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料理
2020/7/29 21:45

彼らは「ふつうに」何を食べているのか?−−食事から見る多国籍社会・日本

高校2年の夏、同級生のいとこがカリフォルニアから遊びに来た。日系アメリカ人の男子だ。同じ年ごろなので毎日のようにひたすら遊び、同級生の部屋にざこ寝する生活の中でそれは起きた。

 

 

炊き立てジャムかけバタートッピングごはん

ある朝の食卓。ブライアン・サクライは、あろうことか炊き立てのご飯にイチゴジャムをたっぷりかけ、それに大さじ1杯のバターをトッピングしてまぜまぜし、うまそうに食べ始めた。しかもスプーンで。ありえない。そう伝えると、彼はおもむろに切り返してきた。「いや、俺から言わせればお前らだってありえない食べ方をしている。特に、ピザのトッピングとしてイカやコーンはちょっと考えられない」

 

彼にとって、炊き立てのご飯とイチゴジャムとバターというコンビネーションは経験則が生み出した絶妙なカスタマイゼーションだったのだろう。ピザのトッピングで切り返された筆者は、セロリの溝の部分にチャンクタイプのピーナツバターをびっしり詰めたやつを持ち出して対抗した。アメリカの子どもにとっては当たり前すぎるおやつだが、自分的には絶対にない。

 

 

ホノルルのホットなローカルフード

一方、誰が食べてもおいしいと感じるに違いないものもある。こんな例はどうだろう。日本で超有名なうどんチェーンのホノルル店が、フランチャイズ全店舗で売り上げ世界一を達成した。観光客の流れが絶えない通りにある好立地も一因だろうが、それはあくまで付帯的な要素だ。長い時は入店まで1時間近く待つお客さんたちが目当てにしているのは揚げたての唐揚げ、そしてかき揚げやちくわからマッシュルームまで、バラエティ豊かな天ぷらだ。

 

実際に何回か行ってみたが、お客さんほぼ全員が野菜のかき揚げを食べる。唐揚げを山のように盛りつける人もいる。唐揚げと天ぷら。「大嫌いだ」なんて言う人はいるだろうか。このうどん店は、スタイルもメニューも含めて日本の食文化が現地のニーズと合致したパターンの好例だろう。

 

この逆パターン、日本に定住している外国生まれの人たちは、日本という異国でどのように食と関わっているのか。何にこだわって、どのあたりで折り合いをつけるのか。あるいは、あくまで自分のアイデンティティを押し通すのか。

 

 

食べるものを通して理解できること

筆者の疑問をピンポイントな形でつまびらかにしてくれるのが『移民の宴』(高野秀行・著/講談社・刊)だ。出入国在留管理庁がまとめた2019年6月末のデータによれば、在留外国人の数は282万9416人。しかも、10年20年という長いスパンで住んでいる人たちも決して少なくない。

 

なのに、私たち一般の日本人は意外なほどそういう外国人の「ふつうの姿」を知らない。例えば、彼らは日本で日々どんなものを食べているだろうか。母国の料理なのか、日本の料理も食べるのか、両方食べるのか。母国の料理なら食材はどこで買うのか。調理の仕方はどうなのか。

                             『移民の宴』より引用

 

筆者が知りたいと思っていたのは、まさにこういうことなのだ。食べるものを通して得られる知識は、想像以上に多いに違いない。

 

 

メルティング・ポット化した日本

目次を見てみよう。

 

・成田のタイ寺院
・イラン人のベリーダンサー
・震災下の在日外国人
・南三陸町のフィリピン女性
・神楽坂のフランス人
・中華学校のお弁当
・群馬県館林市のモスク
・鶴見の沖縄系ブラジル人
・西葛西のインド人
・ロシアン・クリスマスの誘惑
・朝鮮族中国人の手作りキムチ
・震災直後に生まれたスーダンの女の子、満一歳のお誕生日会

 

巻頭のカラーページが各章の前ふりの役割を果たしている。タイの「ラーブ」、イランの「ゴルメ・サブジ」、そしてスーダンの「サラダ・アスワド」。質の高いビジュアルのおかげで、どの料理も味見したくなる。

 

目次と巻頭カラーページだけを見ても、日本が決して単一民族の島国ではないことが実感できる。国土としては決して広くはない日本にこれだけ多くの外国から来た人々が住んでいるのだから、ひと昔前は特にアメリカを意味した“メルティング・ポット”という言葉も、今の時点での実感としては日本のほうがしっくりくるのではないだろうか。

 

 

食育の新しい形

著者である高野秀行氏のスタンスは明確だ。

 

いろいろな国の民族の人たち、それも特に裕福な人や特に困窮している人でなく、ふつうの人たちが何をどう食べているのか。そこから日本で暮らす外国人のリアルな姿を見てみたい。

                          『移民の宴』より引用

 

そして高野さんは、“ふつう”というキーワードにこだわりながら、1年にわたってさまざまな国からやってきた人たちの食卓を見て回り、さまざまな国の料理を口にしてきた。文章が映像的で、まるでVTRを見ているような感覚で読み進んでしまう。

 

それぞれの料理の向こう側に、作った人の人生が透けて見える。そして不思議なことに、今の日本の現状も浮かび上がってくる。各国の人々と数々の料理を盛り込みながら進むコースは、次のような文章で締めくくられる。

 

これから日本が外国の人たちにとっても、もっともっと住みやすい国になることを祈って止まない。なぜなら、そういう国は明るく気さくであるはずで、日本人にとっても住みやすいはずだからだ。

                           『移民の宴』より引用

 

食育と呼ばれるものに、この本のコンセプトが加えられていいはずだ。いや、そうなるべきだ。

 

【書籍紹介】

移民の宴

著者:高野秀行
発行:講談社

日本に住む二百万を超える外国人たちは、日頃いったい何を食べているのか?「誰も行かない所に行き、誰も書かない事を書く」がモットーの著者は、伝手をたどり食卓に潜入していく。ベリーダンサーのイラン人、南三陸町のフィリピン女性、盲目のスーダン人一家…。国内の「秘境」で著者が見たものとは?

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