書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
池の水を抜くのはロマンがあるが……
みなさん、こんにちは。書評家をしています卯月鮎です。テレビ東京の人気番組「緊急SOS! 池の水ぜんぶ抜く大作戦」が始まったのは2017年1月。『日曜ビッグバラエティ』枠で不定期に放映され、その後月一のレギュラーとなりました。
私が最初にこの番組を見たとき、心のなかの川口浩探検隊が小躍りしたのを覚えています(笑)。一体どんなお宝が出てくるのか? 果たして池の主・巨大魚はいるのか? ネス湖のネッシーで育った世代としては、ついつい水の底に壮大なロマンを抱いてしまいます。
ただ、大規模に水を抜くことで、そこに棲んでいる生物に大きな影響が出ることは確か。のんびりと水中で暮らしていたのに、突如襲いかかる天変地異。人間で言ったら、「部屋の空気ぜんぶ抜く」みたいなものでしょうか。少し罪悪感がありますね。
今回の1冊は、『「池の水」抜くのは誰のため? 暴走する生き物愛』(新潮新書・刊)です。テレビ番組では外来種の駆除も強く打ち出されていますが、それは本当に在来種のためになるのでしょうか?
著者は朝日新聞の科学医療部の記者・小坪 遊さん。特に生き物の取材が好きで、2015年以降、環境省の記者クラブに3年弱所属していたそうです。今回が初めての単著となります。
本のタイトルは『「池の水」抜くのは誰のため?』ですが、他にも取材を通して目の当たりにした「知られざる生き物事件」の数々が各章で取り上げられています。「子どもたちのためにカブトムシを森に放したら炎上した」という冒頭のトピックは、人間と生物の歪んだ関係性が凝縮されているように感じました。
地元の子どもたちが喜ぶと思って、たたき売りされていたカブトムシを買って森に放し、SNSに書き込んだ千葉市議の炎上騒動。批判が集まった理由は長崎で売っていたカブトムシを千葉に放したから。遺伝子レベルで異なるカブトムシの可能性があり、地域の自然が壊れてしまう……日本国内であっても「外来種」の問題はあるのです。
池の水はもっと頻繁に抜くべき!?
本書のメインはやはり第3章「池の水は何度も抜こう」。番組への疑問点と意義がまとめられています。池の水を抜く「かいぼり」は本来、外来種駆除の手段というより冬に溜め池を干し、ひび割れや漏れがないか確かめる作業でいわば池のメンテナンスだとか。なので、一過性ではなく定期的に取り組んでいく必要があるのです。
また、「外来種は悪者」という見方も分かりやすいようで間違っていると著者はいいます。外来種は人間が持ち込んだもので、その生き物自体に善悪はありません。それに、たとえブラックバスを一気に駆除したとしても、今度はエサになっていたアメリカザリガニが急増するという事態もあるのです。テレビが取り上げるからと長期的な視点もなく、単に池の水を抜くのはあまりいいことではないんですね。
ほかにも、一部の悪質なブラックバス釣りマニアの放流行為、自分だけが良い写真を撮るため珍しい鳥の巣を取り去ってしまうカメラマンなどお騒がせ生物事件のトピックが盛りだくさん。生き物たちとの適切なソーシャルディスタンスを考えさせられる一冊です。
【書籍紹介】
「池の水」抜くのは誰のため?―暴走する生き物愛―
著者:小坪 遊
発行:新潮社
「池の外来種をやっつけろ」「カブトムシの森を再生する」「鳥のヒナを保護したい」――その善意は、悲劇の始まりかもしれない。人間の自分勝手な愛が暴走することで、より多くの生き物が死滅に追い込まれ、地域の生態系が脅かされる。さらに恐ろしいのは、悪質マニアや自称プロの暗躍だ。知られざる“生き物事件”の現場に出向いて徹底取材。人気テレビ番組や報道の盲点にも切り込む。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。