。原作を読んだことがあるという人は意外に少数派かもしれない。
そんな「ムーミン」の原作がアニメと大きくかけ離れているということを、『誰も知らないムーミン谷』を読んで初めて知った。著者は原作となった児童文学に描かれたムーミンを初めて見たときの衝撃をこのように記している。
アニメの愛らしい姿とは違う、まるで別人のようなムーミンの挿絵でした。とくに一作目では、ムーミンの大きな瞳は小さく描かれ、どこか苛立っているようにも、悲しんでいるようにも見えます。
(『誰も知らないムーミン谷』より引用)
さっそくネットで検索してみた。なるほど、原作の挿絵はなかなかシュールで、どこか不気味ですらある。我々が抱いているかわいいムーミンのイメージは、アニメによって形作られたものであることは間違いないようだ。
謎だらけの世界観
ムーミンはその姿がしばし「カバ」のようだと言われている。カバではなくとも、何か動物だろうと思っている人は多いかもしれない。結論から言えばカバではないし、動物でもない。「ムーミントロール」という“妖精”ということになっているようだ。
子供のころは特に意識しなかったが、大人になってみると「ムーミン」の世界観には実に謎が多いことに気付かされる。そもそも、ムーミン谷っていったいどこにあるのか。地球? それともまったく別の惑星?
ムーミンは、普段は全裸で動き回っているくせに海に入るときは海パンを履く。よく考えるとムーミンママも全裸にエプロンである。このような独特の文化の起源はどこから来たのだろうか?
ムーミン一家はどうやって生計を立てているのか?
疑問が次々に浮かんでくる。
多くを語らなかった作者
筆者によると、原作者のトーベ・ヤンソンはあくまでも読者の想像に任せるというスタンスをとっていたため、生前に世界観について多くを語らなかった。そのためだろう、ネットで調べてみると「ムーミン」にまつわる都市伝説は数多く存在するのだ。
本著はそういった謎の一端を解明しようと試みた本だ。しかし、本著を読んだ後も結局謎は謎のままで、「本当のところはどうなの?」と疑問が残った。もっとも、さまざまな読み方ができる点こそが「ムーミン」の奥深さであり、名作たるゆえんなのかもしれない。
(文:元城健)
【文献紹介】
だれも知らないムーミン谷 孤児たちの避難所
著者:熊沢里美
出版社:朝日出版社
原作をめぐっては、これまでも冨原眞弓さんをはじめ、多くの研究書や関連本が出版されてきました。しかし、ムーミンの世界は、読者それぞれが受け取ってくれればよいので、あえて趣旨を語らないという著者トーベ・ヤンソンの意向があり、その意向を尊重する研究者の配慮がなされてきました。そのため、あらすじをたどる表面的な指摘に止まるものが多く、原作の内容に踏み込んだ読解は、いまだに充分とは言えません。それでは、アニメの平穏な世界だけが記憶され、原作のユートピアは理解されず、あまりに勿体ないのではないか、と私は思うのです。今回、私はみなさんに原作(児童文学)を読み解くことで「(原作の)再生後のユートピア」をお伝えし、さらに「(アニメの)省略されたユートピア」に隠された本当の魅力を知ってもらいたいと思い、文章にまとめてみました。」(まえがきより)