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歴史
2018/4/4 6:00

文字から見えてくる天下人の人柄――伊集院 静が語る偉人たちの書

綺麗な文字を書く人を私は無条件で尊敬してしまう。なぜなら私の書く文字は時として自分でも何と書いたのがわからなくなってしまうほどの乱筆だからだ。ある編集者から「ワープロやパソコンは君のような人のために生まれたようなものだな」としみじみ言われたこともあるくらいだ。

 

だからこそ他人の書いた文字にはとても興味がある。『文字に美はありや』(伊集院 静・著/文藝春秋・刊)を思わず手に取ったのもそのような理由からだ。本書は歴史上の偉大な人物たちが書いた文字を一挙に紹介し、伊集院氏がわかりやすく解説した一冊。文字の誕生から現代のロボットによる書まで、すべてを教えてくれる。

 

 

 

龍馬の恋は「龍」の一文字からはじまった

人の手が書く文字、書というものは、そこにその人の気持ちがあらわれるものだという。

 

幕末の英雄、坂本龍馬は生涯に多くの手紙を書いたが、現存するものは130通あまりだそうだ。龍馬の文字の特徴は躍動感があり、ひらがなは特に自由奔放だと伊集院氏は解説している。本書には龍馬の手による「龍」が載っている。

文字の勢いは義之の書の勢いを感じさせる。龍馬が幼少で学んだ手本の文字が義之の書であったかは定かではない。定かではないが、『千字文』(子供が書を学ぶために作られた異なる千字の漢字で構成された手習い文)を見て書いていれば、その基本は遣唐使たちが持ち帰った王義之の文字である。

(『文字に美はありや』から引用)

 

さらに、お龍との恋も「龍」の一字からはじまったらしい。お龍が茶を運んできた折、龍馬が彼女に名前をたずねると、お龍は龍馬の手のひらに”龍”の文字を書いたとの逸話があるそうだ。

 

英雄はくすぐったくも嬉しくもあったろう。「そいはわしの”龍”と同じじゃきい」龍馬が叫んだかどうかは知らぬが、 義之の”龍”を医者の娘である龍も手習っていたことは十分考えられる。

(『文字に美はありや』から引用)

 

さて、龍馬もお龍も手本としたらしいのが王義之の書。“書聖”と呼ばれている人は、今も昔もこの王義之ただ一人だそうだ。

 

 

王義之の前にも後にも彼を超える書家はあらず

今、私たちが目にする高級料理店のメニューの文字、仕舞ってある卒業証書の文字、麻雀牌の“九萬”の字……、などなどの手本になっているのが王義之が書いた文字と言われている。

 

“書聖”と呼ばれるのは世界で彼一人。西暦303年に生まれた人だからおよそ1700年後の今日まで彼の文字は峰の頂にいるのだ。音楽、絵画、小説などの創作分野で一人の作品が範であり続ける例は他にはない。王義之の生きた時代が書の草創期だったこともあるが、楷書、行書、草書のすべての字を残し、以後、現代に至るまで皆がこれにならってきたのだ。

 

ところが、その真筆は世界中のどこにも存在しないという。それは中国の歴代皇帝が彼の書を欲しがり、唐の太宗などは中国全土に散在していた義之の書の収集を命じ、手に入った名品を宮中の奥でかたときも離さず、没すると陵墓に副葬させてしまったのだそうだ。このような愚行が王義之の書を幻にしてしまったというわけだ。

 

しかし、その模写は残った。唐時代の初期、模写専門の職人が素晴らしい模本技術を開発、髪の毛1本の細さを重ねて書の筆の勢い、カスレまでを再現したのだそうだ。これが大評判となり、日本からやって来ていた遣唐使たちも持ち帰った。こうして王義之の文字が海を渡り、日本における書、字体の手本となったというわけだ。

 

この本では王義之の最高傑作と呼ばれる『蘭亭序』についても詳しく解説されている。

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