本・書籍
2019/3/1 17:00

年1000冊の読書量を誇る作家が薦める、「正義」について考える5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史作家・谷津矢車さん。今回は「正義」をテーマに様々なジャンルから5冊を紹介してもらいます。

 

あらゆるところから声高に「正義」が叫ばれる今日。あたなの「正義」とはなんなのかを、見つめ直す一冊が必ず見つかるはずです。


 

正義とは酒のようなものである、というのがわたしの持論である。

 

人をいい気分に酔わせ、まるで全能の力を有したかのような錯覚を抱かせる。適量摂取する限りにおいては人を快活にさせるが、多量の摂取は心をかき乱し、摂取が常態化すれば心そのものを歪めてしまう。

 

と書くと、「谷津は酒が嫌いなのかな」と思われるかもしれないがさにあらず。わたしは酒が大好きで、よく飲みに行くクチである。ただ、大好きであるがゆえに、酒の恐ろしさについてある程度理解しているつもりでもいる(それだけ酒の上の過ちも犯している)。そして一市民であるわたしは酒と同じ程度には「正義」を愛しているが、酒と同じく、その付き合い方には細心の注意が要るのではないかというのがわたしの立場である。

 

さて、今回の書評のテーマは「正義」である。しばしお付き合いいただきたい。

 

 

「義の人」上杉謙信の実像にせまる

 

 

「義の人」として筆頭に名前が挙がる人物といえば、上杉謙信であろう。軍記物や上杉家の家譜などで描かれた「生涯不犯の義の武将」のイメージは、小説、漫画、ゲームなどでも再生産が続いているから、読者の方の中にもそういった謙信像をお持ちの方も多いであろう。

 

だが、もし、この「義の人」像が作られたものであったとしたら……?

 

2018年、上杉謙信の実像に迫る新書が発売された。「上杉謙信 「義の武将」の激情と苦悩」(今福匡・著/星海社新書・刊)である。本書は軍記ものや後世編纂された家譜といった二次史料での論証を極力抑え、往時発行された手紙や文書といった一次史料から上杉謙信の実像に迫ろうという実証的な立場から謙信に迫っている。そうして提示された謙信像を眺めてみると、「義の武将」と殊更に持ち上げられるほど、義に篤い風は受けない。やはり上杉謙信もまた、戦国時代を生きた一人の大名であったのだと気づかされると共に、「義の人」というイメージは後世の付託であることを思い知らされることになる。上杉謙信の新たな像を描き出した一般向け書籍といえよう。

 

 

「正義」がもつ残酷さとは?

 

正義は人を酔わせ、破滅へと導く。

 

そんな正義の一側面を切り出して見せたのが、「絶対正義」(秋吉理香子・著/幻冬舎・刊)である。

 

かつて高校の仲良しグループであった女性たちのもとに、かつての友人であった範子から結婚式の招待状のような手紙が届いたことから始まるこの小説は、範子が既に死んでいるという事実が早々に明かされることで序盤から不気味さと共に興味を掻き立ててくる。そして、かつての同級生たちの目から見た範子の危うさが描かれていく。

 

この範子というのが曲者なのだ。法的に正しいことが正義、触法行為が悪、そして悪を糺すことが正しいという明解な正義感を有している彼女は、ことあるごとに己の正義を行使してゆく。一見すると彼女は正しくも見える。だが、彼女の行ないは白黒つけづらいグレーゾーンにまで立ち入り、皆が目をつぶって済ませている部分にも厳密なジャッジメントを下してしまう。彼女の行ないは(法的な見地からは)絶対的に正しいがゆえに誰も表立って文句は言えないが、多くの人を傷つけ、反感を持たれてゆく。

 

本書はミステリ的な結末を持った作品なのでネタバレはこれ程度にした方がいいだろう。だが、行き過ぎた正義の様相を範子という存在に集約させた本作は、「正義」の持つ様々な横貌を告発しているともいえる。

 

 

政治的スタンスとしての「正義」

 

 

政治的スタンスもまた、「正義」の器なりうるものだ。

 

歴史を紐解けば、政治的スタンスの違いによって人が争ってきた事例は枚挙にいとまがない。三十年ほど前まで存在した東西冷戦などは政治的スタンスの違いを端緒にした世界的緊張であったといえる。

 

さて、ここのところ、アメリカではある政治的スタンスが伸長しているらしい。そんな動きを描き出した本がこちら、「リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義」(渡辺靖・著/中公新書・刊)である。

 

日本ではあまり聞き慣れない言葉だが、リバタリアニズムとは、保守でもリベラルでもない政治的スタンスのことである。個人の自由を重視しかつ経済の自由を重視するというそのスタンスは、前者においてリベラルに、後者において保守に近い立場であるとされる。本書はそんなリバタリアニズムが広がりつつある地域(とくにアメリカ)に取材し、様々なリバタリアンの社会的アクションを紹介している。

 

本書にも指摘があるが、日本の保守―リベラル観には一種のねじれがある。ある意味で、戦後日本は保守―リベラルという枠組みを表層的に取り入れてレッテルとして用いたことによる混乱なのであろう。本書はそんな日本の状況を「リバタリアニズム」という世界の政治潮流から逆照射するという機能をも果たしている。

 

 

一人一人に「正義」のカタチはある

 

正義の形は人それぞれだ。そのぶつかり合いが人間社会であるし、物語でもある。

 

脳科学捜査官 真田夏希」(鳴神響一・著/KADOKAWA・刊 2019年2月現在シリーズ3巻まで刊行)は、個人個人の正義のぶつかり合いを楽しむことができる小説だ。

 

神奈川県警の心理職特別捜査官である真田夏希が、インターネット、SNSで犯罪予告をする劇場型犯罪の犯人と接触して愚挙を止めようとするネゴシエーターものである。本書の見どころは現実とは違った力学やトレンドを有しているサイバー空間で顕在化する犯罪に戸惑いながらも主人公の夏希が奮闘するところにあるのだが、本書は他の箇所にもストーリー上の緊張がある。他の捜査官たちの正義との衝突である。

 

夏希には夏希なりの正義感がある。だが、各捜査官たちもそれぞれの正義感を胸に秘めつつ行動している。それゆえに捜査官たちと時に対立をしてしまう。だが、事件を追う中で、夏希はそれぞれの正義を理解し始め、尊重しながら、けれど絶対に引けないところでは一切引かずに我を通す。本書は犯人との対峙をメインに楽しむ作品ではあるが、他の正義を有している同僚・仲間たちとの「正義の正面衝突」にも読みどころがある作品なのである。

 

 

更新されていく「正義」の性質

最後にご紹介するのは漫画から。「彼方のアストラ」(篠原健太・著/集英社・刊)である。人類が宇宙進出を果たした未来、学校行事であった“惑星キャンプ”のためにある星にやってきた少年少女たちが突如謎の球体に襲われ、見たこともない氷の惑星の上にワープさせられ……というところから始まるSFサバイバル漫画である。少年少女たちを抹殺しようとしている者の存在、現代的でテンポのいいギャグ、そしてどんでん返し……。とにかくストーリー構成と展開が巧みで高い評価を得ている。今更このような有名作(アニメ化も決定した由である)を紹介するのは、今回の書評テーマが「正義」だからに他ならない。

 

本書では、ある人物の歪んだ正義、そして作品世界全体を覆う正義が提示されている。どちらの正義にも一定の理があることは示されている(特に作品世界を覆う正義に関しては、こういう風にせざるを得なかったのであろうなと思わせるだけの積み上げが作品内でなされている)にも拘らず、それでもこの正義に少年少女たちは反旗を翻す。なぜなら、それらの正義は、少年少女たちの未来には必要のないものだからだ。

 

本書は、姿を変え、更新されていく正義の性質を描き出している。そして、その変革をもたらす原動力は、いつだって若人たちなのだ。

 

正義は絶対的なものではない。中にはそのように振舞う正義もあるが、長い目で見れば、いつか風化し、新たな正義に取って代わられる。誤解を恐れずに言うなら、正義とは時代時代で推奨される振る舞いのトレンドなのだ。

 

もちろん、正義をすべて投げ捨ててしまえとは言えない。だが、正義は酒なのだ。深入りすることなく、程よく付き合う程度がちょうどよいのである。

 

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作「奇説 無残絵条々」(文藝春秋)が絶賛発売中。