本・書籍
2019/7/23 21:45

より高く、より深く。王道プロレスを突き詰めた「四天王プロレス」の裏側に迫る

1! 2! ダダダダダダダダッ!!

 

レフリーの右手がマットを叩く。3カウント直前でレスラーが肩を上げる。興奮して足踏みをする観客……。1990年代の全日本プロレスの会場では、このような光景がよく繰り広げられていた。当時の全日本プロレスは、ジャンボ鶴田が一線から身を引き、三沢光晴、川田利明、小橋健太、田上明の4人が、「明るく、楽しく、激しいプロレス」を展開。彼らは「四天王」と呼ばれていた。

 

大学時代に再燃したプロレス熱

僕の中のプロレス第一次ブームは、1980年代前半、小学校のときだ。新日本プロレスはタイガーマスクがアニメの世界からリングに出現し大ブームに。全日本プロレスは、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、天龍源一郎というトップレスラーが外人たちとダイナミックなプロレスを繰り広げていた。ちなみに、ラッシャー木村率いる国際プロレスは、金網デスマッチを目玉にマニアックな戦いを行っていた。

 

女子プロレスはというと、全日本女子プロレスがクラッシュギャルズと極悪同盟で大ブレイクしていた。

 

そのなかでも、特に好きだったのが全日本プロレス。ジャンボ鶴田がお気に入りで、テレビにかじりついて見ていたものだ。

 

しかし、その後徐々にプロレスから離れ、音楽に興味を持ち始める。中学、高校と完全に音楽漬け、バンド漬けの毎日を送り、プロレスとは疎遠になっていた。

 

そして、大学生になった1989年ごろ、本屋でバイトをし始めてからプロレス雑誌の存在を知り、プロレス熱が再燃。また、大学で入ったバンドサークルの先輩や同期にプロレスファンが多かったのも影響している。

 

当時は全日本プロレス、新日本プロレスのほか、格闘技路線のUWFや、インディーの先駆けであるFMWなど、多団体時代を迎えたころ。むさぼるように雑誌を読んでいた。

 

 

プロレス熱再燃のきっかけとなった「四天王」

もともとジャンボ鶴田が好きだった僕は、全日本プロレスを中心に見ていた。ちょうど「四天王」が徐々に頭角を現していたころで、三沢や川田、小橋がメインイベントに出始めていた。

 

僕は、中でも田上が好きだった。元幕下力士ということで、デビュー戦が馬場とのタッグ、そして鶴田のタッグパートナーとして世界タッグ出場と期待されまくりだったが、いまいちパッとしない感じだった。とにかく技と技の間が長い。すべて単発で終わってしまうのだ。動きもどことなくぎこちない。デビュー間もないのだからしょうがないが。

 

しかし、1992年には世界タッグ王座を奪取。それからは三沢、川田、小橋と「四天王」と呼ばれるようになる。「あの田上が……」と感慨深かった思い出がある。

 

田上のことばかり書いてしまったが、「四天王」の繰り広げるプロレスは、激しく、そしてクリーンで、見ていると熱くなれた。両者リングアウト、反則決着、ギブアップ決着すら排除し、ピンフォールで雌雄を決するという思想、そして過激な技の応酬。そこから生まれる「2.9の攻防」は、一種の芸術性をまとっていると感じた。

 

当時の僕は、そんな全日本プロレスが大好きだったが、一方で過激なデスマッチを行うFMWやW☆INGといったインディー団体にも傾倒していた。とにかく、プロレスが大好きだった。

 

 

四天王プロレスの誕生秘話から裏側まで描かれた良著

夜の虹を架ける 四天王プロレス「リングに捧げた過剰な純真」』(市瀬英俊・著/双葉社・刊)は、四天王プロレスについて深く考察した書籍。著者は、週刊プロレスで全日本プロレスの担当記者だった。当時ずっと週刊プロレスを読んでいたので、著者のことは知っている。

 

四天王の4人のデビュー前のことから、デビュー後、そして現在までが、当時のプロレス雑誌などからの引用と、当時の関係者へのインタビューなどで構成されており、いかにして四天王プロレスが生まれ、進化(深化)したのかが描かれている。

 

当時、週刊プロレスを穴が空くほど読んでいた僕は、四天王プロレスがどういうものかわかっていたつもりだったが、雑誌では書かれない裏側についても書かれており、非常に興味深かった。

 

また、当時の週刊プロレスがどんな状況だったのかも知ることができたのはよかった。ターザン山本って、やっぱりおかしかったんだなー。それがたいへんおもしろかったのだが。

 

 

現在の四天王。そして三沢光晴

川田は、現在ラーメン店「麵ジャラスK」を経営。一度某プロレスライターが主催する新年会に出席させていただいたのだが、会場が麵ジャラスKだった。現役時代に比べ小さくなっていた川田は、僕らにチョコレートをくれた。

 

小橋は現役中に腎臓がんを患ったものの復帰。現在は引退しプロレス大会をプロデュースしたり、講演活動などで活躍している。

 

田上は、現役引退後は三沢が設立したプロレス団体ノアの社長に。その後相談役を経て退任。現在はステーキ店を経営。2018年には胃がんのため胃を全摘出している。

 

三沢は試合中のアクシデントで、46歳という若さで他界した。当時、そのニュースを知ったときは、ずっと某巨大掲示板に貼り付いて、リアルタイムで書き込まれる様子をハラハラしながら見ていた記憶がある。試合中に起こったアクシデントでプロレスラーが亡くなったケースは過去にもあったが、やはり三沢のときはショックが大きかった。

 

もう、僕は三沢の生きた年齢を超えてしまった。ただ毎日を無為に過ごしている僕は、本書を読んで彼の生き方を、まぶしく思った。

 

 

【書籍紹介】

夜の虹を架ける 四天王プロレス「リングに捧げた過剰な純真」

著者:市瀬英俊
発行:双葉社

四天王プロレス――全日本プロレスの三沢光晴、川田利明、小橋健太、田上明。90年代、最大年7回の武道館を満員にし、全国津々浦々の会場のファンを熱狂させた闘い。激しい打撃、急角度の投げ技、エプロンでの危険な攻防……何度もマットの上に倒れ、何度も立ち上がる。そして続くカウント2・9の攻防。命がけの闘いを見つめ続けた元週刊プロレス全日本担当記者が当事者たちへの取材で解き明かす、四天王プロレスの真実。

楽天koboで詳しく見る
楽天ブックスで詳しく見る
kindleストアで詳しく見る

 

ヒクソンは勝つべくして勝った。グレイシー柔術の目線から見た髙田vsヒクソン戦

TAG
SHARE ON