かれこれ10年ほど前まで、私は出版社の広告部に在籍していた。
雑誌の表紙裏や雑誌の中面に載せる広告を取ってくるだけでなく、クライアント(広告主)から広告料をいただき、編集部が商品の記事を作るタイアップ広告も多く担当していた。
そのため、見本誌(一般に書店に並ぶよりも前に、関係者用に届けられるもの)が出来上がるとすぐに、自分の担当しているクライアントのページを念入りに確認する。印刷にズレがないか、色は綺麗に指示通り出ているか、タイアップ広告の場合は内容に間違いがないか。
部内に見本誌が届くと、広告部員は一様に、担当しているページを細かい部分までチェックしていたものだ。
化粧品業界は、色味に特に厳しい!
化粧品など美容系のクライアントの場合は、モデルの肌の色や商品の色味を細かくチェックされるので、見本誌の中でもより美しく印刷されているものを選んで、広告代理店やクライアントに届ける。
過去に一度、「見本誌をすぐに20冊届けて!」と広告代理店のお姉さまから連絡を受け、言われた通り、綺麗に印刷されている物を厳選して宅急便の手配をし、ホッと一息ついていたところ、「まだ届かないんだけど!」との電話が。
もう手配しましたけど…と思っていたら、「宅急便? 何言ってるの、それじゃあ遅いわ、バイク便よ!!」とお叱りを受け、大慌てで再度見本誌を手配した記憶が。業界でも有名な、美しくて仕事がデキる、なおかつ恐ろしいお姉さまだったので、それ以来、連絡をするだけでも戦々恐々としていたものだ。
我が人生最大のトラブル!「シミが濃くなる」サプリって…
毎回、印刷ミスがないかを隈なくチェックしていたが、ある日、信じられないような大事件が起こった。
あれは大阪に出張しているとき、打ち合わせ中にかかってきた一本の電話から始まった。「○○の掲載誌、見ましたか? 今すぐ確認して折返しください!」と早口で残された留守電。相手は広告代理店の担当者。嫌な予感がする。
あわてて本屋に駆け込んで、その雑誌を購入、該当ページを開くがパッと見たところはどこにトラブルがあったのかわからない。見本誌が届いた段階でも、取り立てて間違いは見つけられなかった。
多くの人が行き交う阪急三番街の片隅で、雑誌を片手に急いで電話をすると…「”シミが濃くなる”ってどういうことですか!」という、担当者の怒鳴り声を通り越した怯えた声。
実は、このときタイアップで紹介していた商品は、飲むだけでシミに効果があると人気のサプリメント(正確には医薬品)。それを高らかにアピールしたつもりが、なななんと、タイアップページの見出し部分に「シミが濃くなる」と書かれていたのだ。
初校(最初に印刷会社から出てくる校正紙)から再校(修正指示が反映された校正紙)、校了(これで印刷に進めてOK!という状態)に至るまで、「シミが濃くなる」などという表記は一度も目にしていない。まったくもって、ありえない。でも、現実に起こってしまった。
もう、その後のことはあまりよく覚えていないが、上司に電話して事の次第を伝え、担当者には平謝り、東京に戻ってからはクライアントにも謝罪に向かった。いま思い出しても、ゾッとするトラブルだった。
そして、人間の目は細かい文字は注意してチェックするが、大きめの文字の方が、意外に間違いに気づきにくいということを実感した次第だ。
印刷事故はなぜ起こる? 「先祖返り」の怪
結局、印刷会社から事の経緯を説明した文書が届き、お互いの会社の偉い人同士でなんとか話をおさめたようだが、なぜ、よりによって、「シミが薄くなる」を「濃くなる」に間違えたのか。いまだに腑に落ちていない。
だが、ある本を読んで、その理由が少しわかった気がした。GetNavi webの連載マンガ「今日も下版はできません!」をまとめた『いとしの印刷ボーイズ』(奈良裕己・漫画・文/学研プラス・刊)がそれだ。
筆者の奈良さんは、元印刷会社営業マン。印刷、出版、広告、宣伝など、紙もの業界に関わる人なら必ず「あるある!」と笑って泣けるリアルな体験が描かれた人気の一冊だ。
この漫画に、修正の指示がないのに画像が入れ替わっているトラブルの話があった。クリスマスケーキのカタログ印刷を進行中、正しい写真に差し替え指示を出したはずなのに、最後の最後、念校の段階で、なぜか初校時の古いケーキの画像データに差し替えられていた、という内容。これを、通称「先祖返り」というらしい。
先に紹介した私が経験した印刷トラブルは、なんでもデザイナーさんがはじめ「シミが濃くなる」と仮で入力していて、その後「シミが薄くなる」に修正していたものが、なぜか印刷段階になって、最初のデータに戻ってしまっていたようだ。そうか、あれも先祖返りだったのか…。世の中は、本当に予期せぬことが起こるものだな…。南無阿弥陀仏。
雑誌の印刷ミスであろう箇所を見つけると、なぜか楽しい!
ここまで極端な間違いは稀だとしても、私たちが普段手にしている雑誌を見ていると、時に「あれ?」と思う印刷ミスを見つけることはないだろうか。
たとえば、ストライプなどの規則正しい柄が、なんだか目がチカチカするようなモワ―っとした模様になっていたり、見開きページの中心部分がズレていたり、ページ番号が切れていたり、カラーページに何かが垂れたようなシミができていたり、テレビで見るのと明らかに頬のラインやウエストの細さが違うアイドルのグラビアページがあったり…。
これらがなぜ起こるのかは、『いとしの印刷ボーイズ』を読めばスッキリ謎が解ける。自分が担当するクライアントのページでなければ、印刷ミスは逆にレアなケースとして面白く受け止められるものだな。
というわけで、いろいろ痛い目にもあったが、今となってはいい想い出だ。日夜奮闘する印刷会社の方々に敬意を評して、この本をおすすめしたいと思う。印刷業界や出版業界、広告業界を志す若者にもぜひ読んでほしい一冊である。
【書籍紹介】
いとしの印刷ボーイズ
著者:奈良裕己(BOMANGA)
発行:学研プラス
ゲットナビウェブで大人気のウェブ漫画がコミック化! 中堅の印刷会社「ナビ印刷」を舞台に、毎回起こる印刷事故に現場はてんやわんや。印刷業界のみならず、デザイナー、チラシ制作会社、メーカーのカタログ担当と幅広い層から絶賛の声が出ています。