ひたすら演劇どっぷりな役者たちの漫画『ダブル』(野田彩子・著/ヒーローズ・刊)が話題だ。連続ドラマ化企画も進行中だという。この作品のどういうところが魅力なのかというと、それは、ひたむきな「好き」というパワーと、そのパワーが生み出す幸福感にあるのかもしれない。
キャラクターが魅せる本気
漫画家・野田彩子さんは、おそろしいほど純粋な「好き」を抱えているキャラクターを描く。私はこの『ダブル』以前に『潜熱』というコミックを読破した。それは女子大生とヤクザの恋愛で、女子大生は誰に反対されても聞き入れず、彼のところに直進していってしまう。その姿には1ミリの迷いもない。
女子大生の怖いくらいの本気は、ものすごく魅力的だった。自分を信じ、自分が好きになった人を信じ、ひたすら「だって好きだから!」という一念だけで、突き進んでいく。読んでいるこちらが「あんな真っすぐになれたら気持ちいいだろうなあ」とうらやましくなってしまうほどの愛に満ちていた。
役者の30歳は難しい時期
最新作『ダブル』は劇団所属の30歳の役者ふたりが主人公である。30歳は「このまま役者をやっていていいのだろうか」と悩む人が多く出る年齢である。
30歳を超えると、次第に王子様のようなキラキラした役を演じづらくなってくる。オーディションでも自分にフィットするものが少なくなってくる。今後どんなジャンルに進めば生き残っていけるのだろう? と、方向性に迷う時期なのだ。けれどふたりには役者をやめるという選択肢はない。演じることがものすごく好きだからだ。
ひたすら好きを追いかける主人公
物語は対照的なふたりの主人公と共に進んでいく。天真爛漫で天才肌の多家良と頭脳派の友仁。友仁の演じる舞台を観たことがきっかけで多家良が役者として歩み始めてから7年目、友仁が多家良を世話していた関係が、ある抜擢をきっかけに変化し始める。
主人公のひとりである多家良は、『潜熱』のヒロインと重なる。女子大生がひたすらヤクザのおじさまに夢中だったように、多家良もひたすらお芝居に夢中で、難しいことはあまり考えず、24時間お芝居を演じたがっている。一方、相方の友仁は賢すぎるがために物事を難しく考えすぎて、なかなか思い切って行動できない。
好きを極めるとシンプルになれる
『潜熱』のヒロインも『ダブル』の多家良も、漫画の中ではしばしば怖い顔になる。真剣すぎて、読んでいるこちらがゾッとしてしまうような、思いつめた顔だ。漫画『ガラスの仮面』でも演劇を愛するヒロインは真剣になると白眼になることがあるけれど、好きすぎると鬼気迫る形相になるものなのだ。
人の背筋を寒くさせるほどの顔になるほどに、多家良は芝居に本気で挑む。少しは気を抜いたらどうだと言いたくなるくらい、わき目もふらない。そして彼は「ただただ演技が楽しい」という感情でいっぱいで、とてもシンプルな悦びに溢れている。
好きという気持ちに人は誘われる
芝居となると有名人に対しても物怖じしない多家良は、関係者にとても好かれ、可愛がられる。好きなことに思い切りのめりこんでいる人間は、目が輝いていて魅力的だ。演じることができる幸せを振りまいている彼のところには色々な人が近づいてくる。
多くの人が多家良と親しくなりたがる理由は、その弾むような気持ちを分けてもらいたくなるからかもしれない。そして、この、人が寄ってくるという特性こそが、彼の役者としての才能の表れにも感じられる。優れた役者は人の注目を集めるものだからだ。
漫画『ダブル』は文化庁メディア芸術祭において漫画部門の優秀賞を受賞した。そして連ドラ化の予定もあるという。回を重ねるごとにこの漫画自体にも、うれしい事柄が寄ってくるようになった。好きという一途な感情は、途方もないパワーを秘めているのかもしれない。
【書籍紹介】
ダブル
著者:野田彩子
発行:ヒーローズ
無名の天才役者・宝田多家良と、その才能に焦がれ彼を支える役者仲間の鴨島友仁。ふたりでひとつの俳優が「世界一の役者」を目指す!『潜熱』の野田彩子が描く、異色の演劇漫画、開幕!!