本・書籍
2020/4/16 21:45

生誕100年。塚本邦雄の歌を読み、短歌の小さくて深い世界に思いをはせる——『レダの靴を履いて』

2020年は歌人・塚本邦雄の生誕百年、そして没後15年にあたり、多くの記念企画が予定されています。ただし、新型コロナウイルスによる自粛要請によって、企画のほとんどが延期となり、この先も予定がたたない状態のようです。残念ではありますが、今こそ本を読むにふさわしいときと考えたいと思います。

 

レダの靴を履いて』(書肆侃侃房・刊)は、歌人・塚本邦雄に師事した尾崎まゆみが、生誕百年の年までには何とかして出版したいと願い、思いを果たした本です。

 

塚本邦雄という巨人について

塚本邦雄は 寺山修司、岡井隆とともに、「前衛短歌の三雄」と称される存在です。1951年に第一歌集『水葬物語』を出版し、その後も膨大な量の歌を詠みました。生涯の業績は、2001年に最終刊が出版された『塚本邦雄全集』におさめられています。

 

さらに、歌誌『玲瓏』主宰としても活躍し、「詩歌文学館賞」や「現代短歌大賞」など数々の賞を受賞しています。短歌に興味がない方でもお名前を聞いたことがあるかもしれません。一種、独特な言葉遣いに興味をひかれる人も多いと聞きます。

 

塚本邦雄の短歌は、どこか言葉がずれていて、読んでいると不思議な気持ちになります。なぜか首を回したくなったりもします。どこかがほぐれるのか、いや、反対に凝るのか、自分でもよくわかりませんが、普段は使わないでいる脳のどこかに血がめぐるのかもしれません。

 

尾崎まゆみが塚本邦雄に出会ったのは

『レダの靴を履いて』の著者・尾崎まゆみが塚本邦雄の短歌に出会ったのは、まだ10代後半のとき。古書店でふと手に取った本がきっかけです。

 

私の知っている短歌とはかなり違うきらきらした言葉に惹かれたのですが、当時は詩を書いていたので、まさか自分が短歌を詠むようになるとは思っていませんでした。

(『レダの靴を履いて』より抜粋)

 

この小さな出会いが、塚本邦雄に師事するきっかけとなるのですから、本屋さんとは小さな奇蹟が起こる場所だと言えそうです。

 

それから10年後、尾崎まゆみは第二の出会いというべき幸運を得ます。新聞広告に掲載されていたカルチャースクールのお知らせに、塚本邦雄の「定型詩百年の華」という講座があると知り申し込みます。そして、とうとう会ったのです。歌人・塚本邦雄ご本人に。

 

これだけでも、十分に希有な出来事だと思いますが、やがて尾崎まゆみはプロになり、多数の歌集を出版します。そして、今や、カルチャーセンターの講師として活躍しているのですから、まったくもって、人生とは何が起こるかわからないものです。塚本邦雄という方は、歌詠みとして優れていただけではなく、若い人を導く先生としての力も持った方だったのでしょう。

 

「レダの靴を履いて」

『レダの靴を履いて』は、尾崎まゆみがブログで発表していた「塚本邦雄の一首鑑賞」というべき文章に手を入れたものです。いくつか、好きな歌を紹介していきましょう。

 

「ゆきたくて誰もゆけない夏の野のソーダ・ファウンテンにあるレダの靴」

(『水葬物語』より)

 

本の題名ともなっているこの歌は、尾崎まゆみにとって特別な意味を持つといいます。

 

「ここ」ではない「何処か」へのあこがれは、人の心を揺さぶる最強のもの。「ゆきたくても誰もゆけない」という魅力的なフレーズに出会って、私は、立ち入らないでおこうと思っていた、短歌の扉を開いてしまいました。

(『レダの靴を履いて』より抜粋)

 

ちなみに、レダとはギリシャ神話に登場する人物です。彼女は、白鳥に変身していたゼウスに愛され卵を産むのです。

 

こうした歌に触れると、日本語の力を感じないではいられません。漢字とひらがなの中にふと現れるカタカナ表記のなんと豊かなことでしょう。

 

短歌の決まり事である、五・七・五・七・七に従いながら言葉を入れていくうち、言葉と言葉が反応し合い、そこに新しい世界が広がるということなのかもしれません。

 

異なる場所に行くために

「園丁は薔薇の沐浴のすむまでを蝶につきまとはれつつ待てり」

(『水葬物語』より)

 

園丁が薔薇に水をやっていると、蝶が、ひらひらと飛んできて水遣りが終わるまで離れなかった。

( 『レダの靴を履いて』より抜粋)

 

これも好きな歌でした。たとえ、家に閉じこもっていようとも、庭に咲き誇る薔薇や甘えるようにひらひらと飛ぶ蝶が浮かんできます。

 

 

妖艶な、なんて、妖艶な

「受胎せむ希ひとおそれ、新緑の夜夜妻の掌に針のひかりを

(『水葬物語』より)

受胎したい(してほしい)という願いと
まだ受胎したくはない(してほしくはない)というおそれ、
新緑の葉の隙間から夜ごと
針のように細く月の光がさす。
その光は、妻の持つ願いと怖れ、夜ごと妻の掌をさす。

( 『レダの靴を履いて』より抜粋)

 

なかなかにおそろしい歌だと思います。聖書の中の「受胎告知」を思わせながらも、日常生活を送る静かな夫婦の話のようでもあり……。月光に照らされたひとつのシーンが、妖艶な怖さをもって迫ってきます。

 

短歌は怖くない

『レダの靴を履いて』は、今まで短歌というものに興味がなかった人をも塚本邦雄の世界に導きます。短歌なんて、なんとなく鬱陶しいと敬遠していた方も多いと思います。現に私は読むだけで、詠みませんでした。

 

けれども、毎日、家族や友達とやりとりしているLINEやメールを見ると、短歌に似たリズムがあって、驚いたりしませんか? 小さな画面に、たくさんの思いをつぎ込もうと、素早く指を動かすように、短歌も、決められた文字の枠に思いを詰め込んでいくものなのかもしれません。

 

小さいけれど深い世界、それを『レダの靴を履いて』に教えてもらったような気がします。

 

【書籍紹介】

『レダの靴を履いて』

著者:尾崎まゆみ
発行:書肆侃侃房発行

塚本邦雄の短歌をやわらかく、わかりやすい言葉で紐解く、塚本の薫陶を受けた著者ならではの一冊。塚本ファンはもちろん、塚本初心者の読者にこそ届けたい。塚本邦雄の短歌の魅力「美しい空白」を味わうために—。

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