結婚をするということは、家族が増えるということ。
婚姻届けを提出し、私は「水谷」という姓になった。同時に、夫や夫の両親、兄弟…血のつながりはないけれど、家族が一気に増えた。これって、当たり前のことなんだけど、よくよく考えるとものすごくドラマチックなことだなと思う。
そして、その血のつながらない家族と、寝食を共にするケースも珍しくない。いわゆる「同居」というやつだ。
まあ、そもそも夫と暮らすということ自体、「ひとつ屋根の下で、血のつながらない他人と生活を共にする」ということなのだが。
同居(二世帯住宅を含む)をしている友人たちの口からは、なんらかの義父母に対する不満が噴出する。
私の場合は幸い、いわゆる嫁姑問題とは無縁だ。帰省すれば娘のように可愛がってもらえるし、他の人には言えないような秘密の話でお義母さんと盛り上がる。
けれど、それはある程度の距離があるから成り立っている関係であって、もしも同居となったら、なんらかのストレスを感じるものなのかもしれない。他人と暮らすって、そういうものだろう。
ましてや、幼いころから血の繋がらない親に育てられたとしたら。そして、育ての親が次々と変わったとしたら。
『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ・著/文藝春秋・刊)は、血の繋がらない親の間をリレーされ、3人の父親と2人の母親を持つ女子高生の物語だ。
2019年の本屋大賞に選ばれた上に、キノベス(紀伊国屋書店スタッフおすすめの作品)1位、フタベス(フタバ図書スタッフいちおし作品)1位と、いま全国の書店員さんがもっとも推している作品だ。
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あたたかく幸せな読後感。実にやさしい物語。
それにしても、家庭の事情で名字が3回も変わり、家族形態は実に7回変容している主人公・優子。さぞかしドロドロとした、人間の負の感情が渦巻くストーリーかと思いきや、真逆だった。
困った。全然不幸ではないのだ。少しでも厄介なことや困難を抱えていればいいのだけれど、適当なものは見当たらない。いつものことながら、この状況に申し訳なくなってしまう。
(『そして、バトンは渡された』より引用)
進路面談で担任から何か困ったことはないかと聞かれたときの、優子の胸の内だ。
この言葉通り、優子はまったく不幸ではない。彼女はいつも愛されていた。
世の中にはいろいろな小説があり、読んでいて苦しくなったり切なくなったり、目を背けたくなるようなものもある中で、この『そして、バトンは渡された』は、読んでいて心地よく、読後感がすこぶる良い。心底、やさしい物語。こんなに幸せな気持ちになれた本は久しぶりだった。
明日が2倍以上になる
作中に起こる出来事は、どれもなかなかマジョリティとは言い難いものばかりなのだが、それほどでもないかのように、淡々と過ぎていく。それは主人公である優子の性格のせいであり、周囲の人々が皆良い人ばかりだという点だからだろう。
なかでも、心に残る台詞があった。
「優子ちゃんと暮らし始めて、明日はちゃんと二つになったよ。自分のと、自分のよりずっと大事な明日が、毎日やってくる。すごいよな」
(『そして、バトンは渡された』より引用)
子どもができるということは、血がつながっていようがいまいが、「明日が2つになる」ことなのだ。自分の明日と、自分よりもたくさんの可能性と未来を含んだ明日がやってくる。未来が2倍以上になること。
であるならば、3人子どもがいる私は、未来が4倍以上になったということか。なんて素晴らしいことだろう。そして、同じように私の父や母も、未来が倍以上になったと感じながら育ててくれたのであろうか。そう思うと、なんだか胸が熱くなる。
やさしい大人たちは確かに存在する
本屋大賞を受賞した際のコメントで、著者の瀬尾まいこ氏はこう述べている。
「愛情を注がれることはすごく幸せなことなんですけど、愛情を注ぐ当てがあることはもっとはるかに幸せなんだ」ということを改めて感じました。
やたらと物騒で哀しいニュースが取り沙汰される現代。その一方で、大きくは取り上げられないが、子どもたちをやさしく見守る大人たちは確かに居る。瀬尾氏の作品は、我が子に限らず、自分以外の誰かに愛情を注ぐことの大切さに気付かせてくれる。
実の親子だから言えることもあれば、逆に気を遣ってしまうこと。血がつながっていないから遠慮してしまうこともあれば、反対に実の親には言えないことを打ち明けられることもある。
人の心は単純なようでいて複雑で、一筋縄ではいかない。けれど、そんな面倒くささや鬱陶しさすら愛しくなるような一冊。最後まで読んだら、もう一度冒頭に戻ってほしい。そして、あたたかな読後感に浸ってほしい。
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【書籍紹介】
そして、バトンは渡された
著者:瀬尾まいこ
発行:文藝春秋
血の繋がらない親の間をリレーされ、四回も名字が変わった森宮優子、十七歳。だが、彼女はいつも愛されていた。身近な人が愛おしくなる、著者会心の感動作。
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