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2019/3/26 6:00

Twitter文学賞国内編1位! 終戦直後のベルリンの描写に圧倒される――『ベルリンは晴れているか』

娘がフランスの公立高校に通っていたとき、交換留学でベルリンの少女をわが家に迎えたことがある。

 

フランスとドイツの学校の交流はとても盛んで、互いの言語と文化を学ぶために生徒たちはクラスごと両国間を移動する。あらかじめ性格や趣味などを考慮して教師が相性の良さそうな生徒を組み合わせ、ホームステイをさせるのだ。わが家には金髪のロングヘアが綺麗なスサナという15歳の少女がやってきた。

 

フランスへの留学なのに、フランス人家庭ではなく日本人家庭にステイすることになってしまい、当時はとても申し訳ない気持ちになったものだ。が、他のクラスメートのほとんどがその場限りの付き合いで終わったものの、娘とスサナは意気投合し、よい友だちとなり、今も交流を続けている。日本人とドイツ人、共に第二次世界大戦の敗戦国だ。戦争を知らない子どもたちだが、何か気持ちに通ずるものがあったのかもしれない。

 

 

敗戦後のベルリンに起こったこと

交換留学を前にした学校の父母会で、フランスの教師たちはきっぱりとこう言っていた。

 

「ベルリンの子どもたちには、かつて家族が東だったのか? 西だったのか? など、プライバシーにかかわる過去についてはいっさい聞かないでください」と。

 

敗戦直後ベルリンは旧ソ連、アメリカ、イギリス、フランスに分割統治され、やがて冷戦時代にはベルリンの壁が市民たちを東西に分断してしまった。ベルリンには思い出したくない重い過去を抱えた家族が少なくないのだろうと思った。

 

ベルリンは晴れているか』(深緑野分・著/筑摩書房・刊)は、敗戦直後の廃墟と化したベルリンの街と市民に何が起こり、どんなだったのかを私たちに伝えてくれる本だ。

 

第二次世界大戦とナチスの時代、そしてホロコーストを扱った本や映画はそれこそ山ほどあるが、日本人の作家が日本人の登場人物なしに、見事な描写で当時のベルリンを描き上げたのはこの本しかないと私は思う。ミステリー小説だが、主人公と共に1945年の7月のベルリンを歩いている気分にさせてくれるのだ。

 

 

自由を求めて戦う17歳のドイツ少女

主人公はアメリカ軍の慰安用兵員食堂のウエイトレスとして働くアウグステという17歳のドイツ少女。

 

共産党員だった両親はナチスの犠牲となり、たったひとり残されてしまった。ナチスはユダヤ人だけでなく、ポーランド人やスラヴ人、そしてドイツ人であっても病人や障害者、共産党員までをも迫害したのだ。

 

物語は、アウグステの恩人にあたる男が、ソ連領域内で、アメリカ製の歯磨き粉に含まれた毒で不信な死を遂げたことからはじまる。男の甥にその訃報を伝えるためにアウグステは、元俳優で泥棒の陽気な男とともに瓦礫の山となったベルリンの街を東から西へと歩いていくのだが、その描写力がすごいのだ。

 

数十人の瓦礫女たちが、角砂糖にたかる蟻さながらに瓦礫の山へ登り、小さなバケツを順繰りに運んでいく。こうして生活している人々がもし一斉に消えてしまったら、いつか”滅亡した文明都市”という見出しでどこかの国の教科書に載るだろう。古代ローマや古代ギリシアの遺跡みたいに、半壊して中身が丸見えになった石の建造物の群は、いかにも文明の黄昏らしい。だけど実際は、壁のなくなった一室に、”丸見えカフェ”という看板をぶら下げる強かさがあって、地上の通行人に向かって客の老人がコーヒーカップを掲げて挨拶をした。

(『ベルリンは晴れているか』から引用)

 

随所にこのような描写が続き、読者はたちまち当時のベルリンにタイムスリップさせられてしまうのだ。

 

 

傍らにはいつも『エミールと探偵たち』

さて、本書にはストーリーの最初から最後までキーワードとなっているひとつのモノがある。それは児童書『エミールと探偵たち』の英訳版だ。アウグステが幼いころ、不用品市で父親が買ってくれた誕生日プレゼントという設定だ。原書はドイツ語なのにこれでは読めずに損をしたと父親は言ったが、この本のおかげでアウグステは英語ができるようになったのだ。

 

作者のエーリッヒ・ケストナーが、ナチスに抵抗し続けたことはあまりに有名だ。大戦中、多くの文化人がドイツを脱出したが、ケストナーだけはベルリンに留まった。そしてナチスの宣伝大臣ゲッベルスの命令で行われた思想弾圧作戦の焚書事件では、自らの本が燃やされるのを目撃していたそうだ。

 

当時、ナチスが唯一許したケストナーの作品が世界の子どもたちに人気のあった『エミールと探偵たち』だった。本書ではこれを自由の象徴として扱っている。

 

ボロボロになった黄色い表紙の児童書は、一旦はアウグステの手から離れたが、戦後に彼女の元に戻ってきた。ベルリンの街を歩く彼女の鞄の中にそれは宝物として大事に収められている。

 

ページをめくる。子どもの頃に書き込んだ拙い翻訳文がそのまま残っている。食べながら読んだ時に落ちた食べこぼしのしみ、読みかけのページの角を折った耳。自由の象徴だった本。家族の声、隣人の声。穏やかだったぬくもり。

(『ベルリンは晴れているか』から引用)

 

ネタバレになってしまうので詳しい内容は書けないが、この小説のおかげで、私はベルリンのこと、わが家にやってきたスサナのファミリーの歴史が、ほんの少しだけわかったような気がしている。

 

 

【書籍紹介】

ベルリンは晴れているか

著者:深緑野分
発行:筑摩書房

1945年7月。ナチス・ドイツが戦争に敗れ米ソ英仏の4ヵ国統治下におかれたベルリン。ソ連と西側諸国が対立しつつある状況下で、ドイツ人少女アウグステの恩人にあたる男が、ソ連領域で米国製の歯磨き粉に含まれた毒により不審な死を遂げる。米国の兵員食堂で働くアウグステは疑いの目を向けられつつ、彼の甥に訃報を伝えるべく旅立つ。しかしなぜか陽気な泥棒を道連れにする羽目になりーーふたりはそれぞれの思惑を胸に、荒廃した街を歩きはじめる。

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