昨年、日本中がラグビー熱に浮かされていた。そして、そのテンションは、ラグビーワールドカップが終わった今も続いているのだから、ラグビー人気が根付いた証だろう。
そんな日本列島が湧いたラグビーブームに、私は乗れなかった。こんなことを言うと非国民扱いされそうだが、じつはラグビーワールドカップを一戦も見ていない。
巷で話題の「ワンチーム」も雰囲気でしか理解できないし、「ジャッカル」に至っては、一体なんぞや……嗚呼、完全に令和のブームに乗り遅れた。
熱い想いと経営プランでラグビー界を再建する!
ここにきて、昨年12月に発売されたダ・ヴィンチの特集「BOOK OF THE YEAR 2019」で小説ランキングの1位に輝いたのが、『ノーサイド・ゲーム』(池井戸潤・著/ダイヤモンド社・刊)だった。
ワールドカップとあわせて盛り上がっていたドラマの原作という知識はあれど、ラグビーのドラマと言えば、山下真司の「スクール☆ウォーズ」で時が止まっている。
今からワールドカップ中の日本の熱狂ぶりを体感することはできないし、ドラマも終わってしまったので、せめて小説を…と購入したものの積読状態だったが、先日ようやく重い腰を上げてページを開いてみた。
物語は、大手自動車メーカー・トキワ自動車のエリート社員だった主人公が、とある大型買収案件にたてついた結果、横浜工場部長に左遷。同社ラグビー部アストロズのゼネラルマネージャーを兼務するところから始まる。
ラグビーに関して、まったく知識も経験もないズブの素人である主人公が、どうアストロズを再建していくか。主人公が陥るピンチにハラハラしたり、胸にぐっとくるシーンで涙ぐんだり。
ちなみに池井戸作品は、以前『空飛ぶタイヤ』を読んだことがある。面白かったが、のめり込むまで少々時間がかかった印象があり、今回はどうかと危惧していたところ、ものの数ページで池井戸ワールドに惹き込まれた。どうにもページをめくる手が止まらない。
バタバタと一日を終え、読書の時間がとれなかった日もあったが、ここ数日は寝ても覚めても「ノーサイド・ゲームの続きが読みたい!」一色だった。そのくらいのめり込んで読み終えたことをご報告する。
単なる「熱い想い」だけで盛り上げていくのではなく、「確立したマネジメント」を持ってして、観客を増やし、ファンを増やし、ラグビー界を大きくしていくという展開にもしびれた。
ノーサイドの精神とは。人間が持つ多面性とは。
印象的だったのは、ラグビーが持つ「ノーサイド」の精神。
どんなに激しくぶつかり合っていた相手とも、ひとたび試合終了の笛が鳴れば、敵も味方もなくなる。そして、互いの健闘を讃え合う、という崇高な精神が、『ノーサイド・ゲーム』の作中にも反映されている。
また、善人そうに見えても実は腹黒かったり、悪い奴だと思っていたら、実は良い人だったり。小説やドラマにありがちな展開ではあるが、そもそも人間って善か悪、白か黒のどちらか一色ではいられない。
どうしようもない欲望とか、憤りとか、グレーな部分って、誰しもあるよね。でも、やっぱり善でありたいよね。というか、黒い部分が多い人でも、根っこには白い部分があるはずだよね。…などと、読みながらさまざまな想いが交錯した。
そういえば、ラグビーワールドカップの試合放映は日テレがメイン。けれども、他の民放やNHKも総出で盛り上げている印象があった。さらに、ドラマ「ノーサイド・ゲーム」はTBS。局の垣根を超えて、ラグビー界を盛り上げていったのか、そして今のラグビー人気に繋がったのかと思うと、作中のアストロズと宿敵サイクロンズの対立図を彷彿とさせるようで、改めてぐっとくる。
ちなみに、ドラマを毎回楽しみに見ていたらしい私の母に聞いてみると、『ノーサイド・ゲーム』の影響でラグビーに興味を持ち、ルールブックまで買ってワールドカップを観戦していたとのこと。実際の試合を見たらドラマの中の試合もよくわかり、相乗効果で面白さ倍増。最終回だけは録画を消さずに、今でも時々見返しているらしい。さらに、米津玄師の『馬と鹿』がまた最高にドラマを盛り上げていただとか、楽しそうに語るじゃないか……。
このときばかりは、ワールドカップを観戦しなかったことを、ドラマをノーチェックだったことを、何より『ノーサイド・ゲーム』の小説をもっと早く読まなかったことを後悔した。この3つを同時進行していたら、どんなにか気分がアガっていたことだろう!
とにかく、読後感は「スッキリ! 爽快!」。明日への活力や一歩を踏み出す勇気をもらえる。ラグビーのルールをまったく知らない私でも、息を呑んで夢中になって読み進められた『ノーサイド・ゲーム』は、同じようにラグビーブームにちょっと乗り遅れた方に是非おすすめしたい一冊である。
【書籍紹介】
ノーサイド・ゲーム
著者:池井戸潤
発行:ダイヤモンド社
未来につながる、パスがある。大手自動車メーカー・トキワ自動車のエリート社員だった君嶋隼人は、とある大型買収案件に異を唱えた結果、横浜工場の総務部長に左遷させられ、同社ラグビー部アストロズのゼネラルマネージャーを兼務することに。かつて強豪として鳴らしたアストロズも、いまは成績不振に喘ぎ、鳴かず飛ばず。巨額の赤字を垂れ流していた。アストロズを再生せよ――。ラグビーに関して何の知識も経験もない、ズブの素人である君嶋が、お荷物社会人ラグビーの再建に挑む。