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2020/12/10 20:00

彼の「服」は女性を武装させる美しすぎる甲冑なのか?−−『VOGUE ON アレキサンダー・マックイーン』

初対面の人に会うのが苦手だというヒトは多い。私もそのひとりだ。とりわけ、これから仕事でお世話になる方に会うときは、緊張のあまり心も体もガチガチになる。担当編集者もずっと同じ人でいて欲しいし、大学病院のお医者さまが変わるのも嫌でたまらない。

 

 

圧倒される美しいデザイン

私はそれを情けないと思っていた。「新しい部署に移ると新しい仲間ができて楽しいじゃない」と、明るく言う人に会うたびに私は駄目だなと思っていた。

 

ところが、あるときを境に初対面の人に会うのを乗り越えられるようになった。それはアレキサンダー・マックイーンというデザイナーを知ったからだ。

 

彼の服を着ると、なぜか勇気がわいてきて、何とかなると思えるのだ。マックイーンの洋服は高価で、バーゲンを待たなければ買うことはできない。けれども、「今日は勝負!」という日にはマックイーンの服を着る。すると、その日の仕事はうまくいくのだ。

 

なぜだろう。不思議である。その理由を知りたくて『VOGUE ON アレキサンダー・マックイーン』(クロエ・フォックス・著/ガイアブックス・刊)を手に取るや、最初のページで圧倒され、あまりの美しさに息をのんだ。それは、2009年のコレクションで発表されたミニドレスだ。ラクラン・ベイリー撮影の写真だが、洋服がモデルの肉体に吸い付いて一体化し、ホログラムのように浮き出て見える。足元をかすかなオレンジ色の光が横切り、女神が降臨したかのようだ。

 

アレキサンダー・マックイーンというヒト

アレキサンダー・マックイーンは、ロンドンの下町で生まれた。父親はロンドンタクシーの運転手で、マックイーンもロンドンの地理には詳しかった。ファッションには縁がない環境で育った彼だが、子どものころから洋服に興味を持ち、16歳で学校を辞めると、サヴィル・ロウにある王室御用達の有名テーラーで見習いとして働き始めた。その後、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインの修士コースを卒業し、デザイナーとしての才能を開花させていく。

 

VOGUEの有名エディターであったイザベラ・ブロウは、マックイーンの卒業作品をすべて買い取るほどの惚れ込みようだった。洋服を知り尽くしているイザベラでさえ、度肝を抜くようなマックイーンの服。『VOGUE ON アレキサンダー・マックイーン』には、ため息が出るほど美しく、目を見張るほど大胆な洋服が溢れている。

 

時に、大胆すぎると非難を受けた彼の洋服だが、実は、伝統的なシルエットに裏打ちされたものだった。背広のテーラーで腕を磨いただけあって、基礎がしっかりしていた。デビューから4年後、パリのジバンシーのデザイナーに抜擢されたのも、確かな技術を買われてのことだ。彼自身も言っている。

 

特定のシルエットか、裁断法を生み出せる唯一の人間になりたい。そうすれば私の死後でも、21世紀がアレキサンダー・マックイーンで始まったことが分かるだろう

(「VOGUE ON アレキサンダー・マックイーン」より抜粋)

 

服が着る人を守る理由

マックイーンは天才であったが、同時に大変な努力家でもあった。一旦、洋服を作り始めると、その集中力たるや、一緒に働くスタッフも寄せ付けない激しさだった。とりわけ裁断の技術は抜きんでており、彼にしかできない方法で迷うことなく布を切った。

 

集中力を高めて静かにスタジオの床にしゃがみ込み、チョークを使って片手で輪郭を描き、数分で裁断を終えた

( 「VOGUE ON アレキサンダー・マックイーン」より抜粋)

 

彼には彼だけがわかる世界があった。自分にしかできない仕事をする喜びにあふれてもいただろう。

 

マックイーンの洋服を身にまとうと、どこからともなく力が湧いてくる。それは服に守られていると感じるからに違いない。実際、彼自身も言っている。

 

私のデザインは女性を武装させていくようなものであり、衣服を纏うことの心理的側面を表している

(「VOGUE ON アレキサンダー・マックイーン」より抜粋)

 

彼が武装するために服を作っていたのだとしたら、それはあまりに美しく、繊細な甲冑だったと言えるだろう。着ている者がそれが甲冑だと気づかないほどに……。

 

仕事に打ち込みすぎての死なのか?

好きなことを仕事にできる。これは素晴らしいことだ。しかし、多くの人に許されることではない。歌うのが好きだから歌手になりたいと思っても、望みを叶える人はほんの一握りだ。結局、人は食べていくために夢をあきらめ、生きていかねばならない。

 

マックイーンの場合は、好きなことを仕事にして、まっしぐらに突き進み、そして成功をおさめた。天賦の才があったとはいえ、多くの人に支えられて実現できたことだ。ファッションは一人だけでは仕事として成り立たない。

 

反対に、マックイーンには自分の洋服作りを支えるスタッフを養っていく義務があった。有名になるにつれ、会社の経営が両肩にのしかかり、単に服を作っていれば幸福な男の子ではいられなくなった。そうしたストレスが彼を蝕んだのだろうか。それとも、唯一、愛した女性である母が亡くなったことが、疲れ切った彼から最後の望みを奪う結果となったのか。

 

2010年2月10日、マックイーンは自ら命を絶った。まだ、40歳の若さだった。死の直前までコレクションの発表に向けて必死の努力を続けており、ファッションへの情熱を失っていたわけではなかった。

 

死の原因については、母の死の他にも、患っていたうつ病の悪化であるとか、ゲイであることの悩みとか、多くの理由が挙げられたが、はっきりしたことはわからないままだ。ただ、死について考え抜いていたデザイナーであったろう。

 

死について考えることは重要だ。それも人生の一部なのだから。悲しく憂鬱なことだが、同時にロマンティックでもある。死は1つのサイクルの最後であり、すべてのものに終わりがある

(「VOGUE ON アレキサンダー・マックイーン」より抜粋)

 

マックイーン亡き後、跡をついだのはサラ・バートン。長年、マックイーンのもとで働き、マックイーンからすべてを学んだデザイナーだ。

 

死から10年が経った今もなお、マックイーンのデザインは受け継がれ、多くの人の心身を守る甲冑となっている。できれば、彼自身を守って欲しかったと思う。

 

 

【書籍紹介】

VOGUE ON アレキサンダー・マックイーン

著者:クロエ・フォックス
発行:ガイアブックス

現代のファッション界の天才を描く、エキサイティングな話題の新シリーズ。当時の一流フォトグラファー&イラストレーターによる『ヴォーグ』独自の作品コレクションと名高いファッションライターによる記述を典拠にした本文を組み合わせた、インターナショナルなファッションバイブル。偉大なデザイナーを知る資料としても理想の1冊。

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