本・書籍
2019/12/19 21:45

あなたは「難民」についてどれくらい知ってますか?――『アフリカの難民キャンプで暮らす』

難民について考えることは、私にとって難しいことです。深刻な国際問題だけに深い勉強が必要となります。日常生活に取り紛れ「ま、いいや」と避けていたというのが、正直なところです。

 

それでも、すし詰めになった難民船が、救助を受けることもできないまま沈没していく映像を観たりすると、何につけ気力のない私でも「何とかしなくてはいけないのではないか? 私にも、できることがあるはずだ」と心がざわめきます。けれども、肝心の「難民」とは何かさえ、私にはわかっていないのです。

アフリカの難民キャンプに住み込んだ著者

「難民」について何も知らないわが身を恥じ、『アフリカの難民キャンプで暮らす』(小俣直彦・著/こぶな書店・刊)を読みました。この本には、今まで本や映像でかいま見ただけの「難民」の実態がリアルに報告されているからです。

 

著者の小俣直彦は、難民研究のスペシャリストです。現在はオックスフォード大学の国際開発学部難民研究センターで主研究員をつとめています。彼は、2008年7月から401日もの間、アフリカの難民キャンプで生活しました。毎日、キャンプの人たちと同じものを食べ、水を飲み、あり得ないほど不潔なトイレで用をたしながら暮らしました。
だからこそ、難民キャンプで暮らす人々の生の声が実際に聞こえてくるかのような本を書くことができたのでしょう。

 

一方で、著者は自分自身が難民そのものになってしまったわけではありません。あくまでも自分自身の研究のため、博士論文に必要な調査・研究を行おうとしたのです。だからこそ奇妙なヒロイズムに陥ることなく、「難民とはなにか?」「何が一番の問題なのか?」について、客観的に書くことができたのに違いありません。

 

 

日本で難民問題を研究する困難さ

難民問題を理解しようと『アフリカの難民キャンプで暮らす』を読んだ私ですが、まずは著者・小俣直彦の生き方そのものに驚きました。日本で難民問題を研究するのが、これほど大変なことだと知らなかったのです。

 

著者が難民研究へ情熱を抱いたのは、1990年代の後半、大学に在学中だったころだといいます。世界各地の民族紛争や大虐殺などをメディアを通じて知り、そうした人々に貢献できる仕事に就きたいと考えたのです。

 

当時、国際舞台で活躍する緒方貞子さんの姿にも影響を受け、国連やNGOなどで働くことを夢見るようになりました。ところが、国際機関に就職するためには、ある程度の実務経験を持ち、加えて、大学院で修士号を取ることが必須であると知ります。

 

そこで、海外の大学への留学を試み奨学金を取ろうとしたもののうまくいきません。考えた末、彼はまず、日本の大手銀行に就職します。銀行に就職すれば、国際開発の仕事に携わり、途上国への支援も可能だと思ったからです。ところが、うまくいきません。自分の希望の部署に配属されないまま8年がたちました。

 

 

くじけない男

普通なら、ここであきらめてしまうでしょう。30歳を前にエリート銀行員を辞めるのには勇気が要ります。しかし、著者はくじけませんでした。

 

まずは、人道支援や開発援助の勉強をするため銀行を辞めるという決心を両親に伝えます。お父さまはしばし絶句した後に、「一体、それはどんな学問なんだ。将来はどうするつもりだ」と、たずねたそうです。お母さまは「好きにしなさい。ただし、いい歳をした大人なのだから、親に学費を頼るのはダメよ」と答えたといいます。

 

こうして、ほぼ無理矢理、両親の理解を得た彼は銀行員としての生活を終え、アメリカに留学、NGOでアフリカの開発、難民支援の現場で働き、経験を積んでいきます。そして、難民問題の研究者となるべく、ロンドン大学の博士課程に進み、博士論文のために、アフリカはガーナのブジュブラム難民キャンプで調査研究を行うことにしたのです。

 

 

難民、その数、2500万人

『アフリカの難民キャンプで暮らす』の冒頭で、著者はある数字を示します。

 

その数6850万人。これは国連が発表した2017年末時点での世界の「強制移住者」の合計人数です。

 

強制移住者とは、難民、亡命申請者、国内避難民のこと。武力紛争、内乱、迫害、自然災害などの理由により、住み慣れた土地からの退去を余儀なくされ、国内外で避難生活を強いられている人々である。これは第二次世界大戦以降最大の数字で、4年連続で過去最悪を更新した

(『アフリカの難民キャンプで暮らす』より抜粋)

 

この6850万人のうち、3分の1以上にあたる2500万人強が難民だといいます。

 

2500万人。ものすごい数です。めまいがしてきます。これほどの数の人々が、故郷を脱出しキャンプでの生活を強いられているとは……。私は想像もしていませんでした。

 

 

難民が逃げ込む場所

膨大な難民達を受け入れる先進国にとってこれは大変な負担だ、大変なことになると私は思いました。けれども、それはまったくもって大きな間違いでした。難民の9割近くは、ヨーロッパやアメリカなどの先進国ではなく、発展途上国で暮らしているというのです。

 

難民を創出している国の圧倒的多数は発展途上国であり、その近隣国が難民ホスト国となり、同時に難民キャンプの設置場所となっている。(中略)そして、世界の難民の最大の受け皿となっているのがアフリカ大陸だ。現在、世界には小規模のものも含めると百五十近い難民キャンプがあると言われており、そのうちおよそ三分の二がアフリカ大陸にある

( 『アフリカの難民キャンプで暮らす』より抜粋)

 

 

長期化する難民生活

著者が調査先として選んだブジュブラムキャンプは西アフリカのガーナにあり、大多数がリベリアからの難民です。リベリアは1989年のクリスマスに内乱が勃発した後、泥沼の状態に陥りました。それは、アフリカの現代史のなかで、最も凄惨な紛争のひとつとされているといいます。

 

それだけではありません。その後、14年の間、紛争が続き、20万人もの人々がリベリアを脱出してガーナに逃げのびました。内戦自体は2003年に終結に向かったものの、難民の多くは故郷リベリアに帰ることはできないまま、キャンプでの生活を続けます。

 

こうした状態が長期化する一方で、難民が受け入れ国に滞在する期間は、平均で26年に達するというではありませんか! これでは、人生の大半を難民として生活することになります。ここに問題が起きないはずがありません。

 

 

著者が伝えようとした3つのこと

ブジュブラムキャンプでの著者の生活は過酷なものでした。交通事故や誘拐の危険にさらされながらの調査です。マラリアにも罹患し、腸チフスに苦しみ、まさに命の危険を感じながらの毎日です。しかしその結果、彼は3つの伝えたいことを得ます。

 

まず、ひとつめは、

物質面の不足と難民という不安定な地位から生じる権利面の制約を除けば、難民キャンプの社会構造とそこで営まれる難民の生活は、我々のそれとは大きくは変わらないということ

( 『アフリカの難民キャンプで暮らす』より抜粋)

 

そして、

衣食住のすべてに事欠く環境下で、キャンプの住人たちが見せた強靱な生命力、打たれ強く、決して折れることない、気概に満ちた生き様

( 『アフリカの難民キャンプで暮らす』より抜粋)

 

さらに

南アフリカの難民キャンプという「辺境」が浮き彫りにする、近代的社会制度と国際援助システムが抱える「矛盾

( 『アフリカの難民キャンプで暮らす』より抜粋)

 

 

想像した以上に、難民問題の解決は難しく、深刻で、そして、長期化の様相を見せているといえましょう。しかし、著者はあきらめることなく、今もアフリカの難民キャンプで調査を続けています。それはおそらく、困難な生活を強いられてもなお、必死で生きようとする人々が放つきわめて人間らしい魅力に虜になったからでしょう。

 

 

【書籍紹介】

アフリカの難民キャンプで暮らす

著者:小俣直彦
発行:こぶな社

著者は2008年7月から2009年9月までの401日間をキャンプに暮らし、経済活動をテーマに難民たちの日常生活を追った。それにより書き上げた論文は高い評価を得るが、より鮮明に残ったものは、そこに生きる難民たちの「顔」と「声」が織りなす「物語」だった。ひとりの人間として、彼らの隣人としての筆致でそれを描く。

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