書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
食のイノベーター10人の“食哲学”
定期的に塩ブームって来ませんか? 寄せては返す波のように、私はときどき塩にハマることがあります。今回はピンクソルト岩塩がお手ごろ価格で売っていたのをきっかけに、瀬戸内海の藻塩、イタリアのハーブソルト、ペルシャ産ブルーソルトと、いつのまにか棚にズラリ(笑)。
焼き椎茸やサーモンのお刺身、チキンソテー……塩をとっかえひっかえ食べ比べるのは、シンプルながらも飽きが来ない楽しみ。塩は食べ物の個性を引き出してくれます。ちなみにパウダー状の宮古島の雪塩を、同じく沖縄の紅いもタルトにかけてオーブンで温めると甘みが際立って最高ですよ!
そんな塩好きの私にヒットしたのがこの『1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人』(ポプラ新書)。スーパーでよく見かける袋の塩は1キロ100円ほど。それが100万円!? どんな塩なのか、そこにどんな秘密があるのか、気になって仕方ありません。
著者・川内イオさんは規格外の稀な人を追う「稀人ハンター」として数々のメディアに寄稿中。本書では10人の食のイノベーターに取材しています。タイトルは「1キロ100万円の塩をつくる」ですが、登場する10人のジャンルは多種多様。
おまかせセットを冷凍で販売するという珍しい通販専門のパン屋を立ち上げ、現在予約が3年待ちの女性パン職人。300年の歴史がある茶園を継いで無農薬・無肥料の茶葉をつくりつつ新ビジネスを模索する元サラリーマン。サトウキビの絞り汁のみを使用する世界でも稀少なラム酒を醸造し、海外から依頼が殺到する女性社長……。食の分野で挑戦している人たちばかり。
「塩は我が子」、塩の声を聞く職人
その10人のなかでも特に私が気になったのは、やはり表題の「100万円の塩」を生み出した塩職人・佐藤京二郎さん。
異色の塩職人・佐藤さんが営む高知の製塩所には、彼の完全天日塩を求めて日本全国、ひいては海外から名店の料理人が訪ねてきます。ただ、簡単には売ってはもらえません。実際に会って話して、初めて塩が手に入る……。まさにこだわりの人。
「突然、塩と喋れるようになってくるんですよ」
日本一の塩職人に4度土下座して弟子入りし、ひたすら修業して1年がたったころ塩の声が聞けるようになったという佐藤さん。2009年に自らの製塩所を立ち上げ今に至ります。
「塩は生き物であり、僕の子どもです」
塩ができるまで最低3か月。毎日1時間から1時間半に1度、手で撹拌する。常にそばにいて面倒を見るので基本的に休みはなし。気の遠くなるような作業の末に塩は完成します。
佐藤さんが文字どおり「手塩にかける」塩。料理人の使用用途を聞いてから塩をつくり分け、結晶の大きさは0.1ミリ単位で調整できるそうです。
1キロ100万円の塩とは、フランスの高級レストランに頼まれたトリュフの塩。1年間、トリュフを海水につけてその出汁でつくったものだとか。
「塩全体がトリュフの味になるということではなくて、塩の結晶のなかにトリュフの風味を取り込むんです」
この塩を使ったフレンチを死ぬまでに一度は食べてみたいですね!
登場する10人ともそれぞれにこだわりとプライドがあり、食の世界の奥深さに目を見張ります。各人の人生哲学もしっかりと滲み出ていて読み応えあり! 単に値が張るものを食べるのではなく、作り手の想いを味わうのが真のグルメかもしれません。
【書籍紹介】
1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人
著者: 川内イオ
発行:ポプラ社
たったひとりから始まったおいしいものづくり革命。独自のアイデアで市場を切り開き、自分の暮らしも大切にしながら、国内外で活躍の場を広げている10名の食のイノベーターを取材。彼ら、彼女らの取り組みはどれも前例がなく、未知数。強烈な「想い」を胸に抱えて突き進む姿は、これからの働き方、生き方のヒントになります。
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【プロフィール】
卯月鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。