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2019/7/1 21:45

火災後、フランスで売り上げ1位になったヴィクトル・ユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』を読み解く

世界中の人々に衝撃を与えたノートルダム大聖堂の火災から2か月半が過ぎた。たばこの火の不始末か電気系統のトラブルが原因とされるが具体的な結論は未だ出ていないようだ。

 

火災の後に人々がしたことは、祈ること、再建のために寄付をすること、そして『ノートル=ダム・ド・パリ』の原作を読むことだった。中世に建てられたこの美しい聖堂はフランス革命以降、破壊や略奪が繰り返され廃墟と化していたが、それを救ったのがユゴーだった。作家であり政治家でもあった彼は『ノートル=ダム・ド・パリ』を出版することで世論に修復の意義を訴えかけ、大聖堂の復興を牽引したのだ。

 

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ノートルダム大聖堂はフランスの寛容さの象徴

私にとってパリは子育てをした街だ。夏、幼い娘を連れて歩いていて暑くてたまらなくなると、よくノートルダム大聖堂に逃げ込んだ。クーラーが普及していないパリの街で、タダで入れて涼しい場所がそこだったのだ。

 

9000人もの人を収容できる石造りの大聖堂は夏はひんやりとし、また、冬は暖かだった。信者ではないので、ずっと後ろのほうの椅子に腰掛け、美しいステンドグラスのバラ窓を眺めながら涼んだひとときがとても懐かしい。ノートルダム大聖堂は、どんな人種や宗教の人でもやさしく包み込んでくれる。フランスの寛容さを象徴するような場所なのだ。

 

だからこそ火災はショックで、しばし呆然としてしまった。そしてフランス人と同じように、まだ読んだことがなかった『ノートル=ダム・ド・パリ』を読み始めることにしたのだ。が、しかし、これがとんでもなく読みにくい。物語はなかなかはじまらなし、登場人物はやたらと多く、やっと動き出したと思いきや、建築や歴史に話が延々と続いていく。さ~て困った。そこでフランス文学者の鹿島茂先生の手引書の力を借りることにした。

 

100分de名著 ユゴー ノートル=ダム・ド・パリ』(鹿島茂・著/NHK出版・刊)は、同タイトルでテレビ放送された番組のテキストで、舞台や映画やアニメで愛され続ける名作を詳しく解説している一冊だ。

 

 

天才ユゴーの神話的小説

原作を読んだことがないのに、カジモドやエスメラルダが登場するこのストーリーはすでに知っているという人は多い。私もそのひとりだ。だからスイスイと読み進められるはずと思ったのが間違いだった。これは普段読みなれている現代小説とはまったく違う。

 

鹿島先生によると『ノートル=ダム・ド・パリ』は、人から人へ、口から口へ語り継がれる口承文芸、古代から中世へと続く民族叙事詩や神話の流れに棹さす小説だという。ユゴーの小説は、匿名の参加者がいくらでも変奏しリメイクすることが可能な”開かれた構造”を持つ「神話的小説」と言えるのだそう。その構造にはスキがあって、なおかつ壊れにくい強さがあるので何度でも新しい命を吹き込むことができる。現代になっても繰り返しリメイクが行われ、映画やアニメやミュージカルによって新しい命が吹き込まれ、不死鳥のように蘇ってくる物語なのだ。

 

 

『ノートル=ダム・ド・パリ』はユゴーの無意識から生まれた

では、ユゴーはどうやってこの作品を書き上げたかというと、苦し紛れに生まれたと言えると鹿島先生は解説している。出版人のゴスランと結んだ出版契約の期日までに書き上げなければならなくなり、窮地に追い詰められたユゴーがきっちりとしたプランもなく書き始めたことから生まれた傑作なのだと。

 

遅々として進まないストーリーは「良いアイディアが浮かばない」というユゴーの気持ちを表しています。しかし、逆説的なことに、そうした自発性のない執筆が、精神分析の自動書記(頭に浮かんだことを脈絡なくとりあえず書き記していくこと)と同じ効果をもたらしたのです。すなわち、ペン先からこぼれ出た言葉の洪水の中からいくつかのテーマや登場人物のイメージが現れてきたばかりか、それらが、これまた精神分析でいうところの多元的決定(テーマ同士がニューロン(脳の神経繊維)のように結び合うことで結節点が生まれる現象)に似たような作用をもたらし、書き始めたときとは思いもよらないようなさまざまなストーリーや登場人物がそれら結節点から生まれてきたのです。

この意味で、『ノートル=ダム・ド・パリ』はユゴーの無意識の中から出現した小説であると言っても決して間違いではありません。

(『100分de名著 ユゴー ノートル=ダム・ド・パリ』から引用)

 

なるほど、なかなか幕が開かない長い長いイントロも、話の脱線も書けないユゴーを想像しながら読み返すとなかなかおもしろいものだ。

 

 

元祖キャラ小説

『ノートル=ダム・ド・パリ』は元祖キャラ小説だとも鹿島先生はいう。

 

ユゴーは演劇から小説に入った人ですから、複数の登場人物を立てて、彼らの「キャラ」の対立として葛藤(ドラマ)を描くという演劇的なつくり方をしています。

(『100分de名著 ユゴー ノートル=ダム・ド・パリ』から引用)

 

では、代表的な4人のキャラを紹介しておこう。

 

・クロード・フロロ/ノートルダム大聖堂の司教補佐。

あるとき、大聖堂で異形の捨て子を拾い、カジモドと名付けて育てる。禁欲的に学問を追及するきわめて知的な聖職者だが、エスメラルダに魅了され、叶わぬ恋と嫉妬の炎に身を焦がす。アニメなどでは権力者の悪役キャラに変えられているが、実はユゴー自身が抱える矛盾がかなり投影された、陰影に富む複雑な主人公だ。

 

・カジモド/ノートル=ダム大聖堂の鐘番。

外見は怪物のようだが、清い心の持ち主。養父のフロロに犬のように忠実に仕えるが、エスメラルダと出会い、本能的な愛を感じることにより、しだいに自我に目覚めてゆく。

 

・エスメラルダ/異邦の踊り子。

官能的な見かけとは反対に、清らかで純真な心を持っている。本人にはその自覚はないが、男たちを身悶えさせ、恋した男はみな身を滅ぼすという宿命の美女(ファム・ファンタル)の原型。

 

・フェビュス/王室射手隊の隊長。

アニメなどではヒーローとして描かれているが、原作では、美男子だが中身は空っぽで虚栄心が強いだけの洒落者。名家の娘の婚約者がいるが、遊び半分でエスメラルダを誘惑する。

 

 

「宿命」と刻んだのはどんな人間だったのか

ユゴーはある日、大聖堂の壁石に誰かが彫りこんだ「宿命」という文字を見つけ、激しく胸を打たれ、このような烙印を残さずにはいられなかったのはどんな人間だったのかを探り当てようとして、この物語を書きはじめたそうだ。

 

アニメや映画ではハッピーエンドで終わる作品もあるが、原作は悲劇だ。フロロもカジモドもエスメラルダもさまざま葛藤の末に死んでしまう。

 

『ノートル=ダム・ド・パリ』では、愛の連鎖がうまくいかず、悲惨な結末が導かれました。しかし、この作品もまた、見返りを考えずに無償の贈与として愛を与え、誰かがまず良き連鎖を始めなければならないというユゴーの思想を反映したものではないでしょうか。

(「100分de名著 ユゴー ノートル=ダム・ド・パリ』から引用)

 

この小説は、『レ・ミゼラブル』とともに世界中の人に親しまれているが、鹿島先生によるとそれは社会の弱者に対するユゴーの愛と共感が他の作家にはない独創的なものだったからだという。

 

本書には原作本にはない、中世のパリの地図や数々のイラスト、銅版画も収録されているので、物語をより理解しやすい。ノートルダム大聖堂に思いを馳せつつ、ぜひ読んでほしいテキストだ。

 

 

【書籍紹介】

 

100分de名著 ユゴー ノートル=ダム・ド・パリ

著者:鹿島 茂
発行:NHK出版

幾度も映画化され、またミュージカルに翻案され続けるなど、1831年の発表以来人々の想像力を刺激し続ける『ノートル=ダム・ド・パリ』。その魅力の源泉は、人間の「根源的な葛藤」にある。人間はいかにして宿命と向き合い、生きていけばよいのかを、この傑作から読み解く。

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