本・書籍
2020/1/25 21:15

『あれよ星屑』から話題の『独ソ戦』まで――年1000冊の読書量を誇る作家が薦める「戦争」を知る5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは「戦争」です。

 

平和であればこそ、きちんと知っておかなければならない「戦争」。あなたの興味があるものから手にしてみてください。

 

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2020年は年頭からアメリカ-イラン間の緊張が高まり、波乱の一年を予感させた。わたしがこの原稿を書いている今は表面上正面衝突の危機は回避されているようで、ニュースも下火になってきた印象である。改めて、我々の社会は非常に危ういパワーバランスの上に立っているのだと思い知った軍事トピックスであったと言えよう。

 

我々人類は狩猟採集の合理化のために群れを作り、さらに農業の開始とともにムラ、やがて国家を作った。農業の進展、そして富の集積と偏在により人間間、ムラ間、国家間に貧富の差が生まれ、個人間の闘争やムラ・国家間でなされる戦争が発生するようになった。非常に悲しいことだが、人類の発展史と戦争は切って離すことができないのである。

 

というわけで、本日の選書テーマは「戦争」である。

 

 

あなたは、本当の「関ヶ原の戦い」を知っていますか?

『新解釈 関ヶ原合戦の真実 脚色された天下分け目の戦い』(白峰旬・著/宮帯出版社・刊)

さて、ここのところ、関ヶ原の戦いが熱いのを皆さんはご存じだろうか。関ヶ原の戦いといえば、1600年に徳川家康と石田三成の間で行われた「天下分け目の戦い」であり、これまで様々な軍記もの、講談や歴史小説などで描かれてきた大戦である。

 

石田方についていた小早川秀秋が反旗を翻したことが戦の潮目を変えたとされ、開戦してもなおどちらにつくべきか逡巡する秀秋に対し業を煮やした家康が味方に命じて小早川軍に鉄砲を撃ちかけたとする「問鉄砲」など、定番の逸話にも事欠かない。しかし、ここ数年、巷間流布している関ヶ原の戦いは、必ずしも史実を反映しているわけではないのではないかとする研究が出たのである。

 

というわけで、お勧めするのが『新解釈 関ヶ原合戦の真実 脚色された天下分け目の戦い』(白峰旬・著/宮帯出版社・刊)である。本書は関ヶ原見直し論の端緒ともなった一冊で、当時の人々が交わした手紙などといった一次史料から、当時何があったのかに迫っている。

 

本書によれば、関ヶ原の戦いを描く合戦図の多くは江戸期以降に成立した軍記ものの影響を受けており史実性に関しては疑問が残ることや、東軍と西軍が伯仲していたという従説を否定、むしろ本戦そのものは驚くほど短期的に終結したとするなど、関ヶ原の戦いのイメージが変わる一冊である。もちろん、本書の確度は今後の研究の進展によって明らかになってくるところだが、歴史学の最前線でなされている議論の凄まじさを体感していただける一冊である。

 

 

「Z」と戦う人類の姿が描かれたエンタメ

『WORLD WAR Z (上・下)』 (マックス ブルックス・著、浜野アキオ・訳/文藝春秋・刊)

次は小説から。『WORLD WAR Z (上・下)』 (マックス ブルックス・著、浜野アキオ・訳/文藝春秋・刊)である。直訳すると「世界戦争Z」であるが、「Zってなんだ?」とお思いの方もいらっしゃることだろう。恐らくこのタイトルはダブルミーニングとなっているのだが、この選書ではその意味するところを一つだけ紹介するに留めよう。このZは、「ゾンビ(Zombie)」のZである。

 

本書は世界に突如現れたゾンビとの戦いに晒される人類文明を描いたシミュレーションSF作品である。その発端から停戦までを世界中の様々な人間の目から描写した本作は、雲霞の如く迫ってくるゾンビとの絶望的な世界戦争を時に臨場感たっぷりに、時に外連味とともに描き出している(本書の日本人描写はかっこいいのだけれどファンタジー成分が強めなので、これからお読みの方はお楽しみに)。

 

本書の面白さは、これまで人類が想定していなかったゾンビとの戦争の実相を描き切ったことだろう。現代の通常兵器は相手を怪我させることを目的に設計されている。これは、敵を負傷させることでより多くの敵を戦列から遠ざけようとするためである(一人の兵士が怪我をすると、その怪我人の収容のために健康な兵士が何人か戦列を離れることになるのだ)。しかし、ゾンビは徹底的な破壊(いわゆるオーバーキルというやつである)がなされぬ限り前進を続ける。つまり、通常兵器では物量に勝るゾンビを圧倒することができないのである。

 

全く新しい敵を前にひるみ、苦しみながら、それでも戦う人類の姿が描かれたエンタメ作品である。

 

 

変われない「男」から見た変わっていく「日本」

『あれよ星屑』 (山田参助・著/KADOKAWA・刊)

次は漫画から。『あれよ星屑』 (山田参助・著/KADOKAWA・刊) である。本書の舞台は戦後間もなくの日本。バラックが立ち並び、戦禍の傷跡も生々しい焼け跡の町の人々を描いた作品である。

 

本書の戦後は暗い。それもそのはず。本書が描いているものは、新しい時代に生きることができない人々の群像だからである。事実上の本書の主人公である川島は満州帰りの軍人であり、満州での経験から自分の生き方を変えることのできない不器用な人物として描かれている。

 

一方、焼け跡の日本では、誰もが生きるために変容を余儀なくされている。わたしたち読者は、変わることのできない川島を通じ、変わらざるを得ない戦後日本に違和感を覚える仕組みになっているのである。なのだが、ただそれだけの視点で描かれていない点もよいところで……、おおっと、これ以上魅力を話しつくしてしまうと興が削げてしまう、ここから先は手に取ってからのお楽しみということでご了解いただけたい。全七巻、既に完結している。休みの日の一気読みに。

 

 

独ソ戦の実相を捉えた最新研究

『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』 (大木 毅・著/岩波書店・刊)

第二次世界大戦繋がりということで。すっかり話題の本となっているが、こちらを紹介したい。『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』 (大木 毅・著/岩波書店・刊) である。本書は『「砂漠の狐」ロンメル』(角川新書、2019)などの書籍でも知られる著者の手による、第二次世界大戦の分水嶺の一つとも目される独ソ戦の実相を最新の研究をもとに捉え直した一冊となっている。

 

独ソ戦は長い間学術的な研究の光が届かず、イメージ先行のきらいがあったようである。その詳しい事情については本書に譲るとしても、これまで、独ソ戦について確固たるイメージを持っていた人ほど一読した方がよいだろう。ドイツは予防措置的にソ連に侵攻したわけではないし、必ずしもヒトラーの独断によってソ連との戦いを決めたわけでもなかった。

 

そして、従来言われるよりも早く、ドイツ軍の作戦は破綻をきたしていた……。100年も経っていない歴史的事件・戦争ですら、こうも実相と違ったイメージで伝わってしまうのかと驚きが隠せない。

 

そして、本書を読んだ後には、あまりに凄惨な戦場の有様が残る。ドイツ、ソ連共に捕虜への扱いがぞんざいであったくだりを読むにつけ、戦争の一側面をまざまざと見せつけられたような思いになるのである。

 

 

理想でも観念でもない「非攻」の言葉の重さを知る

『墨子 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』 (草野友子・著/KADOKAWA・刊)

最後は古典から。色々な版本があるが、分かりやすさやお手軽さを重視して『墨子 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』 (草野友子・著/KADOKAWA・刊) を。本書は古代中国において儒教の孔子とともに並び称された墨子の思想を紹介し、彼の言行録・思想書である『墨子』の読解を平易に行っている本である。訳や書き下しが並置されているので、中学生や高校生でも手に取りやすい親切設計である。

 

一般に、墨子は「非攻」の教えのイメージが強く、そこだけ読むと理想論、観念論的な印象が強い。高校時代に「非攻」を漢文の授業で読まされたわたしが感じたのもざっとそうした感想であった。

 

しかし、本書は単純な平和主義には収まらない墨子の多面性を紹介している。酒見賢一の『墨攻』(文春文庫)などでも知られるようになった軍事顧問的な活動や、文字通り主に対して命がけの言上を行なうなどの苛烈な墨者たちの行動規範についても記載され、また、軍事に知悉した知識人としての墨子の横顔を、『墨子』テキスト内の描写から紹介している。

 

そういったすべてを踏まえた上で、改めて「非攻」を読んでほしいのである。確かに、「非攻」は理想論的な面を多々有している。だが、この理想は戦乱の時代を生き、弟子たちを苛烈に統率し、軍事に対しリアリスティックな一家言を有した人物の発した言葉なのである。「非攻」の言葉の重さを是非味わっていただきたい。

 

 

わたしたちは今、平和な地域で生きている。それは大変素晴らしいことである。日本国内においては、墨子の「非攻」は達成されているといっても過言ではない。

 

だが、だからこそ、わたしたちは戦争の実相を知る必要がある。知らぬものを恐れることは出来ない。知らぬものに対処することは出来ないのである。

 

わたしは何も、実際に戦争をしろと言っているのではない。体験せずとも物を知る手段として、我々の文明は本という発明を為したのであるから、我々は本を読み、古人の言葉に耳を傾ければよいのである。

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は「桔梗の旗」(潮出版社)。

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