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2018/8/9 23:00

大阪で海老蔵に「にらまれた」話――『團十郎と海老蔵』

8月4日、小林麻耶アナウンサーが結婚を機に仕事を辞めて主婦業に専念すると発表しました。その時、私の頭をよぎったのはかつて大阪の松竹座で行われた市川海老蔵の舞踊会のシーンでした。

 

 

2009年 春

あれは、2009年の春のこと…。大阪で新型のインフルエンザが猛威をふるったことがあります。新型のためワクチンも効き目がないとのことで、皆が不安に陥っていました。大阪への出張を自粛する会社まであり、関西在住の私としては、鬱屈した思いになりました。

 

その頃、東京で大事な会議がありました。1年も前に決まっていたスケジュールでしたし、体調も良いので出かけたのですが、「関西から来たの? 休めばいいのに。移さないでよ」、言われました。冗談ではなく、本気で迷惑がられているのがわかり、ひそかに傷つきました。

 

 

海老蔵がにらみにやって来る!!

暗い気分で神戸の家に帰ると、友達から連絡がありました。「市川海老蔵が大阪の松竹座で特別舞踊公演に出演するわよ。そのとき、大阪の人をにらんでくれるらしいよ。行っておいでよ」というのです。

 

「にらんでくれる?」

 

訳がわからず煩悶する私に、歌舞伎通の彼女は教えてくれました。にらみとは、目をぐっと中央部に寄せ、より目の状態で客席をにらむことをさします。単なるポーズではなく、悪者や病気を祓うために行われる厄払いの儀式で、市川家に代々伝わるものだそうです。

 

人気者の市川海老蔵がインフルエンザ騒ぎの大阪にわざわざやってきて、予定になかったにらみを披露するというのですから、これは行かずにはいられません。

 

私はあわてて席を予約しいそいそと出かけ、海老蔵の「にらみ」をこの目で見ました。それが良かったのでしょうか。猛威をふるったインフルエンザに、かからずにすんだのです。

 

 

にらんでいたから、頑張ることができたのでは?

以来、ずっと勝手に恩義を感じていたのですが、小林麻央さんが病気になったという報道があり、よけいなお世話と知りながら、お気の毒で仕方がありませんでした。ちょうど家族に病人がいたこともあって、胸に迫りました。とても他人事とは思えませんでした。

 

けれども、私は考え直しました。きっと市川海老蔵は毎日、愛妻をにらみににらんで、病気を撃退するよう頑張っているだろうと思ったからです。残念なことに、闘病の末、麻央さんは亡くなりました。けれども、最期の最期まで頑張り周囲の人を励まし続けたといいます。これも一種の癒やし、言い換えればにらみの力ではないでしょうか。

 

 

市川宗家とは何なのか?

團十郎と海老蔵』(江宮隆之・著/学研プラス・刊)は、團十郎と海老蔵という歌舞伎界でも特別な大名跡について事細かに教えてくれる本です。おかげで私は、おぼろげにしかわからなかった團十郎と海老蔵の世界に踏み込んで、理解することができました。

 

市川家は歌舞伎界の最高権威の家として尊敬を集める特別な家です。「市川宗家」と呼ばれ、他に類を見ない存在として君臨しています。著者・江宮隆之は、尊敬をこめて團十郎と海老蔵を調べ上げ、代々の歴史について、詳しくわかりやすく解説しています。

 

江戸時代の初代から現代の十二代目まで、歌舞伎役者・市川團十郎(海老蔵)の歴史は、そのまま歌舞伎そのものの歴史であるといっても決して過言ではありません。

歌舞伎界の市川家では、市川團十郎と市川海老蔵という名前が最も大事な名前です。現代の市川家では、新之助、海老蔵、團十郎というように名前を変えていく方法を取っています。まるで成長する度に名前を変える出世魚のような世界ではありませんか。

(『團十郎と海老蔵』より抜粋)

 

 

初代から12代まで、そして、13代へつながる道

著者は豊富な資料にあたり、初代團十郎から十二代團十郎までを描ききりました。どの人が一番魅力的かは人によって違うでしょう。長命な人もいれば、若くして亡くなった方もいます。

 

それぞれの團十郎が極めて強い個性を持っていて、すべて紹介したいところですがかないません。『團十郎と海老蔵』を読んで、理解を深めていただきたいと思います。

 

私はといえば、初代・團十郎の人生に驚かされました。

 

「荒事」と呼ばれる芝居を得意とし、時代の寵児となった役者です。「にらみ」を開発したのも初代だとか…。ところが、あろうことか舞台に出演中、役者仲間に刺し殺されたというのです。あまりにも衝撃的な最期ではありませんか。

 

現在の市川海老蔵は、脈々と続くこうした先達の芸を継承しながら13代團十郎を襲名することになるのです。それも愛妻の助けなしに…。本当に大変だと思います。重責に押しつぶされそうなときもあるに違いありません。

 

けれども、彼はこれまで伝統を守りながらも新しい舞台を目指して、アメリカ公演やパリ公演にも挑戦し大成功をおさめています。13代の襲名披露がどんなものになるのか? そもそもどこでやるのか? いつやるのか? 考えただけでもワクワクします。13代團十郎の誕生を楽しみに待ちたいと思います。

 

【書籍紹介】

團十郎と海老蔵

著者:江宮隆之
発行:学研プラス

團十郎という名跡は海老蔵が襲名するものと思われがちだが、過去には團十郎引退後に海老蔵を名乗った人物も多い。初代から未来の13代まで、歴代の團十郎の数奇な運命と襲名の舞台裏を紐解きながら、なぜ團十郎は特別なのか? 大名跡のもつ数々の謎に迫る!

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