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歴史
2019/4/11 21:45

「昭和」ではなく「光文」だった?――元号を巡る歴史ミステリを読む

4月1日、新元号が発表されました。

 

私はそれを図書館で知りました。そばにいた男子学生が「おい、レイワだってよ。決まったってよ」と友だちにひそひそ声で伝えると、「マジかよ」と、半分寝ていた彼が飛び起きたのです。

 

彼らは「いいじゃん」、「そうか~~?」と言いながら外へ出て行きました。改めてニュースを見て「令和」という文字だと知りました。

 

元号を当てたい

この1か月ほど、私はたくさんの人から「元号、何だと思う? 予想、教えてよ」と聞かれました。「私が知っているわけないでしょ?」と答えても、「知らないの? 新聞社とかに知り合いもいるでしょ。ヒントでいいからさ、教えてよ」と、みんな興奮して聞いてくるのです。元号についてこれほどみなが熱くなるとは私は驚きました。

 

そして、そんなに興味があるなら、猪瀬直樹の『天皇の影法師』(小学館・刊)を読めばいいのにとも思いました。大正から昭和へと時代が変わるときの騒動が描かれているからです。

 

 

タピオカ元年? まさか!

そういえば、マーケティングリサーチ会社のアイ・エヌ・ジーが、渋谷の女子高生を対象に調査したところ、1位は「安久」2位が「平和」3位には「嵐」、「安政」、「大成」という結果だったそうです。11位にはなんと「タピオカ」もあったというのですから驚きです。

 

三月末日になると、次の元号について考えている人がさらに増えました。「安の字が入るかどうかがカギよね。入ったら、私、日本人やめるわ」という人もいました。

実はその時、私はかなりドキリとしました。心の中では、「安安」(アンアン)とか、オリンピックにちなんで「安輪」(アンリン)がいいと、勝手に思っていたからです。言わなくてよかったです。完全に外れていました。

 

それでも、「MとTとSとHの頭文字は避けると思う」とだけは答えました。事務書類などに、明治、大正、昭和、平成と書く代わりに、M、T、S、Hの頭文字を使うことがありますから、できたら重ならないほうがいいと思うのです。

 

これに従えば、「タピオカ」とか「大成」はないことになります。「なるほど~」と、周囲は感心してくれましたが、問題は明治の前の元号「慶応」の頭文字「K」をどうするかだなと思いました。

 

 

「昭和」が決まるとき、誤報があったと知っていましたか?

「昭和」の元号が決まるとき誤報があったといいます。新元号として「光文」が選ばれていたのに、ある記者がスクープし号外として世に出してしまったため、急遽とりやめになったというのです。

 

私はこの話を『天皇の影法師』で知りました。その経緯は次のようなものです。

 

東京日日新聞は、大正天皇の崩御からわずか二時間半後の午前四時ごろ、新元号は「光文」に決定するであろう」という号外を出した。崩御は大正十五年十二月二十五日午前一時二十五分である。正式発表は午前二時四十分であった。

(『天皇の影法師』より抜粋)

 

もし、このまま元号が「光文」になったらスクープ中のスクープになったのでしょう。が、しかし…、枢密院会議は結局、新元号を「昭和」と発表しました。

 

 

「光文」か? 「昭和」か?

その理由がつまびらかにされることはありませんでした。しかし、『天皇の影法師』で著者は、膨大な資料と取材とインタビューによって「光文事件」の謎を解こうとします。

 

「元号誤報事件」にはひとつの神話がいまもって語られ続けている。その神話は、東京日日新聞が「光文」をスクープしたために、当局はあわてて「昭和」に切り替えた。本当は、元号は「光文」になるはずだった、というものである。

(『天皇の影法師』より抜粋)

 

そして、著者は一つの結論に達します。「光文」が漏洩したので、急遽「昭和」となったという新聞社側の推測は誤りである、と。

 

私は、つい「もし、スクープが漏れていなかったら、『光文生まれ』になっていたのだろうか」と考えてしまいますが、どうやらそんなことはなかったようです。

 

 

歴史を学ぶ面白さ

『天皇の影法師』は、純文学・批評・ミステリー・ノンフィクション・学術論文のすべてを兼ね備えたもの、そういう欲張りな「新製品」を目指して書かれた作品だと言います。そのため、なかなかに複雑で盛りだくさんの驚きに満ちていて、丁寧に何度も読む必要があります。

 

この本には、元号が昭和に決まる際に起きた誤報事件を扱った「天皇崩御の朝に」の他に、次の3作品が収められています。柳田国男が『鬼の子孫』で研究した八瀬童子に迫った「棺をかつぐ」、森鴎外の元号への執着を記した「元号に賭ける」、そして、敗戦のときに、松江市で起きた県庁の焼き討ち事件について書かれた「恩赦のいたずら」の四話が収められています。

 

これら四つのエピソードを私はほとんど知りませんでしたから、不勉強を恥じつつ一生懸命読みました。そして、思いました。歴史とはこんなにも面白いものだったのかと。

 

私の知り合いは「歴史を学ぶことに意味はない」と言い切ります。済んでしまったことは取り返しがつかないというのです。けれども、私は将来に生かすためというより、ただ単に面白いから、興味があるから歴史を学びたいのです。

 

そこには人間の愚かさと賢さと努力と怠惰など、すべての要素がぎゅう詰めになっているに違いありません。「平成」から「令和」へ変わる日、私は、そしてあなたはいったい何を思うのでしょう。

 

 

【書籍紹介】

天皇の影法師

著者:猪瀬直樹
発行:小学館

天皇の死を通して日本近代の成り立ちを追った歴史ミステリー。独自の視点による天皇制考察の端緒となった猪瀬直樹の処女作『天皇の影法師』(1983年3月朝日新聞出版刊、1987年8月新潮文庫、2000年1月朝日文庫、2012年4月中公文庫)を収録。大正15年12月15日未明、天皇崩御のその朝、新元号を「光文」とスクープした世紀の誤報事件の顛末は? 歴代天皇の柩を担いできた「八瀬童子」とは何者か? 最晩年の森鴎外が「元号考」に燃やした執念、そこから見えてくる「昭和」の意味と決定と経緯とは? 丹念なフィールドワークで貴重な文献と証言を掘り起こし、天皇の死を通して日本近代の成り立ちに迫った歴史ミステリー。イデオロギーとしての天皇制ではなく、現代史・民俗史の観点から天皇の本質に切り込んだ猪瀬直樹の原点。

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