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2020/4/4 19:30

強いリーダーと独裁者の違い――年1000冊の読書量を誇る作家が薦める「独裁」を知る5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは「独裁」です。「独裁=悪」と思っている人には、目から鱗な書籍ばかり。あなたの常識が変わる1冊がきっとあるはずです!

 

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皆さんは『TROPICO』というゲームをご存じだろうか。プレイヤーが未開拓の南国(カリブ海に浮かぶ島々をモチーフにしていると思われる)の指導者プレジデンテとなって入植を推し進めるシミュレーションゲームである。

 

似たようなゲームに『シムシティ』があるが、『TROPICO』は帝国からの独立、連合国・枢軸国の対立、冷戦の激化といったカリブ諸国の置かれた史実を背景に、プレイヤーであるプレジデンテが国内外の様々な政治力学と向き合い、国家としての自立を維持しつつ国づくりをシミュレートしてゆくところに独自性がある。動画共有サイトなどにプレイ動画や実況動画があるので、興味ある向きはチェックしていただきたい(言うまでもないが、購入してプレイするのがベストである)。

 

さて、そんな『TROPICO』においては、開拓した島の政治形態を自ら選択することができる。最新盤では民主主義国家を選択することもできるのだが、実況動画などを見て回ると、独裁を選ぶプレイヤーが多いようである。民主主義国家にすると、有権者からの支持の取り付けやそれに伴う事業にエネルギーを割かれ、国家の成長に注力しにくくなるようなのである。

 

一応わたしたちは民主主義国家に生きている。選挙はつつがなく開かれているし、デモを開く権利もある。また、わたしたちに一人一人に表現の自由が与えられており、今、わたしがこうして文章を書いて公開しているこの行ないも、憲法によって保障された行為である。

 

だが、である。独裁にはある種の暗い魅力があるように思えるのは、わたしだけであろうか。少なくとも、ゲームのモチーフになるほどには。

 

というわけで、今回の選書テーマは「独裁」である。

 

クリエイティブの独裁性

まずは二冊、一気に紹介してしまおう。『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』 (鈴木敏夫・著/文藝春秋・刊) と、『映像研には手を出すな!』 (大童澄瞳・著/ 小学館・刊) である。かたやスタジオジブリをプロデューサーとして支えてきた著者による回顧録であり、かたやアニメ映像制作に魅せられた少女たちの青春を描いた人気漫画であるが、この二作品を同時に紹介したのには理由がある。この作品を交互に読むことで、相互の本の良さが引き出される気がしているのである。

 

『天才の思考』に登場する二人の天才である高畑勲と宮崎駿は、途轍もない独裁者である。詳しくは本書を読んでいただきたいのだが、二人の独裁者の振る舞いにより、クリエイターとしての背骨が曲げられ、天才たちのペンや定規のように変形させられた人々が多数登場する。だが、二者はそれぞれのカリスマ性によって発生するだろう異論を抑え込み、自らの作品を磨き上げている。

 

『映像研には手を出すな!』においては、設定を練るのが大好きな浅草、アニメのモーション命の水崎、マネタイズの天才金森の三人が映像研を立ち上げ、アニメーションを作ってゆくわけだが、やはりこの少女たちも自分の専門領域については途轍もない独裁者なのである。この三者を核にしてアニメーションを作っているわけだが、彼女たちのワークスは協調によってなされているのではなく、全力で角突き合わせた後に形成された拮抗点で花開いているのである。

 

結論を言おう。この二冊の本が示すもの、それは、クリエイティブの独裁性なのである。

 

創作活動は言語化しにくい「エモさ」を無理矢理形にする行為である。それゆえに、皆と合意を取るべきではない。むしろ、エモさ偏差値75の天才一人に舵取りを任せたほうがよいものができるのである。暗いイメージのある独裁のイメージを変える二冊であるといえよう。

 

 

いま、そこにある独裁国家

お次に紹介するのはこちら、『独裁国家に行ってきた』(MASAKI・著/彩図社・刊)である。本書は名前の通り、本書刊行当時200か国以上の入国経験を持つ著者が独裁国家を旅した記録である。

 

今でも独裁国家ってそんなにたくさんあるの? という向きもあるだろうが、案外今でも独裁国家は沢山ある。著者はそんな国々に合法的な手段で入国し、民主主義国家に生まれ育った人間の目から、独裁国家のリアルを描き出している。

 

本書を読むと分かるのが、独裁国家と一口に言っても国によってまったく様相が異なることである。富んだ国もあれば貧乏している国もある。人心が落ち着いた国もあれば荒んだ国もある。異邦人に対してフレンドリーな国もあれば排他的な国もある。

 

独裁国家というとついつい指導者のポスターや銅像が至る所にあって、秘密警察が町の中に溶け込んでいるイメージがあるが(そしてもちろんそんなステレオタイプな国家もあるのだが)、必ずしも画一的なイメージに収まらない独裁国家のありようが一人の旅人の視点から描き出されている。そして、わたしたちが画一的なイメージで眺めてしまう独裁国家にも人が住んでいて、そこに人々の暮らしがあるというついつい見逃しがちな視点をもわたしたちに示してくれる。

 

 

独裁者は雄弁である

お次に紹介するのは、『独裁者はこんな本を書いていた(上・下)』 (ダニエル・カルダー・著、黒木章人・訳/原書房・刊)である。本書は名前の通り、独裁者と言われる人々の叙述活動に焦点を当てた書籍である。

 

独裁者は一般に雄弁である。いや、饒舌であると言ってもいい。大衆からの直接的な支持を取り付けるため、あるいは己の存在を誇示するため、独裁者たちはマイクの前に立ち、自らの思いや政治的な理念、敵の存在を口にする。だが、それはある意味で現代的な独裁者の在り方である。テレビもラジオもない時代、独裁者たちは言葉を紡ぎ、書物を編むことによって自らの存在を誇示し、己の理想を人々に伝えんとしたのである。

 

本書は20世紀以降に登場した独裁者たち、名前を挙げるなら、レーニン、スターリン、ヒトラー、ムッソリーニ、毛沢東や、そういった超大国のはざまに存在した大小さまざまな独裁者たちを取り上げている。その上で、その独裁者と叙述活動との関わりを詳述しているのだが、なかなか興味深い話題が登場する。

 

たとえば、あのヒトラーは演説の名手を自負していた半面ライティング能力には疑問を抱いていたことや、ムッソリーニが小説を上梓したことがあるといった、一般的な独裁者伝には登場しない本書のアングルだからこそ描き出すことのできた側面を窺い知ることができる。また本書は20世紀の独裁者列伝として読むことのできる一冊でもあり、その点でもオススメである。

 

 

独裁者を笑え!

最後の一冊はこちら、『独裁者たちへ!! ひと口レジスタンス459』(名越健郎・編訳/講談社・刊)である。

 

本書は独裁時代の旧ソ連において、市民レベルでひそひそと交わされていた小話(アネクドート)をまとめた書籍である。旧ソ連時代、市民には言論の自由は認められなかった。また、時期によっては政治批判を口にしようものなら収容所送りの時代も存在したくらいであった。そんな中、市民たちは、日々の暮らしの鬱屈や政治批判を小話の形にすることによって昇華していたのである。

 

今回の選書に当たり、久々に本書を本棚から出した。そして、当時の権力者や国家体制を皮肉る小話を読んでいるうちに、わたしはあることに気づいた。

 

「これ、Twitter大喜利だ!」と。

 

Twitterをやっておられない方にはなじみが薄いかもしれないが、Twitterの日本語ユーザーには、大きなニュースに際するとそれをネタにした笑話をこぞって作る文化がある。もちろん旧ソ連と日本ではまったく状況は異なるが、それにつけても、人間は古今東西やることはあまり変わらないのだなあと変な感慨を抱くに至ってしまった。独裁国家の横顔を皮肉と共に浮かび上がらせると同時に、創作と人の関係をも浮かび上がらせる書籍であると言えよう。

 

 

独裁には暗い魅力があると書いた。

 

合意手続きを必要としない独裁においては、物事がスピーディに決まってゆく。様々なレベル、問題において待ったなしの状況に置かれている現代にあっては、民主主義社会の迂遠な合意形成にうんざりする向きもあるだろう。

 

また逆に「独裁=絶対悪」の図式を持っている人もあるだろう。歴史を少し紐解けば、独裁政治のもたらした害悪など枚挙にいとまがないがゆえ、この見方も正しい。

 

だが、「一名に決定権が付与された体制」を独裁と呼ぶのなら、害悪をもたらす場面が存在する反面、良い結果をもたらす場面もまたある。確かに政治といったマクロな場においては致命的なマイナスが存在するが、では、会社では? 会社の一部署・一プロジェクトでは? ものづくりの現場では?

 

あるいは、独裁について学ぶことで、世に溢れる「小さな独裁」がまずい方向に向かった時にどう対処したらいいのかを知るよすがになるかもしれない。

 

わたしが今回、独裁で選書をしたのは、ざっとこうした理由からである。

 

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は「桔梗の旗」(潮出版社)。

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