本・書籍
2020/1/13 21:30

なんでもない日々をちょっと楽しくするための極意がここに——『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』

昔、東京に住んでいたころのこと。諸事情あって、頻繁に実家がある岐阜に帰っていた。そのときお世話になったのが、深夜バスだ。

 

東京から名古屋、便によっては岐阜駅まで、寝ている間に運んでくれる。しかも、新幹線よりもはるかにリーズナブル。あのころはうら若き独身女子だったので、最安値である4列シートは避け、隣と離れている3列タイプのものしか利用したことがないが、じつにいろいろな乗客のドラマがあり、なかなか味わい深い経験だった。

 

そんな深夜バスに100回も乗ったというツワモノが描いた本があるというので、どんなユニークな経験が読めるのかと手にとってみた。『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スズキナオ・著/スタンド・ブックス・刊)だ。

 

内容を見て期待外れ…? いやいや、かなり味わい深い!

著者のスズキナオ氏は、大阪在住のフリーライター。酒場めぐりと平日昼間の散歩が趣味で、テクノバンドのリーダーとしても活動している男性だ。

 

本書は、大阪~東京間を片道2000円台という破格で往復しながらいろいろな地に赴き、スズキ氏が体験したエピソードを集録したもの。というわけで、第一章の最初のトピックこそ深夜高速バスがテーマだが、その他は高速バスのことにはまったく触れられていない。

 

あれ? 読みたかったのは、深夜バスの面白エピソードなのに……チョイスを誤ったか? と思ったのだが、ページをめくっていくと、次第にスズキ氏の世界に惹き込まれていく。

 

たとえば、「スーパーの半額値引き肉だけで半額焼肉パーティー」「チャンスがなければ降りないかもしれない駅で降りてみる」「野毛の名酒場『武蔵屋』の最後の姿を見に行く」「大阪の瓶ビールはどこまで安い?」「誰も知らないマイ史跡めぐり」など、タイトルをみただけで興味をそそられる。

 

本の帯に社会学者の岸政彦氏による推薦文が載っていたが、その結びにはこう書かれていた。

 

とにかく、これめっちゃいいので、みんなに読んでほしい。これが生活史だ。岸政彦

(『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』初版帯より引用)

 

そう、生活史! まさに。これは紛れもない生活史だ。

 

ともすると「くだらない」と一蹴されてしまいがちなことを試したり、無謀なチャレンジに取り組んだりしているのだが、「くだらない」では終わらない幸福感と人生の再発見感がたっぷり。なんなら、ちょっと涙ぐみそうになるほど、心がじんわりと温かくなった話もあった。

 

 

銭湯の鏡に広告を出した話

なかでも、特に印象的だったのが、大阪市此花区にある創業68年の「千鳥銭湯」に、鏡広告を出した話だ。

 

鏡広告とは、銭湯の洗い場にある鏡の横や下に出されている広告のこと。インターネットを使った広告が主流の現代で、銭湯の鏡広告を募集しているという話を聞きつけたスズキ氏。

 

そもそも、どうやって広告を受注し、どのように作られるのか、それらにどんな人たちが携わっているのか。その謎を解明するために、スズキ氏がライターとしてコラムを執筆している「デイリーポータルZ」の広告を出すことにし、完成までを取材したという。

 

鏡広告を受注している広告会社を営むのは、82歳のツヤ子さん。字を入れてくれる職人さんは、ツヤ子さんと60年ほど前に会社の同僚だった松井さん。そんな人生の大ベテランたちが鏡広告を作り上げていたとは。

 

鏡にどうやって広告の文字を書きつけていくのか、その過程もなかなかに興味深い。なにより、千鳥銭湯が地元の人々に愛されている様、ツヤ子さんと松井さんとの軽妙なやりとり、それぞれの歴史、すべてがあたたかく、愛おしい。

 

 

なんでもない今日を、かけがえのない一日にするのは意外に簡単

スズキ氏のコラムはどれも、登場人物が本当に魅力的だ。そして、その人の人生にスッと入り込み、あんなことやこんなエピソードまで語らせてしまう、スズキ氏には類まれなる、そしてライターとして宝物のような才能があることを痛感した。

 

本人いわく、「どの文章も、お金がなく、暇だけはあるような日々をどう楽しもうかと考えた末に生まれたようなものばかり」な話題が集められている『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』。

 

ユーチューバーが小学生の憧れの職業にランクインする今日日、スズキ氏が挑戦しているようなことを「〇〇してみた!」と数分の動画にまとめることはおそらく可能だ。

 

けれども、一瞬で通り過ぎていく動画では伝えきれない魅力や各人の背景が、本書にはぐっと詰まっている。

 

そうはいってもさ、時間に余裕がある人しか無理でしょ。と斜めにとらえる人もいるだろう。そんなくだらないチャレンジをしている暇なんてないよ、という人だって。

 

でも、「今度の休みに、今まで気になってたお店に行ってみよう」とか、「歩いたことがない道から出勤してみよう」とか、そんな小さな試みだって、なんでもない一日に十分刺激を与えてくれるのではないか。

 

ちなみに私は以前、「新大阪駅に行って、芸能人を見つけよう!」チャレンジをしたことがある。結局一人も遭遇できなかったが、それまで知らなかった土産物を見つけて味見したり、小さな雑貨屋で意外な掘り出し物を見つけたり、じつに充実した一日だった。新大阪駅はよく利用していたのに、見過ごしていたモノや景色があんなにもあったとは。往復電車代と入場料だけで、あの実入りはお得すぎたな…そんなことを、ふと思い出した。

 

スズキ氏のおかげで、これからの毎日の過ごし方が、ちょっと楽しみになった。同じようなワクワクをぜひ。

 

【書籍紹介】

 

深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと

著者: スズキナオ
発行:スタンド・ブックス

若手飲酒シーンの大本命、「チェアリング」開祖、ウェブメディア界の真打ち、スズキナオ、待望の初単著! 人、酒、店、旅……、現代日本に浮かび上がる疑問を調査し、記録する、ザ・ベスト・オブ・スズキナオ!

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